第三十ニ話 特訓
訓練が始まってより二週間。
初日とは打って変わって、訓練内容は非常に地味で、体力も余裕を見て行えるようなものであった。
クラークが近衛隊の中から選抜した教導役が、付きっきりで武器や防具の扱い方を一から丁寧に教えてくれるといったものだ。
唯一キツイと思えるものは、訓練の開始時に行う一時間程の走り込みぐらいである。しかしそれも過剰な満腹感で苦しんでいる所に、長時間走らねばならないからキツイのだという話であって、決して体力面で問題があるという訳では無い。
そうした中で信也も、本当の基礎から学び直すのだと意気込んで、真剣に基礎訓練に打ち込んでいた。
元々ある程度の知識を持っていた信也であるが、それはあくまでも本や動画で独自に学んだものでしかない。
それらの知識をベースに鍛えてきた信也の戦い方は、一応この世界でも多少は通用するものであったが、大元の基礎となると色々と抜けている所が散見された。
「やぁッ! せやッ!」
「そうそう、その調子ですよ。あくまでも剣の振りは最小限に。相手に詰め寄る時の足運びもしっかりと意識して、少しでも隙きを減らす様に攻撃を繋げてください」
今も信也の教導役として選抜されたフューリーから、連続攻撃のやり方と、その際の足運びについて指導を受けている。
いざ指導を受けてみて実感した事であったが、今までの模擬戦で容易く体勢を崩してしまっていたのは、足元にしっかりと気を払っていなかったからであったらしい。
しかし頭でその事を理解したからと言って、身体が思った通りに動かせるかは別問題であった。
「でやッ!」
「おっと、その振り下ろしは攻撃に意識を割き過ぎですね。足元の注意がまた疎かになってきましたよ」
今しがた放った振り下ろしも、後ろに大きく下がったフューリーに対して追撃しようと、ついつい深く踏み込み過ぎて自分から体勢を崩してしまう程の大振りになってしまったのだ
これが友人同士のチャンバラ遊びであるならば、大きな隙きができようが何の問題も無い。しかし本物の戦いとなれば、この隙きは致命的な問題となってしまうだろう。
「うっ……すみません!」
「大振りの一撃は、そんなに気軽に振るものではありません。特に今の様に連続攻撃で相手を追い詰める時は、位置関係に注意を払って踏み込み過ぎずに、相手の体勢を崩す事に専念してください」
「は、はい! 分かりました!」
大きな隙きを見せてしまった事で一旦剣を止めた信也は、フューリーから何がいけなかったのか指摘を受ける。
信也としても先程の動きは失敗だったと分かるようになってきているのだが、それでもすぐに直せるものでは無いのが痛い所だ。
それからも暫くフューリーを相手に剣を振り続けた信也であったが、結局今日も有効打と言えるような一撃を当てる事も無く、何度も注意点を指摘され続けるのであった。
「それでは今日の訓練はこれまでとする!」
日が落ちて明かりが灯された練武場内で、信也達はクラークから本日の訓練が終わった事を告げられた。
これも召喚の――魔力の恩恵と言うべきなのか、信也達はまだまだ余力がありそうな様子であるのだが、訓練の時間が決められている以上は仕方ない。
しかし普段ならばこれで解散していたのだが、今日の信也達は帰ろうとはせずに、緊張を滲ませた様子でクラークへと話し掛けた。
「クラークさん。今日はまだ時間はありますか?」
「ふむっ……そうだな。政務は基本的に息子に放り投げておるからなあ、まだまだ時間なら空いておるぞ」
話し掛けてきた信也達の表情を見て、ある事を察したクラークは時間に余裕がある事を告げると、静かに信也達の話の続きを促した。
信也も時間があるとの返答にホッとした様子になったが、もう一度その表情を引き締め直すと、正面に立つクラークへと大きく頭を下げた。
「良かった……それじゃあ以前に約束した特訓を、今日からお願いしても良いでしょうか?」
「……うむ、やはり用件はそれなのだな。そろそろ来る頃かと思っておったわ」
クラークも毎日の訓練を見ながら、想像を遥かに上回る体力を見せつける信也達が、そろそろ特訓をしたいと言ってくるのではと考えていたようである。
「お主達の体力、気力は儂の想像以上であった。しかし基礎はまだまだである上に、儂が直接稽古をつけるには少しばかり早いのだが……しかし、約束は約束だ。特別訓練を望む者は儂と共に舞台にあがるがよい」
クラークはそう言うと脇に置いてあった訓練用の武器を掴むと、特訓の希望者を伴って楽練武場の舞台の一つへと上がっていく。
希望者は当初の予定通り信也、直人、夕梨の三人だ。嶺二と祥子の二人は特訓の様子を見学しようと、舞台の横に張り付いている。
舞台の中央まで進んだクラークは立ち止まると、信也達三人の方へと振り向いて改めて口を開く。
「さて……強くなるための特別訓練とは言ったが、やる事は至極単純だ。儂とお主達三人での模擬戦を行うぞ」
「……えっ? 模擬戦ですか? それはいつもやってる様な気が……」
特訓だと言うからには、何か特別な事をするのだろうと思っていた信也は思わず驚きの声をあげてしまう。
しかしそんな信也の反応を見たクラークは、怒るでもなく少し笑いながら自身の考えを説明し始める。
「新鮮味は無いだろうが、訓練なんぞそんなものだ。それに死ぬ危険も無く実戦経験を積むには、これが一番手っ取り早いのだぞ?」
訓練で丸一日掛けて素振りをし続けるよりも、戦場で強敵と切り結ぶ一閃の方が、よっぽど濃密で活きた経験となるとクラークは考えている。
そしてその考えのもと、信也達が一日でも早く強くなるにはどうすれば良いかと考えれば、変わり映えは無くともこれが一番なのだそうだ。
「なんかもっと特殊な事でもすんのかって思ってけど、本当に単純だよな! でも分かり易くてちょうど良いぜッ!」
「だねー。滝から落ちてくる丸太を斬るとか、飛んでくる巨大鉄球をパンチで跳ね返すとか、そんな感じの無茶なやつじゃなくて良かったよ! ちゃんとした模擬戦は初めてだけど、私もしっかり頑張るよ!」
「んー、それもそうだな。だったら俺も後はやるだけだな!」
クラークの話を聞いた一同は、むしろ分かり易いとやる気を漲らせてそれぞれの武器を構えた。
それを見たクラークは一つ頷いて、先程から右手に持っていた木製の薙刀を頭上へと高く掲げて特訓の開始を告げる
「大いに張り切っているようで何よりだ。それではこれより模擬戦を始めるぞ! お主達の全力を見せてみるがよい!」
こうしてこの日より訓練終了後の日課となっていく、クラークとの模擬戦の第一回目が始まるのであった。
次の話は対クラーク戦の様子となっております!
果たして勇者の末裔を相手に、現役の勇者である信也達はどこまでやれるのか!?




