第三十一話 初日終了
これで合計何戦目になるのか、もはや信也に残っている体力は殆ど無い。
最初は二時間も動き続ける事が出来たはずなのに、休憩を挟む度に少しずつ身体が動く時間が短くなっていき、今では一戦毎に少し休憩を取っている程だ。
「ハァ……ハァ……でりゃあッ!」
木剣を握る手の感覚も鈍くなってしまっているが、殊更気合を入れ直して目の前の立つ男へと、持てる力を全て注いだ一撃を振るう。
男は護衛隊の隊長を務めていた者の一人であり、信也の記憶が確かならばフューリーという名前であったはずである。
「むんッ!」
「ぐぅ……通らないッ」
信也が打ち込んだ渾身の一撃は、真正面から余裕の表情で受け止められてしまった。
形だけを見れば鍔迫り合いの様にはなっているため、信也は諦めずになんとか相手を押し込もうと踏ん張るが、どれだけ力を込めようと、そもそも残っている力が僅かしか無い現状では、殆ど意味をなしていない。
しかし信也は、自身の身体の中心部に宿る熱――魔力を全身に巡らせるように意識して、身体能力の強化を図る。
「ぐ……うぅおぉおおお!」
あの日、魔族の襲撃を乗り切った信也は、本人にも何が原因か分かっていないのだが、魔力を使用して身体能力の強化が出来る様になっていたのだ。
現状においての信也の奥の手とも言えるものであるのだが、一時間も強化し続けていたら全身に虚脱感を感じる様になっているため、正直に言うならば実戦での使用は難しい。
しかしつい先程、この一戦が最後であるとの号令が掛かったために、使い所は今だろうと奥の手を出す事にしたのである。
「ここに来て圧力が上がる? 流石はオオギシ様でありますな……だが」
それまでびくともしなかった鍔迫り合いは、奥の手を出した信也がジリジリと相手の剣を押し込む形になり始めた。
しかしフューリーは依然として余裕の表情を崩さない。それはこれが一対一の戦いでは無いからだ。
「相手は私だけではないのですよ?」
「!?」
フューリーとの鍔迫り合いに集中した信也には、自身の左右へと回り込む二つの影に気付くことは出来なかった。
疲労が極限まで溜まっているのも影響しているのだろうが、注意力が散漫になっていたのだ。鍔迫り合いになったのも、視野の狭まった信也を誘うためであったのだろう。
攻撃が加えられる直前で接敵に気が付いた信也は、鍔迫り合いをしている場合ではないとばかりに慌てて後に下がる。
「残念。それは良い対応とは言えませんね」
「うわッ!?」
しかしもはや判断の遅れは致命的であったらしく、左右からだけではなく正面のフューリーも攻撃を仕掛けてきたために、結局は対応する事も出来ずに、それぞれから一撃を貰ってしまうのであった。
これで訓練初日の最後となる模擬戦を終えた信也は、精も根も尽き果てて、半ば虚ろともいえる表情で舞台の上に仰向けで倒れ込んでいた。
「も……無理……うご……けない」
訓練が始まってからもうどれだけの時が過ぎたのか、練兵場の窓から見える風景は暗くなってきている。だが信也はそんな事を気にする余裕も無い程に疲れ切っていた。
もしもうひと踏ん張りだと言われても、立ち上がる気力は一ミリたりとも残されてはいないだろう。
しかしこうして最後までやり通せたのだから、今日の所は満点だと評価されて然るべきだろう。事実、監督役として今日一日信也達の事を見続けていたクラークも、驚きの表情を浮かべている。
「まさか誰一人脱落する事なく、この荒行を乗り切ってしまうとはな……これならば明日以降の基礎訓練は、技術面を主体に据えて取り組めそうだな」
クラークのそんな言葉から、親友達もなんとかこの訓練を乗り切ったのだと理解した信也は、倒れ込みながらもその表情はどこか自慢気なものであった。
あれから少し休憩を挟み、なんとか動けるまでに回復した信也達は、クラークから明日以降の予定を聞いた上で、練武場の入り口で待機していた馬車に乗り込み、帰宅の途についていた。
すっかりと暗くなってしまった道をゆっくりと進む馬車の中では、信也達が今日の訓練の事を振り返って、のんびりと話し込んでいる。
「あー、疲れたよぉ。単純な体力測定とかじゃないとは思ってたけど、とにかく動けって内容だとは想像つかなかったね」
「そうね……お陰様で、今日だけで相当逃げ回るの上手くなった気がするわよ。その分の疲労感が、酷い事になってるんだけどね」
休み休みとはいえ、朝から晩まで何人もの兵達に追い掛け回された夕梨と祥子は、今まで感じた事も無い様な酷い疲労感にどこかぐったりとした様子であった。
「僕も逃げ回るのはキツかったけどさ、信也と直人はデューイさんとかと打ち合いまでしてたんだろ? よく半日以上もやれたよな……今の僕じゃ耐えられなかったと思うよ」
そんな夕梨や祥子と同様に、相手に捕まらないように逃げ回るのに必死になっていた嶺二としては、複数人数を相手に真っ向から打ち合いをしていた信也と直人の二人は、自身の遙か先を進んでいるように見えているらしい。
「そこんとこはどうなんだろうな。オレは殆ど足を止めて殴り合ってたから、案外一番疲れない動きしてたんじゃねえの? 皆の中でもオレだけ息切れとかしてなかったからな!」
実際の所、殆ど動いていないと言っている直人も、相手との位置取りを気にして細かくは動き回っていたのだ。しかし本人からすれば、相手から逃れるために息を切らせながら走り回っていた夕梨達三人の方が、よっぽど過酷な訓練をしている様に見えていたのである。
「あっ……でもそう考えっと、シンの訓練が一番キツかったのかもしんねえよな? オレと違って最初の方は動き回ってただろ?」
「そりゃな、あんなに囲まれたら動き回るしかないだろ? 大体だな、いくら模擬戦だからって、ダメージ覚悟でやってる直人の方がおかしいんだからな」
今回信也と直人の二人がやっていた模擬戦では、相手側が危険だと判断しない範囲で、本当に攻撃を当ててくる仕様となっていた。
だからこそ信也は攻撃を喰らう事は、実戦では死ぬ事に繋がるんだと考えて必死に動き回っていたのだ。
それでも歴戦の猛者達を相手にしては、攻撃を避けたり防いだりし続けるのは難しく、結局は何度も攻撃を喰らっては、痛みに呻いて暫く動く事が出来なくなっていた。
そう考えると、いくら盾や鎧などを装備していたとはいえ、殆ど避けもせずに動き続けていた直人の頑丈さと、痛みに耐える忍耐力も相当のものである。
「オレはシン程は器用じゃねえからさ。今やれる全力の戦い方をやろうってなったら、結局はああするしかねえんだよなあ」
もちろん直人も、攻撃を喰らうのを前提にした立ち回りが、実戦において良くない事くらいは理解している。
しかし精々信也とのチャンバラ遊びしか経験してこなかった直人には、他に選択肢が無いというのが正直な所であるのだ。
「だからまあ、そういうのも全部ひっくるめて、これから鍛えていこうぜって話だな!」
「ああ、そうだよな。まだ初日が終わったばかりなんだから、これから頑張っていかなきゃな」
そうして屋敷に到着するまでの間、馬車の中で話し合っていた信也達は、全員一緒に頑張っていこうとの思いを強くするのであった。




