第二十六話 食べ物事情
数日を掛けて襲撃の後始末を終え、元々の予定通りにクラークの治めるタイラー王国へと向かうため、馬車の旅を再開した信也達であったが、あれ以降はこれといったトラブルに遭遇する事もなく順調な旅路を進んでいた。
とはいえ旅を再開した当初の信也達は、ルースをはじめとした護衛隊の人員が何人か欠けているのを見ては、その表情を曇らせていた。しかし軽傷から早々に復帰していたデューイから励まさられたなどの事もあって、今ではいつも通りの表情を見せている。
そうして軽快に街道を進む事十日。ようやく目的地であるタイラー王国内へと入国した一行は、馬車の窓から見える風景に思わず驚きの声をあげた。
「あー! 田んぼだ!」
「おおおっ!? マジじゃねぇかよ! 米があんの?」
「そ、そういえば僕らのいた世界でも、西洋で米を食べてるものな……食べ物がよく似てるこの世界にあってもおかしくない……のか?」
窓の外には青々とした田んぼらしき風景が広がっている。しかし今までの食事に米が出てきた憶えはなく、旅路で見てきた風景も麦畑などばかりであったのだ。
まさか米があるなどとは微塵も思っていなかった信也達には、衝撃ともいえる風景だと言えるだろう。
「新米……は無理でも、取り敢えずお米食べたい! お米ならいくらでも入るわよ!」
「食べ方はどーなんだろうね? 炊くのかな? それともサラダとかにしちゃう感じとか?」
「おうおう、落ち着け落ち着け! お主ら目の色が変わっておるぞ!?」
思えばこの世界に召喚されてから、今日に至るまでの食事は、どこに行っても豪華で美味しいものばかりであった。しかし主食として出てくるのはパンや芋ばかりで、米が食卓に並ぶのは見た事が無かったのだ。
そんな中で、元の世界にいた頃は当たり前のように毎日食べていた米が、こうして生産されているのを目の当たりにしては、ついつい前のめりになろうというものである。
「そんなに米が食べたいなら、今日の宿でたらふく食べさせてやろう。我が国の料理は他国と比べて少々見た目は地味だか、味はとびきり美味いのでな、楽しみにしておくがよいぞ」
勢いに押されるように、今日の食事に米を出す事を約束したクラークは、何事かを思い出したように笑い出すと、建国理由の一つとして挙げられる事について話しだした。
「そういえば初代様がここを建国の地として選ばれたのも、ここら一帯が米作りに適した土地であったから……という話もあったな。とはいえ、初代様の遺した書物にそんな理由は書いてなかったからなあ、嘘か真か分からん話だとは思っておったが、お主達を見てるおると、本当だったのかもしれんと思わされるぞ」
「初代様……つまり、僕達の前に召喚された人ですよね? 米はその人がこの世界に持ち込んだんですか?」
クラークの話に興味が惹かれた嶺二が、目を爛々と輝かせて質問をはじめた。あの日、皆の励ましもあって色々と吹っ切れたらしい嶺二は、貪欲にこの世界の事を知ろうとするようになっていた。
元々日本にいた頃は、難しい話や興味が出てきた事をじっくりと考えるのを趣味としていた嶺二には、この話題も深彫したくなるようなものであったらしい。
「いや……魔族の統治時代にも、この土地では少量の米を生産していた、という話を読んだ事がある。米は初代様が持ち込んだ物と言う訳ではないはずだな」
「……その言い方だと、やっぱり何かは持ち込んでるんですよね?」
米に関してはあてが外れたが、クラークの答えから何かの物品を元の世界から持ち込んでい事は間違いなさそうだ。
ならば折角の機会だと、嶺二は更に質問を重ねる事にしたようだ。
「ふむ、そうだな……儂が知る範囲では食べ物ならば味噌くらいか? 後はデューイが使っておったような薙刀等も、初代様が使っていた物を参考に作った物であるから、持ち込んだ物と言えるやもしれん。とはいえ武器に関しては、形だけ似せたものであるがな」
「味噌や薙刀ですか? って事は生きてた時代は違っても、僕らと同じで日本の人だった可能性が高いよな……でも武器に薙刀を使ってるなんて、いつぐらいの人なんだろう……約八百年前って事だから、鎌倉時代とかそこら辺の人とかか?」
質問の答えを聞いた嶺二が、勇者と呼ばれた人物がどんな人だったのかと思いを巡らせる。
しかしその横では、直人と祥子の二人が味噌まで存在している事に興奮したような反応を返していた。よっぽど今日の晩餐が楽しみで仕方ない様である。
「み、味噌? 異世界に味噌? なんだかイメージが湧かないわよね?」
「イメージとか、んな事はいいから味噌だぜ味噌! こりゃもしかして和食とか出てくんじゃねえの!?」
「お米と味噌があるなら有り得そうよね! あぁ、今晩が楽しみだわ!」
そんな二人がわいわいと騒ぐのを見やりつつ、苦笑するような表情の信也が夕梨に向かって話し掛けている。
「あー、あそこまでテンションが上がってる二人に水を差せないけどさ……流石に和食までってのは、期待しすぎだと思うんだよな」
「だね。お米と味噌があるだけで、そこまで同じ進化とかしないだろーからね。でも私も夜ご飯が楽しみな事には変わりないかなぁ、何が出てくるんだろーね?」
「うん、まあ、楽しみだってのは俺もだよ。これまで食べてきたものも美味かったもんな」
ここは別世界ながら食べ物や文化等など、信也達が知っている物と色々と似通った所があるのは間違いない。とはいえ、信也は自分達が求める物がそのまま出てくる事はないだろうと考えていた。
しかしそんな事を考えながらも、信也も信也で今晩の食事が楽しみな事に変わりは無い。
そんなこんなで食に向けての期待を大いに膨らませた信也達は、今晩の宿泊先となる街に到着するまで、楽しげに話し込むのであった。
そうして夕刻、いよいよ待ちに待った食事の時間である。
現在は全員で固まって、クラークの先導のもと、食堂へと歩いて移動している最中だ。しかしそんな中で、昼間からテンションが妙な事になりっぱなしの祥子だけは、一人で変な歌を歌いながら、スキップまでして廊下を進んでいた。
「ごっはん! ごっはん! ひさっびさっのおっコメ!」
「祥子、祥子、さっきからテンションおかしくなぁい? 私達だけじゃないんだから落ち着こ。ね?」
そんな祥子に、流石に居た堪れなくなってきた夕梨が声を掛けると、歌うのはピタリと止まったものの、代わりにいかに自分が米を食べたいのかを語り始めてしまった。
「落ち着けるはず無いわ! 私はパン派じゃなくてお米派なのよ!? 今まではこの世界にお米が無いって思ってたから我慢もできたけど、こうして存在してるって事なら話は別よ! 私はご飯を諦めない!」
「う、うん。取り敢えず諦めなくても大丈夫だから、一旦落ち着こうね?」
いっそ異様とも言える雰囲気に気圧されながらも、祥子を宥めようと懸命に頑張る夕梨であったが、どれだけ言葉を掛けようと落ち着く気配は一向になさそうである。
そんな荒ぶっている祥子と夕梨のやり取りを見て、クラークが堪えきれないとばかりに笑い声をあげた。
「ハッハッハ! よいよい! そんなにも楽しみにしてもらえるのなら、こちらも嬉しいというものよ。無いと思っていた好物が有ったという事ならこの反応も仕方ないだろう」
祥子の奇行とも思える振る舞いを、クラークは好意的に解釈したようである。むしろこの国での食事が楽しみだと全身で訴えている祥子を見て、嬉しいくらいなのだそうだ。
「さあ、そろそろ食堂だ。食べきれん程に用意するようにと言いつけてあるので、今日は自由に好きなだけ食べるとよいぞ!」
「わぁい! ごっはん! ごっはん!」
待ち切れないとばかりに祥子が廊下の先へ突撃していくが、クラークが良いと言ったからかもう誰も暴走する祥子を止めようとはしない。
それに全員、大なり小なり食事が楽しみで仕方ないのだ。祥子のような暴走はしなくても、ワクワクとした気持ちは抑え難いものがある。
この世界に召喚されてから、これ程までに食事の時間を楽しみにしていた事は無い。そんな膨れ上がった期待を胸に、信也達は食堂へと足を踏み入れた。




