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第二十五話 落ち込む嶺二

 クラークとのやり取りがあった日の夜遅く。朝から終始暗い表情をしていた、嶺二の事が気掛かりだった信也は、事前に皆と相談した上で、ひとまず一人で嶺二の部屋を訪ねてきていた。


「俺だ。もう寝てるか? えっと……少し話があるんだ」


 話があると言いつつも、何を話せば良いのかなんて事は、しっかりと考えてはいない。


 しかし昼間の落ち込みようを考えれば、今のうちに何か少しでも話を聞いておかないとと思い、こうして夜中に訪ねてきたのである。


「…………あぁ、起きてる。今鍵を開けるから少し待っててくれ」


 扉をノックしてから反応が返ってくるまで少し遅かったが、どうやら起きていたようだと信也は胸を撫で下ろした。しかし同時に、扉の向こう側から聞こえてきた声に、元気がまるで無い事がやはり気に掛かる。


「わるい、寝てた訳じゃないんだけどさ。ちょっとボケっとしてた……」


 扉を開けた嶺二の顔色は、心なしか昼間の時よりも更に悪くなっているように見えた。


 しかし今そのことを指摘しても、ヘタをすれば嶺二の心を追い詰めるようなことになりかねない。そう考えた信也は、そんな日もあるよなと笑顔で言いながら、顔色の悪さに気が付かないフリをして部屋の中へと入っていった。





 どこの宿泊先でもそうなのだが、ここも一人部屋だとして割り当てられているというのに、その広さは学校の教室よりも少し広いくらいに空間がとってある。


 部屋の中を見渡せば、歓談用のローテーブルや、酒だろう瓶が何本も納められた棚、鏡台や大きなベッドなど、一部屋に可能な限り客室としての機能を詰め込んだ様な造りであった。


 心に余裕がある時ならば、部屋に飾られている装飾品など、街を移動する度に様変わりしていく部屋の造りを楽しめたりもしていたのだ。


 しかし今の嶺二を見る限りは、そんな余裕も無いのであろう事が容易に察せられる程に、どんよりとした空気を纏っている。


「それで話って言うのは……やっぱり……アレの事だよな?」

「アレってのが何かよく分からないけど……たぶん違うな。俺は嶺二の事が心配でここに来たんだ」


 備え付けのローテーブルを挟んで向かい合うように座り、各部屋に用意されている果実水をちびちびと飲んでいる信也に向けて、嶺二は深刻そうな雰囲気で話を切り出した。


 しかし純粋に嶺二の事を心配して、この部屋までやってきた信也には、嶺二が言うアレというものが直ぐにはピンとこない。


「……心配か……そうだよな。僕は信也達と違って、いざって時にも戦えなかった臆病者だものな……そりゃ心配にもなるよな……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ嶺二! なんでそんなに後ろ向きになってるんだよ!? 俺はそんなつもりで言ってる訳じゃないぞ!?」

「…………ははっ、そうだよな。信也がそんな嫌味を言う奴じゃないって事はよく知ってるのに……何言ってんだろうな僕は……本当に嫌になる……」


 眼鏡を外し、疲れたように目頭を押さえる嶺二の様子は、顔色も含めて本当に良くない状況であった。


 一応嶺二が何故落ち込んでいるのかは分かっているつもりである信也だが、下手に励ましてもこの調子では、後ろ向きにしか受け取られないだろう。


「馬車の旅が始まる前の晩にさ……二人で話した事は憶えてるか?」


 黙ったままでいる信也に向けて、眼鏡片手に俯いた嶺二が、ポツリと呟くように口を開く。それはファルドゥーツを発つ前日に、食堂で話した時の事を指しているのだろう。


 何を言えば良いのか分からなくなってしまった信也は当然、その話題に嬉々として飛びついた。


「憶えてるに決まってるじゃないか! あの時にも言っ――」

「そう。あの時に言った通りだった……信也は僕や夕梨達を守るためには躊躇なんかしなかった。そして僕はルースさん達が斬られるのを見て、怖気づいたんだ。直人だけじゃなくて、夕梨や祥子だって一歩踏み出したってのに……それなのに僕は……」

「れ、嶺二、まずは俺の話を聞いてくれ!」


 しかし嶺二は返事も聞き終わる前から、再び一方的に語りだしてしまった。そんな嶺二の雰囲気に、信也は困惑を隠せない。


 信也と嶺二、そこに夕梨も加えた三人は、幼稚園からの幼馴染みという仲である。しかし実に十年以上にも及ぶ付き合いの中で、こんなにも嶺二が取り乱した姿を見るのは、信也としても初めての事なのだ。


 そもそも嶺二は、五人の中でも一際冷静で落ち着いた性格をしており、皆が慌てるような事態になっても平然と事態の解決をしてしまうような、そんな頼もしさを持った人物であった。


 実際この世界に召喚された当初、騒ぐ信也達とは違って、一人静かにどうすれば良いのかを考え続け、オーレル達に声を掛けたのは嶺二だった。


 召喚された理由を説明された後も、多少の焦りを含みながらも、努めて冷静に、一歩引いた視線で状況を見ようとしていたのも嶺二であっただろう。


 しかしだからこそ、こちらの話を聞く気が無い様子で、一人でどんどんと深みに嵌っていく嶺二の姿なんてものを、信也は今まで見た事がなかった。


「僕はあの日『その時に何ができるのか、考えてみようと思う』なんて、いかにもな事を言ってたけどさ、蓋を開けてみれば『その時』になっても、ただ怯えて……後ろで信也達を見てるだけだった。きっと皆も呆れてるだろ? 口先だけの奴だって……情けない奴だって……信也もそう思うだろ?」


 ひとしきり語り終えた嶺二が、同意を求めるように頭を上げて、信也の方をジッと見つめるが、その瞳は暗くよどんでいる。


 嶺二の視線を真っ向から見つめ返した信也は、全身に力を込めて、その言葉を強く否定する。


「違う……それは違う! 嶺二の事を情けない奴だなんて思わない! 口先だけの奴だなんて、俺が思う訳がないだろ!」


 夜中だというのに腹の底から声を出した信也は、身を乗り出すようにして対面に座っている嶺二の両肩をグッと掴み、額をぶつける程の勢いで自身の方へと引き寄せた。


「自分で言うのもアレだけどさ! 普通なら、あんな場面で真っ先に飛び出す奴の方がどうかしてるんだよ! 嶺二は悪くない! 俺だけじゃなくて、皆もそう思ってる!」

「そ、そんなの……普通ならなんて事、言ってられるような場面じゃなかったじゃないか。それに……皆もって言ってるけど、そう思ってるのは信也だけじゃないのか?」


 突然の事に目を白黒させた嶺二は、信也の言う事に反論を述べる。しかしその口調はどこか弱々しいながらも、何かを期待するようでもあった。


「ああ、間違いなく皆もそう思ってる! 嶺二を責めようだなんて、そんな事は思ってもいない!」

「だからそれはなんでなんだよ? 勢いに任せて言ってるだけじゃないのか?」

「そんなに気になるなら、皆から直接聞いてみるか?」


 事前に皆で相談した信也からすれば、夕梨達が嶺二の事を責めようだなんて、微塵も思っていない事は分かりきった事であるのだが、確かに嶺二からすれば、そうは思えないのだろう。


 肩から手を離し、それならばと席から立ち上がった信也は、扉の方へとゆっくりと歩み寄っていく。


「……も、もう夜も遅いんだ。直人ならともかく、夕梨や祥子がもし寝てたら、話を聞きたいからってわざわざ起こすのも悪いんじゃないか?」

「いいや、全員起きてるさ……なあ皆!」

「なっ!?」


 ここにきて消極的になっているらしい、嶺二の引き止めるような言葉は放置して、迷いのない足取りで扉の前まで移動した信也は、そのまま勢い良く扉を開け放つ。


 するとそこには、廊下に置いた木組みの椅子にゆったりと座り、果実水をのんびりとした様子で飲んでいる夕梨達三人が待機していた。


「おっ! 出番か?」

「思ってたより早かったのね?」

「むしろ、出番があって良かったよー」


 嶺二の事を考えれば、いきなり全員で訪ねるのではなく、一対一の方が話しやすい事もあるだろう。そういう配慮で、信也は皆に先んじて嶺二の部屋へと訪れ、必要がありそうならば部屋の前で待機している夕梨達を呼び寄せる……そういう算段であったのだが、信也としても廊下で夕梨達が寛いでいるのは少々予想外の光景であった。


「……飲み物はまだ良いけどさ……椅子なんていつの間に用意したんだよ?」

「勝手に持ってきた訳じゃねえぞ?」

「夜中に騒がしくするかもしれないけど許してねーって、屋敷の人に伝えたら用意してくれたよ?」

「あははっ……いや、真面目な話をしてる信也達には悪いかなとは思ったんだけどね? でも立ってるだけってのも辛いから……ね?」


 予想外に気の抜ける光景であったが、これはこれで自分達らしいなと思った信也であったが、今はそれよりも嶺二である。


 嶺二の方へと振り返った信也は、自身の顔が苦笑の形になっている事は理解しつつも、強引に話を先へと進めていく事にした。


「と、取り敢えず、こうして皆で嶺二の事を心配……心配して待ってたんだ! 聞きたい事は今のうちに聞いてしまおう!」

「あっ、ああ。そうだな」


 嶺二も嶺二で、何もなかった筈の廊下に椅子を用意してまで待っていた夕梨達には驚きを隠せないようで、どこか呆けたような表情で信也の言葉に頷いている。





 いくら事前に言ってあるとはいえ、廊下で騒ぐのも無作法だろうと、再び嶺二の部屋へと入り直した一堂は、嶺二から話を聞いていた。


 一度洗いざらい感情を吐き出したからか、嶺二は皆を前にしても迷いなく、先程と同じ事を話していく。しかしその口調は先程とは違い、どんよりとした空気感が薄れているように、信也からは感じられる。


 そうして一通り話を聞き終えた皆の反応は、信也が少し前に言った通りのものであった。


「はっ! 嶺二が口先だけだってんなら、オレなんか腕っぷしだけの野郎になっちまうだろ? 嶺二は運動神経も悪くないけど、本領は頭の方だろ? 直接戦うのが怖くても、そっちでなんか出来んじゃねぇの?」


 直人は深く考えずに、素直に思った事を口にする。嶺二も直人が口からでまかせを言う人間ではないとよく知っているので、今ならば変に受け取る事もないだろう。


「私も嶺二が情けないだなんて思わないわね。実際の戦いの事なんてよく分からないけど、全員が勢い任せで前に飛び出したら、それはそれで駄目なんじゃないの? 全体を広く見る人も必要でしょ? 私がやってたテーブルゲームの話で悪いんだけど、何人も集まってやるなら指揮する人も必要だと思うのよね」


 祥子はゲーム的な目線だと断った上で、全体の指揮をとるような人も必要なんじゃないかと語る。そして直接口にはせずとも、その役目は嶺二に任せる気でいるようだ。それは正に嶺二に向けての信頼があればこそと言えるだろう。


「まー、皆が言った通りだよね。私達は五人一組、一つのチーム。全員が黙って突撃しちゃうようじゃダメダメって話だよ。それに私としては、真っ先に突撃していった信也の方に一言言いたいくらいだからね。当たり前の反応だった嶺二に、文句なんか出てくるはずないでしょー」


 何故か言葉の矛先を信也の方に向けながら、夕梨はしっかりと嶺二は悪くないと言い切った。


 若干睨むように見つめてくる夕梨視線を受け流し、多少の冷や汗をかきながらも、全員の言葉を引き継ぐように信也は口を開く。


「なっ? 皆本心から嶺二の事を信頼してるんだ。俺みたいな無謀な突撃をするんじゃなくて、嶺二は嶺二らしくやればいいんだよ。最終的にどうしたいかはそっち次第だけどさ、武器を振り回して前に出る事だけが選択肢じゃないって今なら分かるだろ?」

「ああッ……そうだな……」


 四人から声を掛けられた嶺二は、涙ぐんだような声で返事を返す。その雰囲気からは、先程からあった暗い雰囲気はきれいに消え去ったように感じられた。


「皆……ありがとう。もう大丈夫だ、ちょっと……いや、かなり面倒くさい奴になってたよな」

「あー……まあな。でも立ち直ったみたいで良かったよ」

「うんうん、いつまでもウジウジしてるようだったら、青春ドラマみたいに引っ叩こうと思ってたけど、立ち直ってくれたみたいで良かったよー」

「ひ、引っ叩く……」


 良かった良かったと頷きながら、何故かビンタの素振りを始める夕梨を見て、出かけた涙も引っ込んだ嶺二は、引きつったような笑顔になっていた。


「ははっ……僕はもう大丈夫だから、叩くのは勘弁してくれよ?」

「分かってるよー、これは次に誰かがヘタれた時用だよー。もちろん男子限定だよ?」

「男子っつってもオレはありえねえから、信也か嶺二限定だな!」

「そーだねっ!」


 夕梨と直人の二人がわっはっはと笑い、それでも止めないビンタの素振りは、無駄にキレのいい動きになっていく。


「俺……ヘタれてる暇は無いからな。次もきっと嶺二だな……」

「あー、僕もそんな暇は無くなったかな?」

「夕梨なりの励ましってやつね。私も自分が何が出来るのか今から探さなきゃだし、皆で頑張りましょ!」


 頬を引きつらせて夕梨の方を眺める二人に、満面の笑みを浮かべた祥子がフォローするように声を掛ける。そんなちょっとしたやり取りは、まだ日本にいた頃のような、どこか遊びを感じさせるものであった。


 こうして普段通りの呑気なやり取りを始めた信也達は、ようやく襲撃の決着がついたような気分で、朝方近くになるまで時間を忘れたように騒ぎ続けるのであった。 

次回から話の舞台はクラークの国へと移ります。

来週もどうぞよろしくお願い致します。

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