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第二十四話 心機一転

「ふむ。魔剣持ちと言えどただの雑兵。その程度の実力では儂には届かんよ」


 散々味方を悩ませた魔剣を、正面からあっさりと弾き飛ばしたクラークの長剣には、傷一つ付いた様子も無い。


 デューイの振るっていた大薙刀同様に、クラークの長剣も特別製という物なのかもしれない。そんな事を考えながら、信也達は呆然とクラークが長剣を鞘に納めるのを眺めていた。


「あ、あれだけの相手を一撃で……クラークさんって、こんなに強かったのか……」

「それに、なんであの剣は大丈夫だったんだろ? 他の剣とか、軒並み豆腐みたいに斬られたよね?」

「それは、また後で聞いてみようか。今は取り敢えず疲れた……」


 まだ敵が残っているのかどうか分からない状況ではあるものの、先程まで響いていた争うような物音も聞こえなくなっている。


 だからと言うべきか、信也達は未だに緊張しながらも、どこか気が抜けたように、押し寄せる疲労と共に地面へとへたり込んでしまっていた。


「あー、なんでだろ? そんなに動いてないはずなのに、私も疲れて動けないー」

「あっ、それ私も。なんだか疲労感が凄い事になってるのよね……精神的な疲労ってやつなのかも?」


 夕梨と祥子の二人も、服が汚れる事も気にせずに地面へとぐったりと座り込み、普段通りのような雰囲気で会話をしていた。


「ああ……一時はヒヤヒヤとしたけど、何とかなって良かったよな! 体力には自信があるけど、今はオレも動く気が起きねえや」


 直人に至っては、地面に直接寝転んでいる。しかしその声音からは、疲労感らしきものは感じない。恐らくそういう気分というものなのだろう。


 そんな中、嶺二も皆と同様に地面へと座り込んでいるが、その表情を見れば、そこには皆とは違う仄暗い感情が見え隠れしている様子であった。


「……僕だけ何も出来なかった……信也も、直人も、夕梨や祥子だって動いたって言うのに……僕は……」


 しかし、その台詞は人に聞こえる程の音量は無く、身近にいる信也達にもその声が届くことは無かった。


 そうして皆で固まって暫く休んでいると、色々と指示を出していたクラークが、信也達の方へと近付いてきた。


「すまなかったな、まさかこれ程の事態になるとは予想外であった。休んでいる所悪いが、街まで移動するとしよう。護衛には儂が就くので、何があろうとお主達に指一本触れさせはせん」

「あっ、はい。お願いします」


 その後、馬車で街まで移動した信也達は、街の領主から多大な感謝を受けながらも、ようやくゆっくりと休む事が出来たのであった。





 魔族の襲撃を退けた翌日、信也達は宿泊先である領主館の一室で、何故かクラークから謝罪を受けていた。


「今回の事は本当に申し訳なかった! お主達を無理に戦わせるつもりは無いなどと言っておきながら、こんな目にあわせてしまうとは……」

「あ、頭を上げてください! 俺達はクラークさんが駆け付けてきてくれたから助かったんですから!」


 椅子ではなく床に胡座をかくように座り込み、地に頭をつけるかのように頭をさげるクラークに、信也達はどう反応を返すのが正解かも分からず、あたふたとするばかりであった。


「しかしそれは結果として間に合っただけでしかない。聞けばオオギシ殿達で、魔族を一人討ち取ったとの報告も受けておる。戦場に立つ心構えも何も無かったであろうに、いきなり過酷な戦いに巻き込んでしまった事は慚愧に堪えない」


 クラークの言う事も分からないでは無い。実際、一歩間違えれば誰が死んでもおかしくはない戦いであった。信也が斬り倒した魔族も、相手が信也達の事を戦う相手だと認識していたならば、結果は逆になっていただろう。


 それでも信也達からすれば、クラークやデューイ達が必死になって守ってくれた事に間違いは無いのだ。彼等に感謝こそすれ、怒りの感情を抱くことは無い。


「俺達はクラークさん達には感謝してるんです。だから頭を上げてください」


 信也はそう言うと席から離れ、クラークと向かい合うようにしながら、正座で床に座り込む。


「確かに俺達は戦う覚悟とか……そういうモノは全く持たずに戦いました。俺が剣を振るう事が出来たのも、仲間を守りたい一心からです。そして誰一人欠ける事無く生き延びられたのは、幾つもの偶然が積み重なったからなんだって思います……」

「オオギシ殿……」


 自身が語り掛ける言葉から何かを感じ取ったのか、ようやく頭を上げたクラークを視界に収めた信也は、更に止まる事なく自身の思いを口にしていく。


「それに昨日の事があったから……少なくとも俺はですけど……命をかけて戦うってのはどういう事なのか、ほんの少しだけ分かった気がしたんです」


 この世界に信也達が召喚されてから、もう一ヶ月近くが経っている。本来ならば、元の世界に帰る為にもっと必死になっていてもおかしくはない。


 しかしこれまで信也達は、気の置けない親友達と共に召喚された事もあってか、物語の世界に入り込んだ様な、言ってしまえば観光気分の浮ついた気持ちであったのだ。


 勿論、信也達も魔族との戦いや、危険な出来事に思いを馳せた事はある。それでもそれは結局、想像の域を出ない物でしかなかった。


「訓練や模擬戦とも全然違う。あれだけ練習してきた剣の振り方だって無茶苦茶で、力任せな動きしか出来なかった……」


 もし魔族に襲われずに、何事もなくクラークの国に到着していたならば、実戦の事なんて真剣に考えずに、浮ついたまま気持ちのままで訓練に励んでいただろう事は想像に難くない。


 しかしそんな事では、妙な自信だけを身に着けて実戦に飛び込み、昨日よりももっと大きな危機に直面していたかもしれない。


 しかし今回の件で信也達は、いざという時には自分達の身は自分達で守らなければならないと、危機を乗り越える必要に迫られる場面もあるのだと、その身を持って知る事が出来たのだ。


「きっと漫然と訓練をしたって、大きな成果は得られなかったと思います。俺は皆と、無事に、元の世界に帰りたい……だからクラークさん」


 勇者としての役目の都合上、信也達はいずれ前線近くに赴く事もあるだろう。


 その時に、再び実戦に巻き込まれる、或いは自ら飛び込む事になったとしても、皆で生き残るにはどうすれば良いのか……その答えは既にクラーク達が提示してくれている。


 だから信也は、先程クラークがしていたように頭を大きく下げ、その強い思いを口にする。


「改めてこちらからお願いします! 俺を鍛えて下さい! 誰にも負けないような、皆を守るための力を手に入れるために!」


 必要最低限の訓練を受けるのでは無い。今回のような危機に瀕した際に、自分だけではなく、親友達もまとめて守れるような、そんな力を信也は欲した。


 それが他者から見て可能か、不可能かは関係無い。信也自身が目標を掲げ、そのための努力を積上げていく事には慣れている。


 そうして信也が頭を下げるのにタイミングを合わせたように、信也の背後で席に座っていた夕梨と直人の二人が勢い良く立ち上がった。


「なんで信也だけ無茶しよーとしてるのかな? ちょっと見逃せないよね?」

「だな! シン一人に守ってもらうなんて、思っちゃいねえのになあ!」


 そう言った二人は頷き合うと、立ったままの姿勢からクラークに向かって頭を下げる。


「私と直人も改めてお願いします。皆を守る……って言うのは自信が無いけど、せめて自分を守れるように強くなりたいんです」

「お願いします!」


 信也だけではなく夕梨や直人まで、今後厳しく鍛えて欲しいと頭を下げだすのを、祥子はどこか呆けた顔で眺めていた。


「え? え? わ、私も頭を下げた方が良い流れ?」

「祥子は運動そんなに得意じゃねえだろ、元々の予定通りで良いんじゃねえか? 身体を鍛える以外でもたぶんなんかあるだろ」

「たぶんって所が、どことなく不安になる響きよね……でも、まあ……うん。私は自分が出来る事で何か考えてみるわね」


 皆がそれぞれ自分の意志を発していく中、嶺二はだけは何かを言う事もなく、辛そうな表情で席に座り続けている。


「…………」


 昨日も皆が敵に立ち向かう中、嶺二は一人動く事も出来ずに見ているばかりであったのを、引け目に感じているのだろう。 


 そんな五人それぞれの反応を見たクラークは、少なくとも信也達三人が示し合わせた訳でもなく、本心から強くなる事を望んでいるのだと理解した。


「そうかそうか。あれ程の目に合ってなお、お主達は心折れる事無く、過酷な道を選び取る事が出来るのか……」


 本来、危険な目に合わせた事を謝罪するべくここに来たクラークも、このような展開は予想の範疇を超えていた。


 そしてそんな信也達の行動に、クラークは存外心が揺り動かされるのを感じていた。


 そもそもクラークとしては、信也達がこの世界のために命を掛けて戦う理由なんて物は一切存在しないと考えている。こちらからの一方的な理由で、別の世界で安穏と暮らしていた者達を、有無を言わさずに連れてきたのだ。


 どうして命懸けで戦ってくれと言えるだろうか。召喚された者達の意に協力するようにとの遺命は、こういう事態を見越していたのではないかと思った程である。


 故に今回の襲撃で信也達の心が折れていたとしても、クラークは仕方ないとも考えていたのだ。しかし蓋を開けてみれば信也達は強くなる事を望み、この世界においての心構えも、以前とは良い意味で違うものに変わったように見えた。


「……分かった。お主達の心意気に応えよう! それに儂の役目は、お主達の望みに協力する事であるからな。我が国に到着したならば、望んだ者に限り、特別に鍛える事としよう。それでよいな?」

「はい! よろしくお願いします!」


 こうして約束を取り付けた信也達は、今回の件の後始末のためにこの街に数日留まった後に、文字通り心機一転クラークの国を目指して移動を開始する事になるのであった。

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