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第二十ニ話 襲撃④

「……やった……のか?」


 魔族が倒れ込んだ地面を中心に、赤い血がじわじわと広がっていく。その様子を棒立ちで眺めていた信也は、敵を――人を自分の手で殺めたのだと実感していた。


「本当に……俺が、やったんだよな……」


 自分と親友達の命を守る為に、こうするしか無かったと考えている信也に後悔は無い。


 しかし後悔は無くとも、精神面での衝撃はあまりにも大きかったのだろう。その場から一歩も動く事なく、目眩を起こしたかのようにふらつきを起こして、ゆっくりと倒れかけたのだが……


「ううっ……」

「信也! 無茶はしないでって言ったのに!」


 ちょうどその時、後ろから駆け付けてきた夕梨が、倒れそうな信也の背中を抱きしめるようにして支え、なんとか地面に倒れ込むのを防いだ。


 もし今倒れ込んでいたら、間違いなく魔族の流した血で、信也も血まみれになっていただろう事は想像に難くない。


「ははっ、助かったよ。ありがとう夕梨」

「もう! もう! 死ぬような真似はしないって約束したのに!」

「それは……まあ、あれだよ。俺、死んでないだろ? それで許してくれよ」

「むぅ……結果良ければって話じゃないんだよ」


 誤魔化すような言葉に、納得がいかなかったらしい夕梨は、その瞳に涙を浮かべ、信也を抱きしめている腕に、より一層力を込めた。


 実際、直人が飛び出していなければ、最初の攻防で信也が殺されていたのは間違いない。結果として助かって、更に魔族も倒せたのだからそれで良いとはならないのだろう。


「今度こそ、勝手に一人で突っ込むような、危ない事はしない。約束するよ」

「むむむっ……仕方ないなぁ。約束だよ?」


 信也の言葉になんとか納得した夕梨が腕の力を弱めて、ゆっくりと身体を離す。するとタイミングを見計らっていたかのように、嶺二が周囲に響くような大声を上げた。


 何かが起こったのかと、慌てて背後を振り向くと、東側を指さしている嶺二の姿が目に入る。


「助けだ! 助けが来たぞ!」


 嶺二が嬉しそうに上げたその叫びは、この場にいる人族の全員が、今か今かと待っていたモノであった。


 休憩所敷地内の東側、街道の入口の警備についていた護衛隊の一隊が、ようやくこの場に駆け付けてきたのだ。


 駆け付けてきた護衛隊の邪魔にならない様に、嶺二が立っている場所に急いで集まり直した信也達五人は、誰もが安堵の表情を浮かべていた。


 特に嶺二は、白かった顔色もすっかりと良くなっており、これで助かったと言わんばかりに歓声を上げている。


「やっ、やった! 均衡した状態に援軍が来たんだ! これでもう大丈夫な筈だよな!」

「そうだな、でも……」


 実際嶺二の言う通り、駆け付けてきた部隊が参戦した事で、どうなるのか分からなかった状況は一気に好転していた。


 援軍が来た事で、ブラッガーとヌーアの二人が戦っていた魔族は早々に討ち取られ、今はデューイが一人で戦っていた魔族を、護衛隊全員で取り囲み、少しずつ手傷を与えている所である。


 しかしどう見ても優勢としか言えない状況でありながらも、信也は嫌な予感に背中を震わせていた。





 一方、デューイも先程から目の前の魔族には、どうにも拭えない違和感を覚えていた。


 この相手の強さは、今までデューイが戦場で相まみえた魔族達の中でも、どれだけ高く見積もろうが、良くて中の下といった所でしかない。助けがくるまでに仕留めきれていないのは、相手の回避能力だけが異様に高く、ちょこまかと攻撃を避けられているからだ。


 駆け付けてきたクレイヴン隊によって、連れてきた配下も討ち取られ、たった一人になっているというのに、逃げ出す訳でもなく戦闘を続けているのは、まだ勝てると思っているからなのではないだろうか。


 そう考えたデューイは、これ以上戦いを長引かせるのも良くないだろうと、先程から隣で槍を構えている同僚のクレイヴンに声を掛けた。


「クレイヴン隊長! 奴が何を狙っているのかは知らんが、どうにも嫌な予感がする! 俺とお前で一気に畳み掛けるぞ!」

「……オマエが嫌な予感がするなんて言い出すとはな……よし、私が先に仕掛けるからオマエが仕留めろ。良いな?」

「応さ! 任せろ!」


 デューイの応える声と共に、クレイヴンは地を這う様な姿勢で駆け出した。


 狙うべき魔族は、今も四方から(かわ)(がわ)る襲い掛かり続けている隊員達の攻撃を、ギリギリ紙一重で避け続けており、時折り両手の短剣や魔法で応戦を続けている。


 今も横合いからの攻撃を避けた魔族は、多少無理な避け方でも体勢を崩さずに、反撃を隊員の一人に向けて振るおうとしている所であった。


「くらえぃ!」

「うおっ!?」


 そんな相手に急接近したクレイヴンは、低い姿勢のままに、全身を捻るようにして渾身の突きを放つ。


「チッ、速えぇなぁおい!? しかし避けたぞバカがっ!」

「そうだな、しかしそれは予想済みだ」


 当たれば革鎧どころか、金属鎧ですら貫通する程の鋭い突きを、魔族は鎧に掠らせながらもなんとか避ける。


 しかし当然これは避けられるものとして放った攻撃であり、クレイヴンの狙い通りにかなり無理矢理に避けた事で、ほんの少し魔族はその体勢を崩していた。


「その体勢では避けられんだろ! 大人しく斬られておけッ!!」

「クソがっ! 俺様はまだ死なねぇ!!」


 そして同僚が相手の隙きを必ず作ると信じて接近していたデューイが、その致命的とも言える隙きを見逃すはずも無く、魔族が体勢を立て直す前に、振りかぶっていた大薙刀を一息に振り下ろす。


「ぐおァッ」

「なんと!?」


 それは相手を確実に仕留めると、誰もが思うような凄まじい一撃であった。もし魔族が両手に持っていた短剣で受け止めようとしていたのなら、間違いなく武器ごと胴体を両断していたであろう一撃。


 しかし魔族は、それまで頑なに使わずにいた剣を、鞘から抜かずに盾のように構える事で、デューイの攻撃を受けきってしまった。代わりに受け止めた衝撃で、砲弾のような勢いで跳ね飛ばされながらも、自身が斬られる事をなんとか防いだのである。


「今ので斬れんか……嫌な予感が当たったかもしれんなあ」

「嫌な予感の元はあの剣か? ならば抜かせる前に仕留めるだけだ」

「だな!」


 全身全霊の一撃を防がれたデューイであったが、だからと言って呆然とするような事も無く、クレイヴンと共に自らが跳ね飛ばした相手に追撃をかける為に駆け出した。


「ぐぅ……ざ……けるな……」


 地面を数メートルに渡って跳ね飛ばされた魔族は、とどめをさそうと走り寄ってくる二人を血走った目で睨みつけながら、鞘に入った剣を杖代わりにして立ち上がる。


「……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁああああああ! 奴隷の末裔共が調子に乗りやがってぇえええ! 皆殺しだ! 皆殺しにしてやる! 魔剣の力を思い知れ!!」


 魔族はそう叫ぶと、華美な装飾が施されながらも、何故か傷一つ付いていない鞘から、磨かれたように綺麗な剣を抜き放ったのであった。

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