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第十六話 勇者の名が持つ力

 多少のトラブルはあったものの、信也達は大小様々な幕舎が設営されている場所を通り抜けて観兵式の会場へと到着した。そうしてオーレルに先導されるまま、集まった兵達を見下ろせる壇上に登った信也達は、横一列に整列しつつも、そこから見える光景に驚きを隠せなかった。


 壇上に登った信也達の視界を埋め尽くしたのは、鎧を着込んだ無数の将兵たちであった。彼らは登場した信也達に目を向けはするが、これといって反応するような事も無く、整然と隊列を組んで静かに立ち並んでいた。


「うわっ……すごい数の人だな」

「おうおう、すげぇな! どれだけいるんだよ?」

「…………後ろの方には、どう考えても声なんて届かないよな」

「何千人……とかじゃ済まないわよね?」

「んー、万単位でいるんじゃないかなー? すごいね!」


 想像を上回る光景に圧倒されている信也達の横に、後から壇上に登ってきたヴァロとクラークが並ぶ。


「そう緊張すんな。見慣れない服を着たお前らが胸を張って立ってりゃ、それだけでそれなりに格好は付くんだ」

「そうだな、ヴァロの言う通りだ。お主達はただ堂々としておればよいぞ」

「は……はい!」

「ハッ、素直なのはイイ事だ。後はオレが言った言葉は覚えてるか? それさえ出来りゃ問題無い」

「合図をしたら剣を掲げろって話ですよね? 大丈夫です!」


 何万人にも及ぶだろう人の海を見渡しても、二人は一切動揺する事も無い。それどころか、信也達に助言をする余裕すらあるようだ。国王や将軍ともなると、こういう事にも慣れているのだろう。


 ヴァロに言われたからか、信也は左腰に差している剣の存在を確認するように、柄頭を左手で力強く握り締めた。そうしていると、不思議と心が落ち着くような気さえしてくる。


 暫くそうしていると、壇上に立派な鎧を着けた各国の将軍と思われる者達が何人も登ってきた。そろそろ始まるのだろうか、そう信也が考えるのに合わせたかのように、オーレルが兵達の前に進み出て声を張り上げ始めた。


「聞け! 大陸各地より集いし、人族連合の精鋭達よ! 我が名はオーレル・シュタイン、今回北方戦線の将を務める事となった、フラクト王国の上級大将である! 我々が魔族より襲撃を受けてから早三年、その間に我々は――」


 身振り手振りを交えて語るオーレルの話は、聞くからに熱がこもっている。だからこそと言うべきか、聞く側である兵達の顔にも徐々に熱が込められていくのが、壇上から見ている信也にはよく分かる。


 少し周囲を観察するように見渡していた信也であったが、再度オーレルの話に耳を傾ける。


「――此度の魔族の侵攻に際して正直に言うならば、こちらが劣勢に立たされているのが現状だ! しかしたとえ相手が強大であろうとも、邪悪なる魔族どもに我々人族が屈する事は絶対に無い!」


 オーレルが一度言葉を切ると、それまで静かに整列していた兵士達から、大地を揺さぶる程の大音量が返ってきた。


「そうだ! 我々は屈しない!」

「魔族なんか追い返してやる!」

「復讐だ! 我らが友の仇を討つぞ!」


 あまりの声量に堪らず耳を塞ぎたくなった信也であったが、ここでそんな頭を抱えるような格好をしては、眼前の人達の目にどのように映るのかを考えれば、我慢をするしか選択肢は無いと言えるだろう。


 返ってくる言葉に満足そうに頷いたオーレルが右腕を持ち上げると、それまで大きく鳴り響いていた声がピタリと止んだ。


 静かになった事を確認するように、周囲をゆっくりと見渡したオーレルは持ち上げた腕を下げ、さらに大きく声を張り上げて話を続ける。


「しかし今のままでは奴らを打ち倒すのは至難の業だ! だからこそ我々は魔族打倒のため、伝説の勇者様の再来を願い、聖地にて勇者召喚の儀式を執り行なった!」


 勇者召喚の儀式を行なったと聞いた兵達は、静かにするのを忘れたように騒ぎ出した。しかも先程とは違い、壇上からはまともな言葉として拾う事も出来ないような、統制の取れていない浮ついた雰囲気になってしまっている。


 これはどうやって収拾をつけるのか……信也はどこか他人事のような気分で、この状況を眺めていた。しかし、ヴァロが出番が来たと言わんばかりに前へと踏み出した事で、信也の出番が近い事が察せられた。


「騒ぐな馬鹿どもが! この地に集った連合軍の精鋭とやらは、黙って整列する事も出来んようなお子様しかいないのか!!」


 先程まで声を張り上げていたオーレルよりも遥かに大きく、そして自分に向かって言われている訳でも無い信也ですら、思わず息が詰まる程の気迫がこめられたヴァロの声に、少なくとも前列で騒いでいた兵士達の全員がピタリと黙り込んだ。


「そうだ、やれば出来るじゃないか! 危うく勇者達に笑われる所だったぞ!」


 そう言って兵士達の注目を集めたヴァロは、そのまま壇上の信也を勢い良く指差した。一転して兵士達の注目が壇上の信也達に集中した事で、嶺二や祥子はジッとしているだけであっても顔を引きつらせている。近くで観察すれば、足もガクガクと震えているのが分かるだろう。


 しかし自分の役目が来たと思った信也は、集まる視線を気にする事も無く、合図らしきものがあり次第いつでも腰に差した剣を抜き放てるよう、ヴァロの合図を逃すまいと深く集中していく。


「先程シュタイン将軍が言ったように、我らは勇者召喚の儀式を行なった! そして今、この壇上に並んでいる見慣れぬ格好をした五人こそが、召喚儀式で召喚された正真正銘の勇者達だ!!」


 ヴァロはそう言うと、指差していた腕を真上へと振り上げた。


「…………今だッ!」


 ヴァロの動作を合図だと判断した信也は数歩前へと進みながら、いつも通りの手慣れた様子で素早く剣を抜き放ち、大袈裟な動きで二度三度と舞うように素振りをした後、周囲に見せつけるようにレプリカ剣を上へと掲げてみせた。


「おー、いつもよりキレがイイよ」

「よっ! 日本一!!」


 剣を掲げ続ける事十数秒、兵士達からの反応は無く、静まり返った会場には夕梨と直人の拍手の音のみが響いている。


 ヴァロから勧められて、こうして勢いに任せてやってみたは良いものの、少し待っても近くの夕梨と直人からしか反応が返って来ない事から、今更になって信也の顔から冷や汗が吹き出してきた。


 さらにそれから数秒程経った頃、状況に変化が現れ始めた。信也達の様子をジッと見ていた最前列の兵士達が、一人また一人とその目を輝かせ始めたのだ。


 静まりかえった兵士達の間に少しずつざわめきが広がっていく。


「まさか……あの少年達が……勇者様なのか?」

「歩き方は素人臭かったぞ?」

「でもあの堂々とした姿を見てみろよ、一瞬だけだったが剣捌きだって大したものだったぞ」

「掲げた剣だって妙に光って気がするものな……」

「なんでも、あのヴァロ閣下とも模擬戦で五分(ごぶ)で打ち合ったそうだぞ」

「南方の獅子と!? あんな体格でか!!」

「ああ……勇者様だ! 間違いない!」

「勇者様!!」


 目を輝かせた兵士達は、一度静かになったのは気のせいだったのではと思う程に大きな歓声を上げはじめた。先程から冷や汗を流しながら状況を見守っていた信也は、無反応だった状況との落差に驚いてしまっていた。


「うわっ、急にすごい反応が返ってきた!?」

「ハッ! 伝説の勇者様が眼の前にいるって事に、現実味が無かったんだろうよ! 今なら何を言ったって士気上昇間違いなしってやつだな」


 いつの間にか信也の隣にまで移動していたヴァロが、ねぎらうように信也の肩を叩いてきた。信也の仕事はこれで終わりのようである。


「って事で、最後の締めは任せたぞシュタイン将軍」

「ああ、任された。さあ勇者様も、もう剣を降ろしていただいても結構ですよ。後は私にお任せ下さい」

「あっ、もういいんですか? 分かりました」


 剣を掲げたままの姿勢で動かずにいた信也であったが、役目の終了を告げられたので、右手の剣を大袈裟に手元でクルッと回して、流れるように鞘へと納めた。


 こういうパフォーマーのような剣捌きをする人は他にはいないのか、それだけでも多少の歓声が兵士達の間で上がる。


 事前に言われたからやった事ではあるが、ここまで良い反応が帰って来た事には信也としても良い気分になってくるようで、その表情はどこか自慢気なものとなっている。


 そうして信也が軽い足取りで元の位置に戻って行くのを確認したオーレルは、兵士達の方へと向き直り、改めて声を張り上げた。 


「さあ、我等が人族連合軍が誇る精鋭達よ! 今一度魔族を退け、我等が勝利を約束する希望であらせられる勇者様の勇姿をその目に焼き付けるのだ! 我らに勝利を! 人族に栄光を!」


 オーレルはそう叫ぶと、先程の信也を真似するように腰にさげていた剣を抜き放ち、そのまま真上へと真っ直ぐに掲げた。そして兵士達はそれに呼応するように、それぞれの武器を持ち上げ雄叫びを上げ始めるのであった。

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