第九話 初訓練
ファルドゥーツから出発してそろそろニ時間は経とうとしていた。
綺麗に整備された街道を順調に走り続けた結果、もう既にあの巨大な城は見えなくなっていた。
先程まで馬車から見える周囲の景色を存分に楽しんでいた一行であったが、クラークから声が掛かった事で今は全員大人しく席についていた。
「さて、そろそろ最初の休憩場所に到着するのだが、その前にお主らの希望を聞いておこう」
「……希望? なんの希望なんですか?」
「おっと、すまぬな。肝心の言葉が抜けておったか? どんな武器を使うかの話だ」
クラークが言うには、最初の訓練は使いたい武器を自由に選んで、実際に使用してみる所から始めるとの事であった。
全員に剣を持たせて素振りをさせるより、まずは使いたい武器を選ばせてモチベーションを上げようとの意図があるらしい。
「とはいえ、馬車一台を丸々武器庫にして準備しておるものの、希望の武器が用意できん場合も当然ある。その場合は我が国に到着し次第直ぐに用意させよう。さあ、何か希望はあるか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 皆と相談しても良いですか?」
「構わんぞ、まだ時間はあるからな。相談でもなんでもして、ゆっくりと決めるがよい」
許可も出たので、相変わらず揺れの少ない車内の中央で寄り固まって相談を始める信也達。
前々から剣の練習ばかりをしてきた信也は、相談せずとも剣と盾を選ぶつもりだ。あえて言うなら盾の種類で悩むくらいだろうか。
直人も昨日の模擬戦で手応えのようなものを感じたのか、鈍器類と盾の組み合わせを選ぶようだ。となると、問題は残りの三人となる訳だが……
「武器って言われても、私は何も使えないわよ!?」
「そりゃ、そうだよねー。普通の女子高生は武器なんか振り回さないよねー。って事で、私は槍とか使ってみたいかなー、シュシュシュ! って感じでカッコイイよね、槍」
「……夕梨、もうちょっと真剣に考えないか?」
「私は真剣ですー! そんな事言う嶺二は、なにを選ぶのさ」
「僕は……杖か棒、長めの棍棒が良いかな」
「なんだかあんまり強くなさそーなの選ぶねぇ? 杖とか選ぶなら槍選ぼうよ! 槍!」
「その槍に対しての情熱は何なんだ……」
「あー、でも弓とかもカッコイイかなー? 一気に何本もシュパーって撃つ技やってみたい!」
「……私はなにを選べば良いんだろ? 素人でも使えそうな武器って何なのよー!?」
見ての通り微妙に混沌とした有様で、今すぐ決めるのは難しそうであったが、様子を見ていたクラークは可笑しそうに笑い出した。
「フハハッ! 今選んだ物を使い続けろという訳でもないのだ、カタギリ嬢のように使いたい物をどんどん言えばよい。難しく考えず、合わんようなら替えればいいだけよ。もちろん今話に出ていた物なら全て用意できるので、思う存分試すがよいぞ」
そんな言葉を聞きながら、もう暫くの間夕梨達の武器選びは続くのであった。
あれから皆で散々悩んだものの、馬車馬の休憩所として街道脇に造られた広場に到着する頃には、五人全員が一応の武器選びを終えていた。
広場はかなり広く、馬車が八台停まってもまだまだスペースには余裕があるようだ。
奥の方には厩舎や大きな倉庫のような建築物も建っている。
聞いてみれば休憩所の管理人の宿舎も倉庫の裏に建っているそうで、馬用の飼葉や水場も用意されているなど色々と揃っているらしい。
厩舎の近くに停まった馬車から降りた信也達は、希望通りに用意された武器を手渡され、そのままクラークの指示で広場の端にある開けた場所に集まっていた。
「さて、これから初訓練となるが、今はあくまでも移動の合間にある馬の休憩時間だ。だから我が国に到着するまでは、色々と興味がある武器を試して、これだという物を選んでもらう。もちろんその都度、怪我をせぬように教えていくので、物怖じせずにやっていってもらいたい」
クラークの号令を聞いて、信也以外の親友達は思い思いに距離をとり、選んだ武器の使い心地を試していく。
戦闘訓練と聞いていたからどんな事をするのかと思ったが、どうやら今はまだ本格的な事をする訳ではなさそうだ。しかし信也には一つ気に掛かる事があった。
「クラークさん、昨日の夜に訓練が始まってからだなって話すのを止めた事がありましたよね? それって何だったんですか?」
「ふむ、その話か……確かに勇者が扱う力について説明しようと思っておったのだが、朝の件も含めて今夜の宿でまとめて話そう」
またもお預けをくらう信也であったが、力と聞いて思い浮かぶのは、せいぜい昨日の模擬戦で直人がオーレルを吹き飛ばしていた事くらいであろうか。ただ、あれは特殊な力と言うよりは馬鹿力の類であったが……
「俺達が扱える力? まさか、身体能力が高くなっている……とかですか?」
「そうだな、思い当たる事もあるだろうが……召喚儀式を用いて呼び出されたお主らには、儂らには使えん力が備わっておる。もし腕力などが強くなったように感じたのだとしたら、間違いなくその力のせいだな。さて、訓練時間は一時間もないのだ、動かせるうちに身体を動かしておかねば、馬車の旅はジワジワとキツくなってくるぞ」
肝心な事は話さずに、いつまでも目の前に餌をぶら下げられ続けているような気分になるが、やはりクラークはこれ以上は話す気は無いようだ。
しかし夜には話すと約束しているのだから、これ以上聞くのもよくないだろう。
「分かりました、今は剣でも振って気晴らしでもしておきます」
「うむ、それがよい。では儂は他をみるとしよう」
そう言ったクラークは信也から離れていった、信也以外の武器に馴染みのない人を中心に教えていくつもりのようだ。
気になる気持ちを押し殺し、今はクラークの言う通りに身体を動かそうとしたところで、少し離れた位置で夕梨が楽しそうに声をあげているのが聞こえてきた。何事だと見てみれば、夕梨の身長程の長さの槍を、片手で勢いよく振り回している姿が目に入った。
「おー、槍って案外軽いんだねぇ。なんだか頼りないくらい振り回せるよー」
「カタギリ嬢、いくら穂先に被せをしているとはいえ、危ないから無闇矢鱈と振り回さぬように」
さっきから軽い調子で振り回しているが、夕梨は力持ちなんて事はなかった筈だ。
あの槍は穂先だけでなく、柄にも所々金属の補強が入っている物だったはずなので、あんな風に軽々と片手で振り回せるとなると、本当に身体能力全般が上がっているのだろう。
思えば自分がヴァロの一撃を何度か防げたのも、そんな事が関係していたのだろうか……
そんな事を考えながら、信也は用意された片手剣をなんとはなく振ってみるが、どうにも昨日の模擬戦で使った物ほどしっくりとこない。
であるならばこちらを使おうと、慣れない剣を一旦しまい、腰に装着した剣帯から愛用のレプリカ剣を抜き放つ。
やはりこちらは数年愛用しているだけあってか、試しに一振りしてみても手によく馴染んでいる。剣身を何となく眺めてみれば、いつも以上に輝いて見えるような気すらしてくる。
「うん、やっぱりこいつだよな。素振りをする時は、これからもこいつを使おう。後は盾を持ってちゃんと動けるかだな」
ひとしきり剣の振り心地を確認した後に、用意してもらった騎士盾を左手に持ってみる。
昨日使ったバックラーと比べて一回り以上はサイズも大きく、攻撃を受け止めるのも余裕を持ってやれそうだ、盾で相手を殴りつけるのも良いかもしれない。
騎士盾を扱うのは初めてであるから、どう防いで反撃するのか、一つ一つの動作を意識しながら盾を構えて剣を振るう。
「うん、感覚も掴めてきた……やっぱり楽しいな……」
なんとか盾を邪魔に感じない程度に剣を振れる感触を掴んだ信也は、そこからは一心に身体を動かしていく。
高校生になってからも、一人でこっそりと素振りをしている時はあったが、ここまで集中してやれるのは中学の時以来ではないだろうか。
そんな事もあってか、いざ素振りを始めるとあっという間に時間は過ぎていき、気がつけば訓練終了の時間になっていた。