使えた?
「こら! なんでリンマ君はこんな事も出来ないの!? 風初級魔法でしょ!」
「え、あ、はい。ごめんなさい。」
今、僕は家の庭で母親に風魔法(?)と言うものを教えてもらっている。……いや、強制的に教えられてるだけか。母親がさっき切った大きさの木に傷を付けることが出来れば合格らしい。
なぜ、記憶が無く、自分が誰かはっきり分かっていない僕が今、風魔法とやらを使えなくて怒られているのか分からないが。
「しっかり魔力を紙に込めるの! ここに書かれた模様を意識して、自分の魔力が空気を動かすことを意識するの!」
ま、魔力? だから何それ。そもそも自分の中にある魔力と言うものがよく分からない。自分の中に魔力なんてあるのか?
「だーかーらー! 違う! もっとちゃんと腰を落として空気と魔力を体に纏うの!」
一応、言われた通りにやってるんだけどなぁ……そんな怒らないで。まず魔力の前にここはどこにある国なの? ここはなんて言う村なの? それが先じゃないですか?
「はぁあ……どうしたのリンマ君? 先週の方がまだちゃんと出来てたわよ。何かあったの?」
母親は心底呆れた顔で僕を見る。だって……魔法を知ったのが昨日なんだもん……出来るわけないじゃん。
「まさか……ちょっとリンマ君、こっちに来なさい。」
そう言われ僕は母親の前まで近寄った。すると母親は僕のおでこに手を当てた。
「え、な、何?」
始めは熱の有無でも調べたのかと思ったが違った。母親は風上級魔法を使う時と同じように詠唱を始めた。すると、僕のおでこは黄色く光り、自分の体の中にモヤモヤとした何かが動き始めた。
え、なんだこの感じ。
そのモヤモヤはイメージなので分からないが黒い感じがする。魚のように、虫のように、僕の体の中を頭のてっぺんから足の先っぽまでモゾモゾと動いている。
「うーん、魔力は切れてないみたいね。」
母親がそう言って僕のおでこから手を離すと、モヤモヤとした物は動きをふと止め、次第に感じなくなった。
「ねえ、お母さん。今のは何?」
「あら、前にも言わなかった? これは相手の魔力を見るための魔法よ。触るのは相手の体であればどこでも良いんだけどリンマ君はちっちゃいからね、おでこ辺りが私もしゃがまなくても良いのよ。」
母親はニヤニヤしながら言った。……余計なお世話だよ。僕だって記憶が無くなる前はもっと大きかったはずだから!
それにしても今のも魔法だったのか。でも、さっき見せてもらった風の魔法と今の魔法とでは用途も迫力も全く違った。何個か種類があるのだろうか。今日の夜、自分の部屋にある本から魔法について書かれてるのを探してみるか。
「リンマ君はイメージ力が足りないんじゃない?」
納得したような顔で僕にそう言ってきた。
「え、イメージ力?」
「そう、イメージ力。風初級魔法を使う時に当たった木がどうなるかイメージしてる?」
「し、してない。」
「風魔法を使う時に重要なのは空気を切るイメージよ。空気を切り裂いて木に当たるイメージ。」
ふむむ、なるほど……空気を切り裂くイメージか。難しいな……僕に出来るのか?
僕は真剣に考えた。
…………
…………
……いや、待て! なに真剣に考えてんだよ! それより先に僕の記憶の事だろ!
…………
…………
……と思ったがまあ、良っか、魔法ってなんかカッコいいし。
気が向いたら記憶を取り戻すために頑張ろ。今はここが何処か知って魔法を使えるようになろう。うん、それが良い。僕はここでの生活を楽しむぞ!
「お母さん! 僕頑張ります! 魔法について一から教えて下さい!」
「あら、急にやる気を出して……分かったわ。じゃあ、今日はこれで終わり。明日、私が魔法についての本を読んであげるから、しっかり休みなさい。」
「はい!」
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魔法の練習の1日目(僕基準)が終わると、もう夕方になっていた。母親は今、一階で晩御飯の準備をしている。
そして僕は二階、自分の部屋で魔法についての本を読んでいた。
その本を読んで分かった事がいくつかある。
一つ目。魔法には何個かの種類があること。
火の魔法。
風の魔法。
土の魔法。
雷の魔法。
水の魔法。
これが攻撃魔法の五つだ。他にも精霊魔法というものがあったが、この本には詳しく書かれていなかった。母親が使っていた相手の見る魔法と言うのも書かれていなかった。この本には攻撃魔法の事しか書かれていない。
あ、あと、魔法を使うには魔法陣が必要と言うのはこの世界共通の事らしい。しかし、中には得意変異体で、魔法陣が無くても魔法を使える人たちがいるらしい。
『魔法を使うにあたって大事な事は、「イメージ」であるが、それだけでは足りない。この「イメージ」と言うのは「外」と「内」のイメージである。
これがどう言う意味なのかと言うと「外」の「イメージ」が魔法の使用者の周りに及ぼす影響とすると「内」の「イメージ」とは、魔法使用者自身に及ぼす影響である。
「外」の「イメージ」と言うのは風魔法を使う際の風力など、火の魔法を使う際の火力を考えることである。そして「内」の「イメージ」とは、魔法の使用者が魔法を使う時に必要な自信の魔力の動きを考えることである。
魔力を意識する時に必要なのは、自身が置かれている地域の魔女の加護の形である。「天秤宮」の魔女が支配している土地なら自身の体の魔力が揺れて魔法陣に注ぎ込まれることを意識と魔力を込めやすくなる。
前者の「イメージ」は先天的に誰もが身に付いているものだが、後者の「イメージ」は後天的に、意識しなければならない。魔法を使えないと悩んでいる、この読者達が魔法を使えない理由はそれなのではないか。』
「リンマ君ー! ご飯よー!」
「はーい、今行きまーす!」
本を読んでいると下から僕を呼ぶ母の声が聞こえたので、僕は読んでいた本を本棚の元あった場所にしまい一階に行った。
「いただきます。」
椅子に着きテーブルを確認すると、いつもと同じパンとスープ。……お母さんは飽きないのだろうか。
「ねえねえ、お母さん。」
「ん? どうしたの?」
「いっつもパンだけどさ、お米とかってないの?」
「お米? 何それ。」
「え……」
お米を知らないのか……
「えーっと……なんか白いツブツブが何個もあるやつ。」
「さあ、知らないわ。」
うーん、お米がないのか……まあ、良いか。これも今度にしよう。
てか、それよりも聞きたいことがあるんだった……
僕はもごもぐとパンを口に詰め聞いた。
「ねえ、お母さん。」
「ん?」
「ここって『天秤宮』の魔女の支配地?」
「当たり前でしょう。」
「じゃあ、お母さん。」
「今度は何?」
「うちにさ……」
「うん。」
「お父さんっていないの?」
僕はまだここの家のお父さんを見たことがない。ここの家はかなり大きい。お父さんは居ると思うんだけど……
「その話は今じゃなきゃダメ?」
「え……い、いや……」
母親の機嫌は見るからに悪くなった。……何かまずいことなのだろうか。
「そう、なら、今度にして頂戴。」
「はい……」
「……」
「……」
そこからの居間は異様な程、静かな空間だった。
息子大好きな母親が僕にこんな顔を見せるのは初めてだった。
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次の日の朝。
いつも通り朝ごはんを食べ、母親と庭に行った。母親の機嫌が悪かったのは気のせいかもしれない。そう思うほど昨日と今日のとでは雰囲気が違っていた。
……これからはなるべき父親の話しは避けよう。
「はい、リンマ君。これ。」
そう言って渡されたのは昨日と同じ模様が書かれた白い紙だ。
「リンマ君。魔法を使うのに必要なことは?」
「『イメージ』。だけど『イメージ』と言っても『外』と『内』の二つがあって大事なのは『内』の『イメージ』」
昨日かじった程度の浅い知識を自慢顔で母親に言うと、なぜか驚いた顔をされた。……え、なんか間違った事でも言った? いや、あまりの優等生っぷりに驚いているのか。「ちゃんと本を読んで偉いわね! リンマ君!とか言われそう。
と、思ったのだが違った。
「リンマ君。今のは本で知ったの?」
「え? うん。そうだよ。」
「私、いつリンマ君に文字を教えたっけ。」
「……あ、」
あー、はい、やっちゃいましたね、はい。あー、文字を覚えてなかったのか。
自分の馬鹿さに呆れつつ、なんて言い訳しようか考えているとある事に気付いた。
文字を覚えてなかったのに文字を読めると言うことは、この体は僕の本当の体では無いと言うのは確定なのでは?
……と、言う事は僕はやっぱり記憶喪失ではない? いや、それは無いな。僕は記憶を失っていると断言出来る。
……じゃあ、記憶が無い僕が知らない人に乗り移った?
「うぅ……!」
そう考えた時、急に頭に激痛が走った。何かが前の記憶を遮るように。
ダメだ! 寸前の所まで出かかってるのに! 思い出せない。なんでだよ! クソ!
「リンマ君? ねえ、リンマ君、どうしたの?」
「うわ、あぁ、うん……なんでもないよ、お母さん。早く魔法の練習をしよう。」
自分の世界に入ってたらしい僕の目を母親が心配した表情で覗き込んできた。
記憶の話は後。今は魔法に集中!
そう心に決め、僕は昨日と同じように、白い紙を片手で構えて魔法を打つ準備をした。
目を閉じ、集中して僕は「イメージ」する。本に書いてあった事、母親が言っていた事をゆっくり思い出す。
まず、10m先にある木が切れるイメージを。魔法で出来た空気の刃が周りの空気をも切り裂き、木を切るイメージを。
そして最後に、ここが「天秤宮」の魔女の支配地なんだから、自分の魔力が揺れるイメージ。
昨日ついでにわかった事だが、魔力とは自分の体にあるモヤモヤした黒っぽい何からしい。多分この黒いモヤモヤは昨日母親が僕の魔力を見たときに僕が感じたものだ。
これならいける!
あの木めがけて、僕の渾身の魔法を!
「風初級魔法!!」
スカッ、
……あれ?
「風初級魔法!!」
スカッ、
……あれ、あれれ? なんでだ?
魔法が発動しない……。
「はぁ、、……なんで出来ないのかしら。」
母親も今の僕の不発を見て、明らかに落胆している。
おかしい。「外」の「イメージ」も「内」の「イメージ」も両方完璧なはずだ。
完璧なはずなのに……何が違った?
「リンマ君には魔法の才能が無いのかもしれないわね。」
才能? いや、そんなはずは……
「ほら、リンマ君。今日はもうお終い。帰るわよ。」
「え、い、いや、待って……!」
出来るはずなんだよ! 途中までは完璧だった。「外」の「イメージ」は完璧だったのに「内」の「イメージ」をした途端に出来なくなった。
悲しさや怒りで頭がいっぱいになっていると
「痛っ!」
足元にチクリとした痛みがきた。何かと思い見てみると、僕の足に蛇が噛み付いていた。
「何だよ……クソ!」
最初は八つ当たりに近かったかもしれない。
自分が誰か分からない怒り。
魔法が使えない怒り。
蛇の分際で俺に噛み付くなよ。
そんな大人気ない怒りを蛇に当てるつもりだった。どうせ使えないのだから唱えてもいいだろうと。
僕の足に噛み付いた蛇が真っ二つになる「イメージ」、「内」の「イメージ」はよく覚えてないが、確か目の前にある物をイメージした気がする。自分の中で蛇が動いて紙に巻き付くイメージだった。
こんな事しても無理だと思ってなのに……
なのに……
「風初級魔法!!」
スパッ!!
僕のイメージした通り、蛇は頭部が切られ真っ二つになった。
「え……魔法が使えた………?」
この時、僕は魔法が使えるようになった。