魔法って言っていいかな?
自分が記憶を失ってから2日が経った。
この2日を経て僕は少し自分の事が分かった。
まず、人が住むところを家という事や食事をする際に使うのが箸と言う事などの常識的な事は覚えているのだが、自分の名前や性格など、自分に関することがさっぱり分からない。分かったのは昨日だ。
僕の名前はリンマと言って6歳らしい。家の一階に鏡があったので自分の顔や体を見てみると、僕は茶髪のショートヘアで、目が綺麗なエメラルドグリーンだった。そんなに幼くなかった気もするし、こんな顔じゃなかった気もするが今はそれを考えるのは止めることにする。何も分からないのだ、いちいちそんな違和感に付き合ってはいられない。それは後でだ。
あと、ここはどこかの村だと思う。自分の部屋は二階の奥にあるのだが、その部屋の窓から見た景色はほとんどが森と木の家だった。うん、多分、村だ。町や市ではないと思う。
ここに来て3日目の朝。目が覚めると僕はベッドから降り、ドアを開けて部屋を出た。部屋を出ると廊下がある。この部屋は二階の一番奥にある部屋で、自分から見て右側には4つ程の部屋が並んでいて、左側には一階へ続く階段がある。
「おはよう、お母さん。」
階段を降り、自分の母親(?)に挨拶をする。母親は居間のテーブルの皿やらコップやらを運んでいた。朝食の準備だろう。
「あら、もう起きたのリンマ君? まだ寝ててもいいのに……ご飯にする?」
この人は僕に甘い。息子だから当たり前だろと思うかもしれないが、それを入れても甘すぎると思う。昨日だって間違って花瓶を割ったのに、全く怒られなかった。
「うん、ご飯にする。」
ここの食事はいつもパンやスープばっかりで白米が出てこない。稲を育てたりしないのだろうか。
「いたただきます。」
テーブルの前にある椅子に座ると僕は目の前に並べられたパン二つとスープを一杯を食べ始めた。
ご飯を食べる前にいただきますと言うのは覚えていた。
パンはいつも通りパサパサしててお世辞にも美味しいとは言えない。パンを二つ食べると乾いた喉にスープを流し込み潤した。
「ご馳走さまでした。」
僕はご飯を食べ終わると食器を片ずけ、二階に上がろうとした。
今日は部屋にある本を読む予定なのだ。昨日、何冊かの本をパラパラとめくって目を通してみたのだが、そこには物語や歴史書の内容があった。多分、何冊か読むだけでここがどこなのかぐらいは分かるだろう。
「ちょっと、どこに行くのリンマ君。もう倒れてから2日も経ったんだから今日は「アレ」をするわよ。」
階段を上ろうとしたら母親が止めてきた。
「あ、アレ?」
アレをするってなんだろう。2日以上前に約束した事かな?
「そうよ、アレ。忘れたの? リンマ君、あんなに楽しみにしてたじゃない。」
「えーと……倒れた時のせいで忘れちゃって……。」
こういう話が噛み合わなくなった時に使うのはこれだ。記憶がないのは別に嘘じゃないし……。昨日までも何度か話が噛み合わなくなった時には使わせてもらった。
「あら、そうなの。じゃあ、今から行くわよ。」
そう言って母親は僕の右手を掴んだ。
「え、う、うわぁ、ちょっと……!」
僕が返事をする暇もなく外に連れ出された。
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僕は今、母親に連れられて家の前の庭にいた。
庭と言うと少し狭いイメージがあるが、この家の庭はそこそこ広い。縦横共に100メートルぐらいある。
地面は全て芝生に覆われていて、僕の身長の何倍もある大きなが何本か植えられていた。
「はい、じゃあ、魔法の練習を始めるわよ!」
母親は大きくハリのある声で言った。
悲報 母親ついにイカレる。
だってそうだろ? 息子を外に連れ出して第一声が魔法だぜ? 記憶のない僕でもわかるよ、魔法は空想上のものだって。
「はい、リンマ君。これ。」
そう言って渡されたのは白い紙だった。折り紙を四つ折りにしたうちの一枚で、裏返すと何か紋章みたいな模様が黒く書かれていた。
「なにこれ?」
これを魔法に使うのか? まあ、魔法なんて使えるとは思えないが。
「リンマ君、まず最初に、魔法を使うには何が一番重要か分かる?」
「え、いや……分からない。」
知るわけ。母親は「当然知ってるでしょ?」と言う顔で僕に聞いてきたが、知るわけがない。まず、魔法ってなんだよ。
「はあ、そんな事も忘れたのね……。」
ガッカリされた顔で見られた……。いや、でもいくら記憶がないからって……魔法が空想上のものってのは当たり前だよなぁ……うん、断言できる。
「まあ、いいわ。正解はイメージよ。魔法を使うのに一番必要なのはイメージよ。」
「イメージ?」
「そう、イメージ。例えば火の魔法を使うでしょ。そのときに必要なイメージは火の形、大きさ、温度、火の動き、空気の動き……数えたらきりがないの。だから普通の人は魔法は使えない。そこで必要なのがこの魔法陣よ。」
そう言って母親は僕に渡した白い紙を指差した。
「これには魔法を使うのに必要なイメージは大体入れてるの。だからこれを使えば、火の魔法を使うなら、火力のイメージと魔力を込めるだけでいいのよ。」
「はあ……」
いや、理屈は分かったんだけど……魔法だよ? 無理でしょ……。
「じゃあ、私がお手本を見せるわね。」
母親はそう言うと僕に渡した白い紙と同様のものを自分のポッケから取り出して大きな木から20m程の距離があるところに立ち、自分の目の前に片手でその白い紙を持って、何かを唱え始めた。
すると母親の足元の芝生の半径2m程が黄色く光り始めた。そして母親の周りの空気だけが突風かのような速さで動き始め、その白い紙を中心に台風のように回転した。
「うわっ!」
気を抜くと飛ばされてしまいそうな強い風が起こり始める。庭の芝生は揺れ、大きな木達もメトロノームの様に振れ始めた。
そして最後に
「上級風魔法!!」
と、叫ぶと母親の白い紙から目に見える程圧縮された空気が物凄い速さで一本の大きな木に当たった。
するとその木は本当に木なのかと疑いたくなるような切れ方をして、倒れた木は地面に当たって大きな音がした。スパッ!となってドゴン!って。
「…………え?」
一瞬の出来事に戸惑う。母親が白い紙を用意してから木が切れるまで5秒も経ってない。
これが……魔法? え、ヤバくない?
「はい、リンマ君もやってみよう!」
母親は汗一つかいていない。
「……いや……。」
や、やってみよう! って言われてもさ。
「ほら、リンマ君! まず白い紙を構えて……」
だ、だから、
「早く! グワッと魔力を紙に込めて!」
「絶対無理だろ!!」