Make-up Shadow/井上陽水
「え? 何コレ!!」
ホームルームが終わった直後、教室内に私の叫び声が響き渡った。
クラスメイトが遠巻きに私のコトを見ているので、会釈をしながらカバンを引ったくって廊下に飛び出す。
「あ、エリカお疲れー! いま迎えに行こうと思ってたトコ」
「お疲れーじゃないわよ! ちょっと何? このユニット名!!」
文化祭のパンフレットを突き出し、教室で奇声を上げる原因となったページを開く。
「ユニット名、Jessicaって、これグランマの名前じゃない!」
「あー、それか。うん、キクチに早くしろって催促されて……咄嗟に出たのがその名前だったんだよね。だってエリカがキクチのコト避けてるから、ウチも仕方なく決めたんだよ?」
うぅ……そう言われると返す言葉が無いし、むしろ弁当屋の名前を付けられるよりは、まだマシだったと思うべきだろうか。
「はぁ……まぁ印刷されて配られちゃったものはしょうがないけど」
アズサは逃げたりしないなんて、大口叩いた当の自分がキクチから逃げ回ってたのだから、確かに責任の一端はこちらにある。
「あ! そんなコトより、もう時間無いからこっち来て早く着替えて!」
「え? 着替え……って何?」
これが勿体ぶって教えてくれなかった、アズサの秘策というヤツだろうか?
「イイからこっち!!」
状況を飲み込めていない私の手を強引に引っ張って、アズサのクラスまで連れて行かれた。
「これじゃ材料足んないから、誰か買い出し行ってきて!」
「ねぇ! 全部のテーブルにメニュー表無いんだけど!!」
「後輩が急に休んで部活の方の店番増えたんだけど、誰かシフト交代してくんない?」
アズサのクラスは模擬店のオープン準備で、殺伐とした空気が流れている。
こんなところに私を連れて来て、一体何をしようというのだろうか?
「あ、あの……みんなお疲れ様」
開店前でバタついているクラスメイトの一群に、アズサが声を掛けるが誰の耳にもその声が届いていない様子である。
看板作成の時にも、彼女が孤立して作業をする姿を目の当たりにしていたので、未だ打ち解けられていないのかと不安になった。
「あの! 忙しい時にゴメン!!」
「はぁ?!」
教室の中心で塊になっていた一部の生徒が、先ほどより大きな声を出したアズサに気付いたようだった……が、その反応を見る限り、恐らく歓迎されていない空気が漂う。
「あぁ、なんだ妹尾さんか! 実行委員が文句でも言いに来たのかと思った」
輪の中心で指示出しをしていた一人が、アズサに声を掛けると大きな話し声がパタリと止んだ。
「そのコが例の相棒? 転校してきて早々に文化祭とか、ホント大変だねぇ? そっちのカーテン引いてある裏に用意してあるよ!」
「あ、ありがとう! 何か、大して役に立ってないのに無理行ってゴメン……」
アズサが申し訳なさそうにクラスメイトにお礼を言っているが、説明無しで連れて来られた私には、何のコトだか理解が出来なかった。
「何言ってんの! 妹尾さんだって一生懸命準備してくれたじゃん? ……あ、ほらもう時間無くなっちゃうよ!!」
群衆の一人一人に頭を下げながら、教室の後ろに進んでゆくアズサに続く。
カーテンと呼ぶには若干粗末な造りの間仕切りをくぐると、ボウルで粉を混ぜたり、氷の塊をアイスピックで砕いている生徒が数人。
「あー、お疲れさん! 二人分そこに置いてあるから。バタバタしてて申し訳ないけど、適当に着替えちゃって?」
作業中で両手が塞がったまま、そう言った生徒が顎と視線で示した先には、ニ着のタキシードがハンガーに掛けられていた。
「えへへ、これがウチの秘策! もうね、すんごい勇気振り絞ってお願いしちゃった!!」
数日前までクラスメイトとコミュニケーションすらまともに取れていなかったアズサにとって、勇気を振り絞ったという言葉は、大袈裟ではなく本当にその通りの行動だったのだろう。
「それにしても……何でタキシードなの?」
「あー、ウチのクラスの模擬店って『執事喫茶』なんだよ。んでさ、キクチみたいに女子ウケ狙うなら、やっぱ男装してライブやるのイイんじゃないかと思ってね? んじゃ着替えよっか!」
中性的な雰囲気を醸し出す軽音部の部長であるキクチが、後輩からバレンタインデーにチョコレートを貰うという話から、たしか画期的なアイデアをアズサが思い付いたような記憶だったのだけれど……秘策と言うには安直じゃないだろうか?
とはいえ、アズサが必死に取り付けた衣装の貸し出しなのだから、ここでゴネるのも無粋というモノだろうと、言われるがままに着替えを進める。
「お! やっぱ似合うじゃん♪ 転校してきたばっかでエリカは顔が割れてないから、あのコは誰? って問い合わせ殺到だよ!」
青田買いされるアイドルの卵じゃないのだから、そんなに上手くいくとは思えないのだけれど……
「着替え終わった? じゃあ仕上げるから、こっち座って?」
頃合いを見計らった、という感じで、クラスメイトの一人がカーテンをくぐり、手にしていたポーチを開くと、メイク道具がぎっしり詰まっていた。
「タオルあるから、ライブ終わったら水道で流してきてね? コレ水性だから」
そう言うなり、両手で捏ね回していたグリースを私の髪に塗り、平櫛を使って前髪を後ろに流していった。
所謂オールバックに髪がまとまったところで、前に回り込んでポーチからコンパクトを取り出す。
「うわぁ~ポスターカラー塗ってるみたいに化粧ノリ良すぎなんだけど! 肌キレイで羨ましいなぁ~」
話をしながらも、手際よく顔の中心からファンデーションを外側に伸ばし、アイメイクに移行したので軽く目を閉じた。
「わたしね、卒業したら美容系の専門行くんだよね……将来有名になったら、高校の時にメイクしてもらったって自慢してイイからね?」
アイシャドウを塗られながら、名前も知らない初対面の彼女の夢を教えてもらった。
私の肌を褒めてくれた彼女には、すでに自分の進むべき道があるというコトが羨ましかった。
「はい完成! 鏡見て変なトコあったら言ってね? んじゃ次は妹尾さんね」
手渡された鏡には、マットな肌感にダークカラーのアイメイクを施した、自分によく似た男前が映っていて恥ずかしくなった。
魔法のように、化粧一つで自分の顔がこんなにも変わるのかと、あらゆる角度で鏡を覗き込み、隣でメイクをされているアズサに目を移すと、みるみるうちに美少年へと姿を変えていった。
「ぃよし! こんなモンか……あ、時間大丈夫?」
時計を見ると、9時40分を回ったところだった。
「あ、ありがとうございます!」
目まぐるしい怒涛の数分間で、女子高生2人が男装の麗人に生まれ変わり、再びカーテンをくぐり抜けると拍手喝采で出迎えられる。
「おぉ! チョー格好良いじゃん!! 一緒に写真撮ってよ」
「ヤバい! 理想の男性像かも!!」
「今度その格好でデートして~♪」
もうそこには、さっきまでの殺伐とした空気は無く、私とアズサは黄色い声援で囃し立てられた。
「みんな……ありがとう! じゃあ、行ってくるね?」
「うん。頑張ってね! あ、あと執事喫茶の宣伝忘れないでよ?」
クラスメイトの激励に無言で頷くアズサは、今にも泣きだしそうなほど目が潤んでいた。
友達が居ないと言っていたアズサに、こんなにも頼れる仲間が出来ていたのが少し羨ましく、ほんのちょとだけ寂しい気持ちになったが、今はそんなコトよりもライブの出番が差し迫っている方が重要だ。
「皆さんありがとうございました! 頑張ってきます!!」
感激で言葉が出そうにないアズサに代わって、深々と頭を下げてからニ人で教室を飛び出すと、徐々に一般客も歩き始めている校内を、人にぶつからないようにして体育館を目指して進む。
体育館裏の搬入口に到着すると、責任者の腕章を付けて数名の生徒と打ち合わせをしているキクチが、早速こちらに気付いた。
「お、来たな仮入部! あんまり遅ぇから逃げたかと思ったよ……っつーか、何だその格好? 実力が無ぇからイロモノ狙いか?」
キクチの言う通り、確かに結成数週間程度の私達に実力は無いが、出来る限りのコトはやってきたという自信はある。
「逃げるワケないじゃん! ただのイロモノかどうか、ウチとエリカの実力見せてやろうじゃんか!」
「はいはい、じゃあ見させてもらうけど、全っ然盛り上がらなくてもイイからな? スタートまであと10分ちょっとか……まぁしっかりやれよ!」
相変わらずの悪態をつくキクチが、搬入口から舞台袖を指さしたので、アズサと顔を見合わせて示された方へ進み、グランドピアノとセンターマイクだけが設置してあるステージの隅から、顔だけ出して客席の人数を数えた。
「ウソ! 1.2.3…………15人しか居ないじゃん!! ウチらチョー気合い入れてきたのに」
キクチに決められた出順トップという時間帯は、まさかこんなにも人が少ないとは……
一人でも聴いてくれる人が居るなら全力で演奏する! などというプロ意識とかの問題ではなく、あれだけの啖呵を切って盛り上がりませんでした、では、軽音部に居続けられる自信が無いし、そもそもそんなメンタルなど持ち合わせていない。
まだライブが始まってもいないのに、すでにピンチなんですけど……




