Too Young To Die/Jamiroquai
自分達の教室が並ぶ階に到着すると、数人の生徒が廊下に段ボールや模造紙を広げて作業をしており、既に文化祭の準備が始まっている様子だった。
「あ! そっか。今日から看板作成じゃん!! ってか、エリカのクラスって何やるか聞いてる?」
そういえば、転校してきたばかりだからと担当から外してもらったが、作品展示のようなコトをするって話し合っていた気がする。
「詳しくは知らないけれど、何かの展示? だった……と、思う」
「そうなんだ? ウチのクラス模擬店やるから、今日から放課後は教室使えないの忘れてた!」
そうなると、必然的に私の教室で歌詞を覚えるコトになりそうなので、教室に入って自分の席に座った。
「ま、エリカが教えてくれるなら、どこでも出来るんだけどね?」
そう言うなり、アズサは私の前の席の椅子を引いて後ろ向きに座ると、カバンから使われている感じがしないノートを取り出した。
「んじゃ早速やろっか!」
ペンケースからシャーペンを出し、カチカチと芯を押し出して私に差し出す。
「そうね。じゃあ歌詞を書いて、その上に読み方のカタカナ振っていくから、意味がわからないところは都度訊いてね?」
アズサからシャーペンを受けとると、最上段に大きくタイトルを書き、読みやすいように丁寧なブロック体で、一行飛ばしで歌詞を記し、その上にカタカナを振った。
「早速だけどさ、ド頭の『Come On』て『こっちに来い』みたいな意味じゃない気がするんだけど……」
「うん。イイ質問ね! 中間テストで英語23点だったとは思えない!」
アズサは『イイ質問』と言われて、やや得意気な顔をしたのもつかの間、一瞬にして膨れっ面になった。
「中間のコトは言わないでよ! だいたい歌はテストの点数で歌うモンじゃないハズでしょ!!」
前に私が言った言葉をそのまま返してきた。
「アハハ! ゴメンなさい。確かにアズサの言う通りね。この歌い出しの『Come On』は、私の意訳だけれど『来て』っていうより『冗談でしょ?』とか『いい加減にして!』みたいな意味で使われてると思うの。前にも説明したけど、男女の別れ話みたいな歌だから」
「別れ話かぁ……彼氏とか居たコト無いから、理解するの難しそうだなぁ」
アズサに恋愛経験があるかどうかは別として、私にもそんな経験は無いので、想像で伝えるコトしか出来ない。
「えぇ、全部理解しろって言われると、私も難しいけれど……何か自分の境遇に置き換えて『いい加減にして!』って言うのもイイんじゃないかしら?」
私ならきっと、自分の選択肢を奪い取ってきた父親に対して『Come On』と言うだろうと思った。
「そっか! 別に恋愛についてだけじゃなくてもイイんだよね?」
「そうね。例えば自分が全てを尽くしてきたのに、相手から突然手のひらを返されるような……経験が、あるとか、そんな気持ちになった……とか」
例え話のつもりだったが、偶然にもアズサが高校生活を捧げてきたチア部で、ケガをしてから腫れ物扱いされて退部に追い込まれたコトが重なってしまった。
ノートに落とした視線を上げると、私が言い淀んだタイミングでアズサも何かを察したらしく、今にも泣き出しそうな苦笑いを浮かべていた。
「あ、あの、ゴメンなさい……そういうつもりじゃなかったのだけれど……」
「う、ううん? 別にエリカが悪いワケじゃないから大丈夫! そっか……そういう気持ちで歌うのもアリだよね?」
アズサは大きく深呼吸して、うんうんと大袈裟に頷きながら、まるで表情を隠すかのようにペンを走らせたノートを覗き込んだ。
気まずい空気に蓋をするように、続けて歌詞を書き続けた。
「あ! あと、この『break it』って『壊れる』?それとも『壊す』?」
「これは『壊せ』とか『壊してしまえ』って感じかしら?」
もしかしたら空気を読んで、彼女なりに話を逸らしているだけかもしれないが、英語が苦手なのかと思っていたアズサは、気になった単語についてバシバシと質問してくる。
「恋人と別れて傷付いてるのに、さらに『壊せ』ってコト? コレってどういう意味なんだろ?」
「うーん……どうせボロボロにされてるんだから、もういっそのコト全部メチャメチャに壊したらイイじゃない! みたいなトコかしら?」
ジャニスがどういう気持ちで歌ったかはわからないけれど、きっとそんな感じではないか……と、思った。
「へぇ~、ウチは辛い時そんな風には考えられないや……ジャニスって強い人なんだね?」
「うーん。強い……っていうと、ちょっと違うかも。本人はもっと繊細な人だったと思うし、ドラッグとアルコールに依存してオーバードーズで27歳で亡くなってるから……あ、あとちなみに言うと、コレってジャニスのオリジナルじゃなくて、ERMA FRANKLINて人のカバー曲だからね?」
アズサは絶句して口元に手を当てて固まっている。
「え! 死んでる上にカバー曲だったの? 情報量多い……ってか、そんなに若い時に死んじゃってるんだ? 27歳か……ウチも10年後、こんな風に歌えたりするかなぁ?」
何の迷いもなく、世界的なロックスターと自分を比べられるアズサは、何も考えていないか、あるいは才能に溢れているかのどちらかであろう。
「とりあえず、10年後の自分より数週間後の文化祭に集中しましょうね?」
何にせよ、沈みかけた気持ちが元に戻って良かった。
「あー、うん。それでさ、さっき教室の前通って思い出したんだけど、看板作る当番あるから、週2ぐらい練習出来ない日があるんだよね……」
一つ解決すると、すぐに次の問題が発生するのは何とかならないモノだろうか。
「じゃあ土日を除いて、当番じゃない日で練習出来るのってあと何回? あんまり悠長なコト言ってられなくなっちゃったわね……」
「んーと、4.5.6……あと9回? かな?」
ヘラヘラと笑いながら、開いた左手に親指を折り畳んだ右手を重ねて、『9』とコチラに強調しているアズサを見て、失敗しないようしっかりと計画を立てなきゃいけない気がした。
日が経つにつれて、不安でたまらないのだけれど、このコはホントに現状を理解出来ているのかしら?




