Lunchbox/Marilyn Manson
アズサが思い付いたアイデアが、着ぐるみや悪魔のようなメイクではないコトを祈りながら、不安を抱えたまま放課後を迎えた。
「エリカ、ホームルーム終わった?」
担任が教室を出た瞬間に、入れ替りでアズサが飛び込んでくる。
「ええ。いま終わったところだから、一緒に音楽室まで行きましょう」
曲の覚えが良いと言ってはいたが、前日に聴いた洋楽を、アズサはどの程度まで覚えているのだろう。
「あー、緊張するなぁ……メロディは問題無いんだけど、英語の歌詞ってのが全然アタマに入んないんだよねー」
廊下を歩きながら、アズサが悶絶してボヤいている。
「まぁそこは時間を掛けて、ゆっくり覚えていけばイイわよ」
「ゆっくりっつっても、文化祭まであと3週間ぐらいしか無いじゃん!」
確かにアズサが言う通り、余裕があるワケではないけれど、3週間なら1曲覚えるには十分な時間だろう。
「じゃあ、アニソンにしておく?」
「それは……最悪の場合だけだモン!」
楽な方へ簡単に逃げないところを見ると、さすがチア部で部長を務めていただけのコトはある。
弱気になっているアズサをなだめながら、階段を上がって音楽室に到着した。
重々しい防音扉をガチャリと開くと、中にはまだ誰もおらず、机と椅子は部活の準備のためか、教室の一番後ろに寄せてあった。
「ピアノあるけど……アレでイイの?」
アズサが駆け寄った先には、黒光りしたグランドピアノが置いてあった。
小学生の頃は、コンクールにも頻繁に出ていたので弾く機会はそれなりにあったが、中学校に進学してからは、自宅やホームステイ先のアップライトピアノの方が弾き慣れていた。
「なんか久々って感じ……今は生ピアノみたいな音が出るキーボードもあるけど、2人でやるならグランドピアノの方がイイかもね」
椅子を引いて腰掛け、鍵盤蓋を開き、敷いてあったフェルトカバーは閉じたままの屋根に乗せた。
両手で何度かグーパーを繰り返し、深呼吸して鍵盤に指を置いた。
ピアノだけなのでリズムのズレに気を付けて、原曲のブルースっぽいギターをイメージしながら『Piece of My Heart』のイントロを弾き始めると、アズサが小さく『おお!』と唸った。
ドラムのフィルインも入らないので、タイミングが掴みづらいと思い、ギターが抜けるところのメロディを弾きながらアズサにアイコンタクトを取って、頷きながらカウントを入れる。
「……トゥー、スリー、フォー」
4拍目でアズサが大きく息を吸い込んだのを見計らい、歌い出しのアタックに合わせて視線を鍵盤に戻した。
期待を裏切るコトなく『Come On』と歌い始めてくれたのが嬉しくて、出来るだけグルーヴが出るようにピアノを弾き続ける。
「ちょ! ちょっと……歌詞わかんないんだってば!!」
「適当な歌詞でも、ラララでもイイからそのままメロディ歌って!」
アズサは気持ち良くピアノに没頭していた私に助けを求めていたが、お構い無しに演奏を止めずにいると、諦めたように溜め息を吐き出してハミングした。
Aメロの複雑な旋律は、自信無さげにラララと流しつつも、サビは覚えていたようで、アズサは目の前のグランドピアノの音量に気圧されるコト無く堂々と歌い上げる。
音楽室に着いて早々、アイドリングも無しにここまで声を張れるのは、やはり才能と言うべきだろう。
4分ほどの演奏を終えると、アズサは息を切らしてこちらを睨み付けた。
「もぅ! 急に歌わせるとかムチャ振りがヒド過ぎる!!」
「アハハ! ゴメンなさい。でも昨日初めて聴いた曲なのに、メロディ完璧で凄く良かったわよ?」
アズサは拗ねた顔をしながら、少し照れ臭そうにしている。
「とはいえ、やっぱり英語の歌詞はちゃんと覚えないとね? 他の部員が来たら、教室か図書室に移動しましょう」
「うぇぇ……なんか勉強みたいでイヤだなぁ。っていうか、何でエリカはそんな簡単にこの曲弾けるの?」
「簡単に弾いてるつもりはないのだけれど、留学してた時、毎日のようにピアノ弾かされてて……」
弾けるのは、子どもの頃からピアノ教室に通っていたから……というよりも、ロックなピアノに関しては、グランマから叩き込まれたコトが大きい。
「そんなに弾いてたのって、やっぱ音楽学校に留学してたってコト?」
「ううん? 普通のハイスクール。ただ、ホームステイ先のお婆ちゃんがロックな人だったのよ」
改めて考えると、私がアメリカで学んだコトって、ロックカルチャーとピアノがメインなのかもしれない。
「何それ! チョー楽しそうじゃん!! 格好良いお婆ちゃんだねー」
「うん。凄く楽しかったし、何より色んなコトが自由だった! グランマに出会えなかったら、私なんて父親の言いなりで一生カゴの中だったかも……」
カリフォルニアでの生活の反動で、帰国するコトがずっと不安だったけれど、今はアズサのお陰で楽しく過ごせてる……っていうのは恥ずかしいから言わずにいた。
一回しか歌わず雑談に興じていると、扉が開いてギターケースを担いだキクチが入ってきた。
「お、やっとるね仮入部員! 本番で恥かかないように頑張れよ?」
相変わらずキクチは勝手なコトを言ってくれる。
「あ! そうそう。当日の出番だけど、お前らド頭の10時スタートだから。一番遅い入部だから文句言うなよ?」
「んなっ! マジで? チョー緊張するヤツじゃん!!」
仮入部という立場上、部長であるキクチに反論など出来るハズもないが、いきなりトップバッターでステージに上がるのは確かに緊張しそうだ。
「あと、文化祭のパンフレットにタイムテーブル載せるから、バンド名っつーかユニット名も今週中に決めといてね?」
着々と準備が進んでおり、改めて本番までのカウントダウンが始まっているコトを痛感した。
「んもー! やるコトいっぱいじゃん!! 鬼畜が適当にやっといてよ」
「はぁ? お前ふざけんなよ? アタシの温情で入部させ……っつーか鬼畜って呼ぶんじゃねぇよ!! ほら、部長様が練習するから、さっさと出てけ」
教室の壁に掛けられた時計を見ると、既に約束の16時を回っていたので、渋々カバンを手に取りピアノを閉じて音楽室を後にした。
「えーっと……歌詞覚えるでしょ? ユニット名決めるでしょ? あとは当日の準備しなきゃでしょ?」
もと来た廊下を戻りつつ、アズサが指折り数えながら、ブツブツとToDoリストを口にしている。
「じゃあ……うるさくすると怒られそうだから、図書室じゃなくて教室戻りましょうか」
項垂れては天を仰ぎ、溜め息をつきながらフラフラと歩くアズサを、教室まで引っ張ってゆく。
「んー、わかった……ところでさ、エリカが留学してたのってロシアだっけ?」
「カリフォルニアって言ったじゃない……アメリカだから!」
アズサは、どうしても私をロシア人クォーターのスクールアイドルにしたい様子だ。
ホントに何ジョルノなのよ……
「あぁ、そうそう! カリフォルニアだったね? そこって有名なバンドとか居るの?」
「そうね……古いトコだとGrateful DeadとかDOORSとか、CCRとか……パンクやヘヴィメタルならBLACK FLAGとかMetallicaだし、他に有名なのはRed Hot Chili Peppers辺りじゃないかしら?」
カリフォルニア出身のバンドは山ほど居るが、とりあえず思い付く限りのアーティスト名を羅列した。
「何か最後に言ってたの知ってる! 誰かがホッチリみたいな呼び方してた!!」
「え、ええ……レッチリね? マンガが原作の日本の映画で、主題歌にもなってたハズだから、それで知ってるのかもね?」
アニソン好きなアズサなら、そのくらいの情報は入っているのだろう。
「何かそういうバンド名もじってユニット名にしようよ! 例えば……Hotto Motto Chili Peppersみたいな!!」
「イヤよ! お弁当屋さんじゃない!!」
このコのセンスには、絶対に任せちゃいけない気がする……




