春擬き/やなぎなぎ
「……はい。……はい。……お願いし……いや! 違います違います! スミマセン終了です! はい!!」
鳴り続ける受話器を取り、アズサの歌声に聞き惚れたまま無意識に生返事をしてしまい、危うく延長しかけてしまった。
「あ、お帰り! エリカが歌ってたの聴いて、ウチも歌いたくなっちゃった……」
店員さんとの電話のやり取りを聞いて、私が部屋に戻ったコトに気付いたようだ。
さっきまで、文化祭ではJ-POP寄りのアニソンを歌わせて、お茶を濁せば良いだろうと思っていたけれど、アズサには頑張ってもらって、ジャニスのカバーを歌った方が断然良さそうである。
「文化祭の曲だけど、やっぱり……」
「そう、エリカ戻ってきたらそれ言おうと思ってたんだ! ウチ、この曲歌うコトにする。ピースオブ……なんとか?」
意外にも、アズサから選曲の申し出をされて肩透かしを喰らった気分だった。
「うん『Piece of My Heart』ね? まずはタイトルぐらい覚えなきゃならないわね。頑張って英語で歌えるようにならないといけないけど……出来る?」
本番まで1ヶ月を切っているが、一曲ぐらいなら何とかなるだろう。
「出来るよ! だってエリカが教えてくれるんでしょ?」
「アハハ! じゃあスパルタで特訓するからね?」
何だかアズサとなら、文化祭のステージぐらい簡単に出来そうな気がしてきた。
「あ、そうだ。練習するから、エリカにCD借りようと思ってたんだ」
「CD……持って、ない……のだけれど」
留学前は、ピアノの課題曲でクラッシックぐらいしか聴いてこなかったし、ロックを叩き込まれたのはグランマの影響だったから、日本の自宅にはジャニスどころか歌謡曲のCDすら無かった。
「あー、MP3派?」
「いえ、そういう問題じゃなくて……どうしようかしら?」
帰国して間もないのでスマートフォンも持っておらず、音源の情報をアズサに伝える術が無かった。
仕方がないので鞄からノートを取り出して、おもむろに1ページ破き
『Piece of My Heart』/Janis Joplin
と書き殴ってアズサに手渡す。
「これネットで検索すれば、動画サイトでライブか音源聴けるハズだし、たぶん歌詞もどっかに載ってると思う……」
「うん。帰ったら見てみる。んじゃそろそろ帰ろっか!」
終了10分前の連絡から、だいぶ時間が経ってしまった気がするので、慌ててノートを鞄に仕舞い直して部屋を出た。
「あんだけジュース飲んで1人1,000円とか、マジでチョーお得じゃない?」
「普通は、あんなに何曲も歌って1,000円は安い、って言うんじゃないかしら?」
辺りが薄暗くなった駅に向かう道すがら、バカみたいな会話をしながら歩いた。
どちらにしても、女子高生が放課後に遊ぶには適度な金額設定で安心した。
「じゃあ……また明日。出来そうだったら音楽室で練習しましょう」
「オッケー! ウチも聴きまくって歌えるようにするから」
駅でアズサと別れて電車に乗り込んだ。
転校して早々、放課後カラオケに寄り道したというのもあるが、そんなコトが吹き飛ぶぐらいアズサの歌声に興奮してしまい、帰宅してから夜中まで、なかなか寝付けないほどだった。
寝不足気味ではあったが、翌朝学校に到着すると、昇降口の下駄箱前でアズサが待ち伏せしていた。
「おはよう! っつーか、ジャニスジョプリンてヤバくない? 動画サイトでオリジナル音源からライブ映像追っ掛けて、他の人のカバーまで観てたら朝だったんだけど!! もう完全に寝不足……」
アズサはアズサで、昨晩は別の理由で寝られなかったようだ。
「おはよう。寝不足にしてはテンション高いわね? どう? 歌えそう?」
「いやぁ、あんなに格好良くは歌えないかも……だから、エリカには保険でアニソンも練習しといて欲しいんだけど?」
本物に触れて自信を無くすなんて、プロ意識が高い人の発言みたいで可笑しかった。
「アハハ! 別にジャニスみたいに歌えなくたってイイのよ? あなたはプロのヴォーカリストじゃないんだから」
そう。アズサが本気で歌えば、絶対に格好良いハズなのだ。
「プロじゃないからこそ保険が必要なの!」
本人が懇願するのだから、ピアノで一曲覚えるぐらい問題は無いが、ホントに人前でアニソンを歌わせるコトになるのは何かイヤだ。
「とりあえずコレ渡しておくから、どの曲でも弾けそうなの覚えといて?」
アズサからアニソンのコンピレーションアルバムを手渡され、裏面を見ると誰でも知っているようなアニメのタイトルが羅列されていた。
「それでも課題曲の練習はするからね?」
「うん、わかってる。最悪の場合はアニソンに逃げられるっていう心の余裕が欲しいだけだから。だって英語で歌えた方が絶対格好良いに決まってるし、何よりもウチが歌いたいって思ってるんだモン!」
単純に弱気になっているワケではなく、夜通し観ていた本人のライブやカバーが、すべてバンドセットで演奏されているのだから、多少は不安になって当然か。
「まぁ、あくまでも最悪の場合を想定してってコトならね? ピアノ伴奏だけで歌って盛り上がれるとも思えないけれど」
「そう! そうなんだよね……キクチぐらい女子生徒から人気あれば、放っといても客席埋まるし、何歌っても盛り上がるかもしれないけど」
そういえば、キクチは後輩からバレンタインデーにチョコレートを貰うほどモテるんだった。
「そもそも私なんて、転校してきて間もないから学校内で認知されてないのよ?」
「あー確かに! もう違う制服着て、他校の生徒みたいになってても気付かれないんじゃ…………あ!! ウチもしかしたら凄いコト思い付いたかも! これ絶対にウケると思う」
誰かの急な思い付きが、良いアイデアだったという経験が一切無いので、不安しか無かった。
「いや、特に変なコトをする必要は無いと思うのだけれど……」
「まぁまぁ! ウチに任せといてよ」
これは絶対に失敗するパターンなのではと、上履きに履き替えて2人で教室に向かった。
アズサが曲をどの程度覚えてきているかわからないが、彼女が思い付いた小細工に頼らずとも、ライブが成功するようしっかり練習しなくてはという確信だけは芽生えた。




