Oh My God/A Tribe Called Quest feat. Busta Rhymes
「と、まぁこんな感じなんだけど……どうかな?」
一曲歌い終えたアズサは、照れ臭そうに笑った。
「え、えぇ凄かったわ……あんなに大きな声が出るなんて思わなかったから、少しビックリしたけれど」
「アハハ! ウチ、声だけは大きいんだよね。チアで声出してたし、夏休み明け退院してからは、退部するまでずっと指導で声張り上げてたから! あと、曲の覚えも早いんだよ」
アズサの歌声は、歌唱力がどうという問題ではなく、高音から低音までの声域が幅広い上に、チアで鍛えたリズム感も完璧だった。
それと、最近まで声を張り上げていたコトが原因かはわからないが、ややハスキーな声質がジャニスのソレに近い気がした。
「じゃあ……今度はエリカの番だよ? 得意な歌、英語で歌ってくれるんでしょ?」
完全に忘れていた……確かに、私が『こんなトコじゃ歌えない』と言ったコトがキッカケでカラオケに来ているんだった。
「得意って言っても、いつもは私、ピアノ弾いてただけだから……」
「まぁまぁ、ウチも歌ったコトだし、周りに誰も居ないから恥ずかしがらなくても大丈夫だってば!」
誰も居ないって言ったって、アナタが居るじゃない! ホントは心の準備が出来るまで待って欲しいところだけれど……
「とりあえず、流してみるから何て人の曲か教えてよ?」
「う、うん……ジャニス・ジョプリンていうんだけど、アルファベットでJ.A.N.I……」
言ったそばからアズサがタッチパネルを操作すると、ジャニスの曲がリモコンの画面にズラリと表示された。
「あ、出た出た。コレでイイんでしょ? 何て曲にする?」
離れて座っていたアズサは、リモコンを片手にお尻を滑らせてソファを移動し、近くで私に画面を見せてきた。
グランマがよく歌っていたのは『Piece of My Heart』や『Me and Bobby McGee』と、あとは『Move Over』辺りだったかしら?
『Kozmic Blues』なんかも歌っていたような気がするけれど……しっとりしたブルースよりも、勢いのある曲調の方がアズサには合っているんじゃないかしら?
「何だか1曲に絞るのが難しいわ……ちょっとだけ考えさせ……」
「あー、だったら何曲か歌って欲しいなぁ。フルで歌わなくてイイから、1番だけ歌う……とか?」
私を逃がすまいと、時間稼ぎを許さず被せ気味に提案されてしまった。
正直なところ、もう発表曲はJ-POP寄りのアニソンで良いと思うのだけれど……ここで歌わずにやり過ごすのは難しそうな空気だ。
「じゃ、じゃあ……コレと、コレ。あとこの曲かしら? あ、でもホントに1番だけしか歌わないからね?」
少し悩んで『Move Over』と『Me and Bobby McGee』と『Piece of My Heart』を選んで送信する。
ディスプレイに送信した曲名が並んで映し出されると、これまで受けてきたどの面接の時よりも緊張して、マイクを握る手のひらに汗が滲んだ。
画面いっぱいに『Move Over』と曲名が出ると、シンプルなドラムを更に電子化したリズムが流れる。
しっかりとしたメロディのイントロがある曲にすればよかったと後悔する間もなく、歌い出しに差し掛かってしまった。
ご丁寧に英語の上にはカタカナが振られている画面上の歌詞は、色が変わって私をガイドしてくれているが、音程を気にするというより、リズムに乗せて淡々と歌うコトを意識した。
初めて歌うカラオケが洋楽というのもどうかと思うけれど、英語は話せるのに、歌うとなると変にカタコトっぽくなってしまって焦る。
隣でアズサが、画面に釘付けで足踏みしてリズムを取っているのを横目で確認しながら、慎重に歌詞を追いかける。
曲調が繰り返しなので、1番のサビが終わったところでリモコンの終了ボタンを押した。
「おー! さすが流暢な英語だねぇ。あとこの曲、テレビのCMで聴いたコトあるよ!」
アズサはパチパチと小さく拍手をして、手短な感想を述べる。
音が止まったカラオケの画面は、消費カロリーが表示されていたけれど、実際はもっと体力を削られたように感じた。
続けざまに『Me and Bobby McGee』の、カントリーっぽいギターのイントロが流れ始める。
既に1曲歌っているので、先ほどまでの緊張は消えており、アズサは曲に合わせて身体を左右に揺らしていた。
何度もグランマが歌っているのを聴いていて思ったのだけれど、この曲は、歌うというよりメロディに乗せて物語を読み聞かせるようなイメージだろう。
そんなコトを考えながら1番を歌い終えて、終了ボタンに指を伸ばす。
「楽しそうな曲の感じだけど、何か悲しげな雰囲気だったね! あとで歌詞の意味教えて?」
決して上手いワケではない私の歌を聴いているのに、アズサは目を輝かせて興奮している様子だ。
私は1コーラスを2曲歌っただけでクタクタになっていて、何で3曲も入れてしまったんだろうと思った。
程なくして『Piece of My Heart』のブルージーなギターのイントロが流れた。
歌い出しの「Come On」という歌詞が、「肛門」に聴こえるって馬鹿にされるのではないかと不安になりながら、出来るだけ「カモン」と認識されるように力を込めて歌い始める。
Aメロに入ると、語り口調に近いやや脱力した感じの歌ではあるが、急にボルテージが上がるような緩急の付け方が難しい。
曲を終わらせるタイミングが掴みづらかったので、息切れしたフリをして演奏を止めてしまった。
「はぁ……歌うのって結構疲れるわね」
恥ずかしさからか、自分でも饒舌になっていたのに、歌が終わってもアズサが黙ったままなので、気まずくてドリンクバーから持ち戻ったアイスティーを一気に飲み干す。
「凄い……凄いよエリカ!! ねぇコレってどんな歌詞なの? どんなコト歌ってんの?」
魂が抜けたようだったアズサが、堰を切ったようにしゃべり始めたので少々面食らってしまった。
「あ、ああ、歌詞ね? 基本的には男女の別れ歌だったりするんだけれど……」
自分なりの解釈で、意訳してアズサに内容を伝えると、興味津々といった感じで喰い付いてきた。
私の歌唱力では、言語が違えば感情など伝えられるハズもないので、細かく説明するしか術が無かったし、きっとそれはアズサが歌っても文化祭の聴衆には届かないだろう。
ひとしきり説明をしたところで、下腹部に違和感を覚えたのは、恐らく調子に乗ってドリンクバーでジュースを飲み過ぎたせいだ。
「えーと……私、ちょっとお手洗いに行ってくるから」
矢継ぎ早にアズサの質問が飛んできていたが、隙を見計らって切り出し、返答を待たずに部屋を飛び出した。
友人の前で失禁など、死んでも避けたかったから、早歩きでトイレを目指して個室に駆け込む。
………………死ぬかと思った。
スッキリして、ハンカチで手を拭いながら自分の部屋に近付いてゆくと、廊下に大きな歌声が聴こえてきた。
しばらく扉を開くコトを躊躇したが、中の歌声が漏れてしまわないよう、一瞬で身体を室内に滑り込ませる。
アズサは立ち上がって、ジャニスの『Piece of My Heart』を熱唱していたのだ。
英語こそデタラメに近かったが、魂の乗った良い歌声だった。
『アンタが誰かの歌を聴いて、全身に雷が落ちたような衝撃を受けたなら、ソイツはきっと本物だから、歌を歌わせなきゃならないよ?』
グランマから言われて、適当な返事をしたアノ言葉が脳裏に浮かんだ。
「OH MY GOD……」
立ち尽くしたまま、アズサの歌声に聞き入っていた。
歌にほとんど掻き消されてしまっていたが、終了10分前を告げる電話のベルが遠くで響いていた。




