No Escape/coldrain
転校初日からヤバい人に連れ回された上に、怖い人に絡まれている……日本はいつからこんなに住みづらい国になったのだろうか?
「っつーか誰かと思ったら、我が校の誇り、チア部の部長様じゃねぇか。そんな人気者が校内一の嫌われ者の巣窟に何の用だよ?」
チア部の部長というのは、当然であるが妹尾梓のコトであろう……が、何で部長だったのにも関わらず、わざわざ退部して他の部活に入ろうとしているのか?
「あー、今日は鬼畜さんにちょっとお願いがあって来たんだよね……」
「はぁ? 言っとくけど部員も機材も貸さねぇよ? どっかの全国大会常連のチアリーディング部に予算取られて、こっちはカツカツなんだよ! あとアタシ『鬼畜』じゃなくて『菊池』な? そんなふざけた呼び方してるヤツのお願いなんて聞くワケねぇだろ!」
顔を合わせて早々に交渉決裂しているのだけれど……大丈夫なのかしら?
「え! そうだったの? 前に部長会議で部費の交渉してた時、終わってからみんなが『鬼畜』って呼んでたから……つい」
部長会議で一緒だったなら、キクチさんはここの部活の部長ってコト?
あと、裏で陰口言われてる時の名前で呼んじゃダメじゃない……そんな呼ばれ方するなんて、一体どんな交渉してたのかしら?
「それで、お願いってのは機材貸して欲しいって話じゃなくて、ウチとハネザーさん、軽音部に入れてくれないかなぁ~っていう、ね?」
何故か私も入部する方向で話が勝手に進んでいるのだけれど……そもそもここって軽音部だったのね?
「何でお前なんか入部させなきゃなんねぇんだよ? あと半年も無ぇんだから、大人しくチア部に居りゃイイじゃねぇか!」
その点に関しては、私もキクチさんと同意見。わざわざこんな時期に転部なんてしなくても、部長職だったのなら尚更という感じがするし。
「まぁ、そうなんだけど……ウチも何か別の可能性を試してみたい的な? もうチアは退部しちゃったし、二学期から体育科から普通科に転籍してるからね」
「へぇ~、んじゃあの話ってホントだったのか? で、そっちのヤツは?」
何やらワケありのようだが、理由を察したという表情のキクチは、今度は顎で私を指し示した。
「あ、あの私、本日この学校に転校してきた、羽根澤絵里香って言います。卒業まで、どこかに入部してないといけないって妹尾さんに誘われて……」
「あー、ハイハイハイ。アンタがこんな時期に転校してきたっていう噂の帰国子女ね? アタシ、ここの部長やってる菊池奏衣」
え? 私、噂になってるの? 確かにこんな卒業間近に入ってくるのは不自然だろうけど……
「はい! じゃあ、お互い自己紹介も終わったトコで、入部の方よろしくぅ!」
「いや、そんなワケ無ぇだろ? お前が決めんじゃねぇよ! っつーか、何かスゲェ面倒臭ぇんだよなぁ……あのさ? 二人とも弾ける楽器あんの? 他に入るトコ無ぇとか、楽そうだからって理由で選ばれても迷惑なんだけど」
明白に厄介であるという態度どころか、ハッキリ『面倒臭い』『迷惑』と言われてしまっている。
「わ、私ピアノだったら弾けますけど……」
「ウチ、楽器は……リコーダーぐらい?」
キクチは深いため息をついて、こちらを睨んでいる。
「ピアノだったらコーラス部とか、ほとんど出番無いけどサポートで吹奏楽部とかあんだろ? それよりも……セノー!! バンドやってる人間に、出来る楽器がリコーダーだのトライアングルだのカスタネットだの言うヤツが一番嫌われんだよ! バカかテメェは!!」
確かに、普通に考えてバンドに加入できる楽器じゃないものね。野球のポジション訊かれて『球拾い』って答えるぐらい痛々しいわね。
「あは! 怒られちゃった。んじゃヴォーカルやらせてよ? 歌なら歌えるから♪」
既にリコーダー発言で気分を害しているキクチは、妹尾梓の追い打ちで、わなわなと怒りに震えている。
「お前ホントふざけんじゃねぇよ! 楽器が出来ねぇから歌わせろだ? バンドはカラオケじゃねぇんだよ!!」
声を荒げるキクチを見る限り、これは完全にダメなパターン……潔く他の部活を探した方が賢明じゃないかしら?
「いやいやいや、そんなに怒らないでよ! ウチもデリカシー無いコト言ってゴメン……でも、他に頼れる部活無いし、ウチもハネザーさんも友達居ないから」
転校初日だから友達が居ないのは間違ってないが、そう断言されてしまうと、さすがに私も傷付くのだけれど……
「んなコト知らねぇよ! ……っつって、入部希望者追い返したって顧問にでも言われたら余計に面倒臭ぇし、あー! もう勘弁してくれよ!!」
キクチはキクチで都合がある様子で、長い黒髪を振り乱し、ガシガシと頭を掻いて大いに悩んでいた。
「どうあってもチアには戻らねぇんだな? まぁアタシも鬼じゃねぇから、とりあえず入部だけはさせてやるよ」
「マジで? 良かったぁ……ハネザーさんもこれで安心だね?」
苦笑いのままつい頷いてしまったが、ホントに良かったのかしら? 何だか自分の意思とは無関係に、どんどんコトが運んでいる気がするのだけれど?
「じゃあ、入部したからにはこっちのルールも守ってもらいてぇんだけど、軽音部は部員がバンドなりユニット組んで、文化祭に出演すんのが絶対条件なんだよ。まぁそれが活動実績ってぇヤツだから、お前らも必ず参加してもらうぞ?」
それって文化祭で、何の楽器も出来ない妹尾梓とステージに立てってコト?
「え? じゃあ軽音部の誰かのバンドに入れてもらってもイイってコトでしょ? 誰か紹介してよ?」
「はぁ? 甘ったれんな! アタシらは真面目にやってんだから、どっか入りてぇならテメェで探せよ! っつっても、ピアノが弾けるそっちの帰国子女なら兎も角、何も出来ねぇお前を入れてくれるヤツなんて居ねぇだろうけどな?」
部員の誰かに頼み込めば、私だけは入れてもらえそうな気もするが、それではさすがに妹尾梓に申し訳ないので、やはりここは潔く諦めて、他の部活を探した方が良いのではないだろうか?
「そっか……うん! わかった。じゃあ一緒に頑張ろうね? ハネザーさん!!」
「え? 私? やるの?」
完全に断る雰囲気だと思ったのに、2人でステージに上がるという生き地獄を選ばれてしまった。
最悪私がピアノを弾いて、彼女に歌わせるしかなさそうだけれど……軽音部としての体裁を保てるようなパフォーマンスなんて出来るのかしら?
「あ、ちなみに言っとくけど、もし文化祭までに間に合わないとか、ピアノ伴奏で童謡なんか歌ったらクビにすっからね? 残り1ヶ月切ってるけど、まぁ精々頑張れよ!」
逃げ場が無い……どうしてこんなコトになったのだろう?
とりあえず文化祭で恥をさらした上に、クビになるという一番ダメなケースだけは避けたいモノだ。
あれ? 文化祭まで1ヶ月切ってるって言った? ……やっぱこれ、ホントに別の部活も視野に入れた方がイイんじゃないの?
始まったばかりの高校生活に、暗雲が立ち込めてきた。




