転校の歌/SHISHAMO
言語にも生活にも慣れて、父親からの束縛から解き放たれた私は、カリフォルニアで自由を満喫していたのだけれど、それも突然届いた一通の手紙で終了を迎えるコトになった。
父の後援者に学校関係者が居て、その人が理事を務めている女子校への編入が決まったらしい。
試験も行っていないのに、既に手続きも完了している様子で、付属の大学に進学するコトを条件に、私の帰国次第、即通学するコトになっているようだった。
汚い大人の典型みたいなやり口で、我が父親ながらガッカリしたとしか言いようが無い。
あわよくば、こちらの大学に進学するコトも夢見ていたし、最低でも高校卒業の時期までは猶予があると思っていただけに、私の落胆ぶりを見てグランマもスーザンも心配してくれていた。
『出過ぎたマネかもしれないけど……もしエリカが望むなら、私からお父様を説得してみましょうか?』
国は違えどさすがは教育者だ。スーザンは子どもの幸せを最優先に考えてくれる人であり、私の父親とは大違いである。
せっかくの提案ではあったけれど、私は首を横に振った。
たとえ世話になっているホストファミリーの進言であったとしても、父はそんなコトぐらいで自分の利益を放棄するような人間ではないのを知っていたから。
諦観の境地で帰国を受け入れた私に、グランマは帰国直前まで色々な音楽を聴かせてくれた。
『親の金で生活してるウチは主張が難しいだろうけど、一番大事なのは、アンタが何をしたいかだよ? 後悔だけはしないように生きなさい、アタシの可愛い孫娘よ……』
見送りに来てくれた空港で、グランマは私を抱きしめてそう言ってくれた。
飛行機の窓から外を眺めると、もう一つの家族が居てくれる、懐の深いアメリカという地が遠く離れるにつれ、薄れゆく安心感と引き換えに、明日からの生き地獄に耐えられるのかと不安が襲ってくる。
早朝に日本に到着するなり、時差ボケの私を気遣うコトなどなく、用意されていたチェックのスカートと、胸にエンブレムの付いたブレザーに着替えさせられ、編入手続きに向かった。
中学校は野暮ったいジャンパースカートのセーラー服だったので、デザインが意外と可愛い制服だった点だけは良い……が、本当にそれだけである。
大学受験を控えた高校3年生の、こんな中途半端な時期に転入してくる帰国子女など、好奇の目で見られるか、あるいは我関せずと腫れ物にでも触れるかのような対応をされるだろう。
最悪の場合、私の父親と学園の関係を勘ぐって、癒着めいた黒い噂でも立てられやしないかと、内心ヒヤヒヤしながら担任教師に連れられて教室に向かう。
「はじめまして、羽根澤絵里香と申します。カリフォルニアのハイスクールから転校してきました。短い期間ですが、宜しくお願いします」
不動産会社のCMよろしく朝のHRで自己紹介をすると、やはりといった感じで教室が騒めいた。
ずっと不安だった女の園の反応は、腫れ物に触れるどころか、休み時間には私の席の周りには、終始人だかりが出来るほどだった。
「ねぇ! アメリカに住んでたんでしょ? 何か英語話してみてよ!!」
「金髪のイケメンと付き合ったコトある? あぁ……やっぱみんな背が高いのかしら?」
「アメリカの人ってみんな銃持ってるの? ねぇ! 撃ったコトある?」
「ラップで自己紹介出来る? ダンスは?」
噂に聞いた『帰国子女あるある』の洗礼……思っていた以上に面倒臭いし、日本をしばらく離れていた間に、高校3年生女子という生き物は随分と幼稚になったモノだと感じた。
だいたい、英語で何か話せって簡単に言うけど、じゃあアナタが海外行って、現地人に日本語で何か話せって言われたら何て言うの?
交際経験は無いけど、身長なんて個人差でしょ?
銃なんてどのタイミングで撃つのよ? ゲーム感覚で発砲するヤツなんて頭おかしいでしょ?
ラップもダンスもやってる人しか出来ないわよ! アメリカ人が全員ヒップホップカルチャーに精通してるなんて思わないで!!
授業が終わる度に、クラスメイトの質問攻めを苦笑いで回避し、脳内で声を張り上げて突っ込むのにも疲弊していたが、どうにか持ちこたえて放課後を迎えるコトが出来た。
帰り支度をしている私の周りには、既に人だかりなど出来ておらず、忙しい受験生にとって転校生の物珍しさなど、もってせいぜい半日程度なのだろうと胸を撫で下ろした。
教室を出ようと鞄を手にして席を立つと、扉の前にツインテールの小柄な美少女が立ちはだかった。
「ハ、ハラショー! スパ、スパシーバ!」
はい? 何で……ロシア語なの??
「あれ? 違った? 発音が悪かったのかなぁ……」
そういう問題じゃないのだけれど……
「あの、えぇと……私、転校してきたのはロシアじゃなくてカリフォルニアだから、英語圏なのだけれど……」
さっきまで教室に居なかった顔なので、きっと伝言ゲームによって、別のクラスではカリフォルニアが、カリーニングラードにでもすり替えられたのだろうか。
「え? ウチが知ってるエリチはそう言ってたんだけど……違うの?」
エリチって……どんなジャパニメーションの知識なのよ。スクールアイドルでも目指そうとか言ってきたりしないわよね?
「いや私、エリーチカじゃなくてエリカだし、まずカリフォルニアってどこか知ってる?」
ツインテール美少女は、ウンウンとしばらく唸りながら考え込み、閃いたとばかりに答えた。
「日本と……アメリカの間!」
海ね、それ。太平洋……っていうか、顔はイイのに残念なコだわ。
父の話では偏差値もそこそこ高い女子校と聞いていたのだけれど、容姿や一芸入試で入学出来るような学校だったのかしら?
転校初日から、厄介なコに絡まれてしまったかもしれないという不安が過る。
「まぁまぁ、ロシア語とか英語とか、そんなのどうでもイイから! えーと、ウチ、隣のクラスの妹尾梓! ぃよろしくぅ♪ ぃよろしくぅ♪」
そう名乗った彼女は、天然なのか空気が読めないのか、ツインテールを縦にブンブン振りながら、私の手を取って無理矢理に握手をしてきた。




