Purple Haze/The Jimi Hendrix Experience
「あ、もしもしエリカ? 授業終わった?」
周辺に音漏れする程の大声で電話をしてきたミチヨは、こちらの返答を待たずに話を続ける。
「あのさぁ、マキの手首なんだけど……まだギター弾けても1曲ぐらいだって! バイト中の捻挫だから労災は下りるみたい。ホントにバカだよねー?」
DVDやCDのレンタルショップでバイトをしているマキは、作業中に脚立から落ちて手首を捻ったらしく、ここ数日はギターが弾けていなかった。
「そう。大したコトなくて良かったわね。じゃあ……今日も練習無し?」
「んー、そうなるだろうね。暇つぶしでアミオさんのスパルタ教育し過ぎると、イジけて逃げ出しそうだから……あ、いま一緒にユウコさんのエフェクター買いに新宿来てるんだよ! 帰ったらアミオさんちで夕飯ゴチんなろうね?」
電話口の後ろで、アミオの声が聞こえてるけど、大方『勝手に人の家を溜まり場にするな!』みたいなコトを叫んでいるのだろう。
マキがギターを弾けない間は、アミオの特訓に時間を割いてたから、私達の曲も何曲か弾けるようになったのは良かったけれど、本人は詰め込み教育に辟易している様子。
とはいえ、ヘルプでライブをこなせる程じゃないから、結局のところ練習が出来ないフラストレーションの捌け口になってしまっていた。
「じゃあ、夜また連絡するね?」
ミチヨとの電話を切ると、改めて自分が自由にバンド活動をしているコトが不思議で堪らなかった。
**********************
地方議員の父親から厳しく育てられた私は、言われるがままにピアノや英会話を習い、小学校の同級生とまともに遊んだ記憶なんて一切無かった。
いずれ父親が首長に立候補し、当選した暁には、自分の地盤を私にそっくりそのまま譲りたいという想いなのだろうが、親の夢を押し付けられるというのは、子どもとしては迷惑以外の何物でもない。
生まれた時から自由など存在しない自分の人生は、苦痛でしかなかった。
ただそんな父に誤算が生じたのは、ネイティブの英語を身に付けさせたいという理由で、私を2年間カリフォルニアの高校に留学させたコトだろう。
ホームステイ先のホストファミリーは、教職員をやっている親日家だったのだけれど、そこのグランマが若い頃バリバリのヒッピーだったようで、旦那さんに処方された医療大麻でバキバキにキマりながら、夜な夜な音楽やアメリカンカルチャーの話をしてくれたのだ。
日本で父親の管理下に置かれた私と違って、そこには本当の自由があった気がした。
グランマは、シガーペーパーで器用に巻いたジョイントを咥えて、60年代のレコードを流しては、それに合わせて鼻歌を歌い、調子が乗ってくるとピアノのスコアブックを引っ張り出してきては、私に古いアップライトピアノを弾かせて、お世辞にも上手いとは言えない歌声で、いつも気持ち良さそうに歌っていた。
『エリカ、たまにはアンタも歌いなよ! 英語は発音じゃなくて、伝えるって気持ちが大切なんだから……まぁジャニスみたいな本物は、伝えようとしなくたって、勝手に伝わるモノだけどね?』
ひとしきり自分が楽しむと、今度は私に歌うように言うけど、人前でなんて幼稚園のお遊戯会以来歌っていない。
『マム! エリカは日本から預かった大事なコなんだから……って、またマリファナ吸って!! エリカに悪影響でしょ!』
私がグランマの催促に困っていると、ハイスクールで教鞭を執る娘のスーザンが助け船を出してくれる。
『アメリカの文化を教えて何が悪影響なモンかね? アタシゃアンタを育てるのに、アンタの可能性を何一つ否定しなかっただろ? 人様に物事を教える仕事に就いてるなら、アンタも少しは本物に触れるべきだよ……さぁこっちに来て一緒に歌おうじゃないか!』
そんなやり取りを毎回見せられると、つい自分の家族と比較してしまう。言いたいコトを言い合えるのは羨ましい限りだ。
『マム……それとマリファナでハイになるのは別の話でしょ? エリカ、ホントにゴメンなさいね? パパが痴呆になる前は、ここまで破天荒じゃなかったんだけど……』
スーザンは呆れながらグランマをやり過ごし、申し訳なさそうにそう言っていたが、この親を持って教員になった彼女の苦労は、きっと凄まじいものがあるに違いない。
『人間なんてモンはいつか必ず死ぬんだから、縛られながら嫌々生きてたって仕方ないだろ? アンタにも手が掛からなくなったし、爺さん見てて思い出したんだよ。余生を楽しく過ごしたってイイってコトにね?』
そう言うと、グランマはロッキングチェアに腰掛けて一点を見つめたままの旦那さんに、ジョイントを吸わせた。
『今じゃこんなにボケちまってるけど、デイヴィッドはこれでも若い頃はイカしたロックスターみたいな男だったんだよ?』
大きく煙を吐き出す旦那さんの頭を、愛おしそうに優しく撫でている。
『はぁ……またその話? ダディが軍隊に入るの辞めてロックに目覚めた時、運命的に出会った東洋人のバンドに諭されたっていうヤツ。しかもベースが犬だったなんて誰が信じるのよ! 二人してLSDでもやってたんでしょ? ホントに困ったモノだわ……』
犬がベースを弾いてたっていうのは信じ難いけれど、グランマの若い頃の話は、とても興味深いモノだった。
『アタシゃウッドストックも観てるんだよ? とは言っても、大渋滞で着いた頃には最終日の翌朝で、ジミ・ヘンドリックスに間に合った程度だけど』
これもホームステイ中に何度も聞かされている話で、今日もこの話が出たというコトは、この後ノイズだらけのVHSをデッキに入れて、ウッドストックのドキュメンタリー映画を再生する流れだろう。
『エリカ……アンタはいつもアタシらの前で歌わないけど、もしアンタの歌が本物だったら、その才能に気付かなかったアタシも、世界に向けて歌を歌わせなかったアンタの親も、重罪だってコトを覚えておきな?』
ウッドストックでテンションの上がったグランマは、毎度ながら大袈裟なコトを言う。
『それからね、アンタが誰かの歌を聴いて、全身に雷が落ちたような衝撃を受けたなら、ソイツはきっと本物だから、歌を歌わせなきゃならないよ?』
『わかったわグランマ。もしそんな才能に出会ったら、全力で歌わせるって約束する!』
力いっぱい返答したが、日本に帰れば、私はまた父親の言いなりになる人生なのだから、そんな機会に巡り合うコトなんて無いハズなのだ。
そんなコトぐらいお見通しなのかもしれないけれど、そう言った私を見て、グランマは中指と薬指の付け根あたりで挟んだジョイントを思い切り吸い込んで、大量の煙を吐き出しながら嬉しそうに笑った。
長らくお待たせ致しました。
完全に見きり発車ですが、頑張って更新しますので、今週からまた宜しくお願い申し上げます♪




