Heart-Shaped Box/NIRVANA
「え? ちょ、ちょっとゆうゆ! 解散てどういうコト?」
咄嗟に食い付いたアイガは動揺を隠せない様子であるが、ユウコだっていつまでもグダグダとコピバンを続けるつもりは無いのだろう。
「そ、そうだよ……今までだって俺達と楽しくやってきたじゃない!」
続いてオリテも説得を試みる。
「俺達……ねぇ。それってワタシも含まれてるの?」
「当たり前じゃん! だからさ、そんなコト言わないで、これからも4人で続けようよ……ね? 今日の合同練習も楽しかったでしょ?」
ユウコに対しては、さすがに3人とも必死だなぁ……まぁ何年も追い掛けてた対象が、自分達と行動を共にしてくれているのだから、当然と言えば当然なのだが。
「でも、ホントはバンドなんてやりたくないんでしょ? 興味も無い楽器を嫌々やってくれてる人を、無理にワタシに付き合わせてるのは……何だか申し訳なくて」
寂しそうな表情を浮かべるユウコを見て、ステージ上で3人が慌てている。
「え? あ、いや、そんなコト……」
「っていうか、それ、ソイツが言ったの?」
「ゆうゆ……俺達よりソイツの言うコト信じるの?」
まぁ俺を悪者にすれば、居心地の良いバンドが継続されるワケだから、そりゃどんな手を使ってでも陥れてくるハズだ……と、思った途端に、敵意を含んだ視線が一斉にこちらに向けられる。
いや、そもそも信頼してた仲間に裏切られてるコトを知ったら、一番傷付くのはユウコだというのは明白なのだから、あの日のコトなんて、俺からユウコに言えるハズ無いのだが……
「ソイツって、スエノくんのコト? ううん……もしスエノくんが言ってきてたら、ワタシもみんなと一度話し合いしてたと思う」
うんうん、そうだろうね。俺はそんな話してないから……って、あれ?
じゃあ何でユウコはそのコト知ってるんだ?
「ワタシね? これでもみんなのコト信じてたんだよ? これ聞いても、何かの間違いなんじゃないか……って」
ユウコは溜め息とともにポケットからスマートフォンを取り出し、何やら操作をして画面をステージ側に向けると、話し声が流れ始めた。
『なんかやっちゃいました? じゃないでしょ? ……あのね、俺達はゆうゆと一緒にバンド組むために、弛まぬ努力をしてきてるんだよ! それをこんな……ポッと出のギター初心者がさぁ』
『ゆうゆの傍に居るために、こっちは興味無い楽器の演奏が出来るようになるまで努力してんだよ! だいたい何が『酷い目に遭った』だよ!! 間接キスなんて……俺なんか20年近く追っかけてんのに、一回も……』
『まぁまぁオリテ氏、ゆうゆと今後も一緒に居れば、そのウチ我々にもチャンスはあるよ。だからね?スエノくん……だっけ? 今日の練習が終わったら、ゆうゆからスッパリと手を引いてだね』
『っつーか、わざとオタクの演奏に合わせてないコトぐらい気付けよ! このヘタクソ!!』
え? これってあの日の会話じゃないか……何でこんな音声が録音されてるんだ?
「いっつもやっちゃうんだけど、あの日もワタシ、エフェクターの電池買いに行った時、ボイスレコーダーの録音切り忘れててね……練習音源の確認してたら、ホント、ビックリしたっていうか……ショックだったよ」
ステージ上で硬直している3人の表情がどんどん曇ってゆく……マシュウに至っては、元々悪い顔色が更に青ざめ過ぎて『宇宙戦艦ヤマト』のデスラー総統みたいになっている。
「ぐぅぅ……そ、それは……あの、アレだよ、ちょっとした冗談で……」
「そ、そうそう、新しく加入した彼の……その、緊張を解すために、だねぇ」
「ち、違うんだよ、ゆうゆ! 俺はそんなつもり無くて……」
自分達の言動が撒いた種ではあるが、立場が悪くなった人は、こんなにもなりふり構わずすがり付くモノなのだと改めて知った。
「冗談? 緊張を解す? そんなつもり無い? じゃあ、スエノくんの前のギターの彼は?」
ユウコは声を震わせながら、スマートフォンのボリュームを上げる。
『オタクの前に入ったギターは、そこそこ弾けたから辞めさせるのに苦労したけど、今回は簡単だったよ』
続けて流れてきた3人の高笑いとは裏腹に、彼等はガックリと項垂れてしまった。
「前に来てくれたギターのコにも、これ聞いた後すぐに連絡して謝っといたよ……もう彼は別のバンド入ったみたいだから、全然気にしてないって言ってくれたけど」
ユウコの言動が『逆転裁判』みたいになっている。こんな証拠を突きつけられたら、いくら一流の弁護士を雇ったって勝ち目は無いだろう。
「無理矢理バンドやらせてスミマセンでした。今まで……こんなワタシにお付き合いくださって、本当にありがとうございました! あと……間接キスのチャンスは無かったと思います。ゴメンなさい」
ユウコは涙で目を潤ませながら、深々と頭を下げると、パチンと手を叩いた。
「ハイ! じゃあキッチリ片付けも終わってる皆さんは、こちらでお引き取りください!!」
気持ちの切り替えが早い……女の人ってこういうトコ怖いよなぁ。
「あ、いや、そんな! これで終わりなんてあんまりだよ……」
「これからは心を入れ替えるから! もう一度チャンスをください!!」
「ゆうゆ、ゴメン! ゆうゆが演りたい曲も練習するし、ほら、また今日みたいに合同練習もやろうよ!!」
醜い……未練タラタラで恋人に捨てられる人を見ているようだ。俺に悪態をついた時の勢いはどこに行ったんだ?
「え? 合同練習……ですか? 私達と?」
解散と断罪のやり取りを、蚊帳の外で見守っていたL☆Dだったが、サクラが怯えた表情でドラムセットから離れてステージを降りる。
「まぁ一緒に入れば、ボク達もここで広々と練習出来るけど……」
そう言いながらギターをアンプに立て掛け、マキもフロアに降りて来て俺の隣に立った。
「残念……もう私達、アミオとじゃないと興奮しないの♪」
ステージ上に3人の男達だけを残して、L☆Dが俺を取り囲み、最後に降りてきたエリカが俺に腕を絡ませる。
あの……何かヒーロー戦隊モノの決めポーズみたいになってるんですけど。
「ってコトなんで、お帰りはアチラでーす! あ、そうそう! アタシ達の次のライブのフライヤー、持ってってくださいね♪」
無慈悲な物言いの後、街頭でティッシュでも配るようにフライヤーを手渡し、ミチヨが退出を促す。
3人はボッコボコに打ち込まれたピッチャーのように、肩を落として力無く楽器を担ぐ。
寂しそうなその背中を見ていたら、口から勝手に言葉が漏れ出てきた。
「あ、あの……俺、今はヘタクソだけど、練習しまくって皆さんに負けないぐらい上手くなります。だから……音楽、辞めないでください」
俺に対する仕打ちを考えると、そんなに同情的になる必要も無いのだろうが、女性の気を引くために楽器を始めた彼等が、何だか他人事のように思えず、さすがに気の毒になって声を掛けてしまった。
トボトボと歩き始めた男達は、チラリとこちらを振り向いた。
「う、うるせぇ! 言われなくても続けるわ!!」
「俺達もバンドやって……絶対お前なんかよりモテてやるからな!!」
「そうだ! お前ももっと練習しやがれ、このヘタクソ!! うぅぅ……お嬢ちゃん達、ライブ観に行くからね?」
3人は憎まれ口を叩いてスタジオを出て行ったが、コイツら……ユウコの代わりに今度はL☆D追っ掛けるんじゃないか? と、少し心配になった。
階段を下りる3人の足音が聞こえなくなると、ユウコは溜め息とともにその場にへたり込んだ。
「あーあ……ワタシ、バンド無くなっちゃったよ。っつーかスエノくん、コッチのゴタゴタに巻き込んでゴメンね?」
「いやいやいや、そんなの全然イイっすよ! むしろ俺が居なかったら、これからも平和にバンド続けられたかもしれないのに……逆にスミマセン」
ユウコの心境を考えると、俺が受けた痛みなんて微々たるモノだ。
「アハハ! それはコッチも同じでしょ? こんなコト言えた義理じゃないんだけど、スエノくんにはギター続けて欲しいんだよね……」
今は俺のコトより、自分の心配をして欲しいモンだ。
「俺……ですか? 俺の場合、たまたま周りの人に恵まれただけで……」
「あー、ワタシ……メンバーに恵まれなかったからね? 人徳無いよなぁホント」
マズイ……言葉のチョイスをミスって無神経に傷口を開いてしまったと、咄嗟にユウコの苦笑いから目を逸らした。
「あ、いや、違います! そうじゃなくて……人徳はありますよ!! いつも職場で周りにいっぱい人が集まってるし……確かに今回はメンバーに恵まれなかったかもしれないですけど、彼等はユウコさんだからバンドやってたワケじゃないですか? だから……そう! ユウコさんは魅力的なんすよ!! 俺もユウコさんに声掛けられたからバンド入ろうと思ったワケだし……もっと、自分が素敵な女性だって自信持ってくださいよ!」
慌てて取り繕うような発言だったからか、ユウコからの反応が無い……我ながら早口で気持ち悪かっただろうか?
恐る恐る隣のユウコを覗くと、目を逸らして一点を見つめ、顔を真っ赤にしている。
また言葉のチョイスを間違えたか? 地雷踏んで、逆鱗に触れてたらどうしよう……と、一気に不安になってきた。
「あ……あは、いや、何かさすがに照れるっていうか……面と向かってそんなコト言われたコト無いし、告白されてるみたいで……チョー恥ずかしいんだけど!」
顔を真っ赤にしてたのは、怒りに震えてるワケじゃなく、女の子の顔だったか……って、俺も何が『魅力的』だの『素敵な女性』だの言っちゃってんだよ……改めて思い出すとコッチまで恥ずかしい!
「しかし……スエノくんて、ホントお人好しだよね? あんな酷いコトされた相手に励ましの言葉とか言う? 普通」
ユウコは恥ずかしさを振り払うように、呆れ顔で俺の心配をしているようだ。
「まぁ、何か……同じ男として、ちょっと可哀想な気がしたんすよね? それよりユウコさん、バンド辞めちゃうんすか?」
「辞めないよ? だって成長したワタシのコト、見せたい人が居るからね!」
そうか。憧れてた人がバンド活動再開したんだモンな……これから最高のメンバー見つけて、頑張って欲しいと心から願う。
「あの……イイ雰囲気のトコ申し訳ないんすけど、だったらユウコさんはアミオさんと組んだら良くないっすか?」
ミチヨさん……空気読もうぜ? 別に男女のソレって感じの雰囲気じゃないからね?コレ。
でも、正直ここでユウコに誘われたら断れないよなぁ……と、ユウコを見ると首を横に振っている。
「ううん? お願いしたら一緒にやってくれそうだけど……これ以上スエノくんには迷惑掛けられないよ。無理矢理バンドやっても、また同じコトになったら怖いし」
「くぅぅ~! やっぱユウコさん格好良いっす!! 姐さんて呼んでイイっすか?」
大人の対応をしたユウコの男前な言動が、ミチヨの琴線に触れたようだ……コイツ面倒臭ぇな!
「アハハハ! こちらこそ、ミチヨちゃんには色々と教えてもらわないとね? ……あ! アイツらからスタジオ代もらうの忘れた!!」
ユウコの急な大声に驚いて、つい首をすぼめてしまった。
「スエノくん、今こそこの前のスタジオ代を払う時だよ……っていうかお願い!」
これだけ大きな声が出るなら……いや、いつものユウコに戻った様子から察するに、そんな心配するコトも無さそうである。
「まぁまぁ、そんな時はアミオさんに頼りましょう! アミオさんもホラ、ここは男としてドーンと」
「ちょっとミチヨさん……また俺のコト財布だと思ってない?」
「あ、マツノさん? それは言わない約束……ですよね?」
コイツらはホントに……
「はいはい、わかったよ……んで、そろそろ終わりの時間なんじゃないの?」
「そうだ! 忘れてた!! ……と、その前に手洗ってイイ? ボク、もう我慢出来なくて」
「そうね……私も限界」
「あー、わかる! 私も片付ける前に行ってくる」
ミチヨ以外の3人はスタジオから休憩スペースに駆けて行ったので、不思議に思って彼女達を追い掛けると、狭い洗面台で順番にガシガシと手を洗い始めた。
「え、何? どうしたの? 金竜飛?」
「は? 何ですか? ソレ!」
蝶々(チョムチョム)でお馴染みの悲しきプロボクサーだろ! と言い掛けたが、知るハズも無いと思い、手洗いの理由を待った。
「ボクの手……あのオジサン達にベタベタ触られたんだよ! ホントは食器用洗剤とかで洗いたい!!」
「私も、手首のアップダウンが……とか言いながら、腕まで触られたモン」
「私なんて、ヴォーカルは腹式呼吸が大切だから……とか言って、ずっとお腹を摩ってこられたのよ? 誰か除菌スプレー持ってないかしら?」
そんな彼女達の、生ゴミ処理をした直後のような行動を見ていたら悲しくなってきた。
「な、何もそんなバイ菌みたいな扱いしなくたって……バンド続けてモテるようになってやる! って言ってた人達なんだから……」
「はぁ? そんなのモテるワケないでしょ!! アミオくん……バンドやってモテるなんて、都市伝説みたいなモンだよ?」
ウソ……だろ? え、モテないの? 俺、今までこんなにギター頑張ってきたのに?
今日は多くの出来事が繰り広げられてきたが、それらを全てブチ壊されたような衝撃を受けた。
「あのね? アミオ……バンドやってるぐらいでモテるなら、世の中の男の人は全員彼女居るから!」
「そうですよ! 女の子はそんなに簡単に出来てないですからね?」
エリカとサクラに言われて、そんなにも自分がショックを受けた表情をしてたのかと気付く。
「あ、あぁ、そ、そりゃそうでしょ? そんな……ねぇ? バンドやってるだけで簡単にモテるワケ、ないじゃん……ねぇ?」
認めたくないが、血反吐を吐きそうなほどのダメージを負ってしまったようだ……このままだと崩れ落ちてしまう。
「ちょっと! ボチボチ片付けないとホントに時間ヤバいよ?」
手洗いチームを呼びに来たミチヨの声で我に返って、夢遊病者のようにスタジオへ戻り、無言でシールドを巻き取ってギターをハードケースに仕舞い込んだ。
片付けを終えると、既にベースを担いだミチヨがニヤニヤしながら近付いて来たが、イヤな予感しかしない。
「アミオさ~ん、大井町ってスゲェ旨い店いっぱいあるんすけど……打ち上げも兼ねて行きません?」
「それはイイんだけど……キミ達、ちゃんとお金は持ってるのかい?」
ユウコから『お人好し認定』をされたばかりなので、ここは毅然とした態度でミチヨを迎え撃つ。
「またぁ~そういうコト言ってるとモテないっすよ?」
何度も思うけど、コイツはホントに……
「っつーか、そうやって……結局のトコ俺の金が目当てじゃねぇか!」
声を張り上げると、スタジオが静まり返ったので周りを見渡すと全員が俺を見ている。
「アミオさん?」
「アミオくん?」
「アミオ?」
「マツノさん?」
「あー、スエノくん?」
『それは言わない約束!!』
ユウコも含め、声を揃えて言ってくるトコ見ると……お前ら打ち合わせしてただろ?
「もー!! そういうのズルいってば!」
全員で可愛くお願いしてくるのやめてくれよホント……
「じゃあ、多国籍料理と個室居酒屋と……あ、駅裏の横丁に立ち飲み屋とかあるけど、みんなどこ行きたい?」
ミチヨが嬉々として決を採り始めたのを見て、念のため所持金を確認してしまうところが、俺のダメなトコだろう。
「アハハ!! いやぁスエノくん、イイ仲間に恵まれてるねぇ?」
「ホントにそう思ってます? 俺、そんなに稼ぎ良くないのに……」
皮肉なのかはわからないが、そう言って笑う楽しそうなユウコを見て、俺は少し安心した。
「女の子ってね、お金だけじゃ付いて来ないんだよ? そこはホラ、スエノくんの……魅力? なんじゃないかなぁ?」
それ、ギター弾けるだけじゃなくて、財力が必要ってコトですかね?
すっかり元気になった様子のユウコに、ガッシリと肩を組まれて出口へと向かった。
まぁ今日のところは、ユウコの言葉に騙されておくか……
「じゃあスエノくん、今日は飲みながら今後の我々の音楽活動について、熱く語ろうじゃないか!」
上手いコト俺がギターを辞められない方向に丸め込まれた上に、女性達を引き連れて夜の街に向かってるワケだけど……コレってモテて……ないよね?
L☆Dとユウコからの助言のお陰で、俺は新たな悩みを抱えた気分だった。
とりあえず、ギター弾けるだけじゃモテないってコトだけは、今日一日で痛いほど叩き込まれた。
ただ俺は、このギターに出会って、辛い気持ちになるコトもあったけど、たぶんこの先、触れているコトさえ不快に感じるなんて思わなそうな気がする。
ヤツらの術中にハマっているのかもしれないが、ズッシリと右手に食い込んだハードケースが、やけに愛おしく感じた。
ってコトで本章はこれにて完結です♪
お付き合いありがとうございます!
新章は構想中ですので、再開までちょいとお待ちくださいませ。




