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みそギ!~三十路で始めるギター教室~  作者: ボラ塚鬼丸
Heart-Shaped Box編
84/175

Big Me/Foo Fighters

 狭いスタジオでの練習で、ダメ出しを喰らいつつ、何度も飛び跳ねさせられたコトを思い出して床を蹴る。


 ステージはフロアから1メートルほど高くなっており、空中からの視点では、思ってたより床が遠くて少し怖かった。


 ただスタジオと違って、足元に張り巡らされたマイクやギターのシールドも、マキとミチヨのエフェクターも、踏んでしまう心配が無い広さがあるのは良い。


 サクラのドラムとマキのミュートカッティングを意識しながら、1周目のサイクルで飛び上がり、ドンピシャのタイミングで着地に合わせてギターを掻き鳴らす。



『基本的に、ストップ&ゴーの曲ってキメどころさえキッチリ合ってれば、それなりに格好良く聴こえるしステージ映えするんすよね』



 と、練習の時にミチヨから言われた『ストップ&ゴー』の意味がわからず、豊玉の『ラン&ガン』的なモノだと思ってたが、今なら俺に伝えたかったコトも理解出来る。


 そんなに難しいコトはやっていないのに、演奏がバチっと合うのはムチャクチャ気持ち良い!!


 いや、演奏が合う……というよりも、誰かと意志の疎通が出来るってコトの方が、今の俺にとって大事なのではなかろうか。


 あぁ……それにしても、あと2回コード弾いたら俺の出番終わりって、何か寂し過ぎじゃない?


 許されるなら、クタクタになるまで何度でも合わせたいところではあるが、終わりがあるからこそ、この高揚感を味わえるのだろう。


 そういやフロアでは、ユウコと"その他"が観てるんだったっけ……そんなコトすら忘れるほどに楽しんでたら、次のサイクルが近付いてた。


 このタイミングは、もう完璧と言ってイイくらい掴めている。


 2回目も、キッチリ着地と同時にギターのアタックを合わせられた。


 サクラは、目線より少し高めにセッティングした左右のシンバルを、セットから飛び出すほど上半身に勢いをつけて両手で叩き、残響の中で再びリズムキープに戻る。


 思い出すのも恥ずかしいが、さっき俺を抱き締めてくれた、あんな小柄な女の子が、こんなにも大きな音でドラム叩くってのは改めて凄ぇなぁ……


 サクラだけじゃなくて、L☆Dのみんなが俺を引き立ててくれてるのは有難いし、ホントに4人とも格好良いわ。


 ……って、見惚れてる場合じゃなかった! 最後の1回が迫ってきてたので、全力でステージを蹴ると、これまでより一層身体が高く宙に浮いた。


 人間の跳躍力なんてたかが知れてるハズなのに、いつまで経っても足が地面に着かない気がする。


 空中で、視界の片隅に人影が見えたと思ったら、サクラ以外の3人も同時にジャンプしてたらしく、全員の着地と演奏のアタックで、地鳴りがするほどの衝撃が走った。


 客席側からは、こんな俺でも格好良く見えるモノなのだろうか?


 曲はL☆Dに丸投げという段階に差し掛かっており、昨日までの練習ではネックを掴まれて音を止めてもらっていたので、エリカが俺の方に向き直ったが、止まるタイミングならもうとっくに覚えているのでそれを制した。


 3回目まではジャンプするタイミングだったが、鳴り続けるギターの弦に右手の側面を押し当ててミュートする。


 ブレイクはほんの一瞬なのに、時間が止まったかのような長い静寂の中で、俺は聞こえるハズの無い4人の声を聞いた。



『アミオくんお疲れー!』


『アミオさんお疲れっした!』


『お疲れ様、アミオ!』


『マツノさん、お疲れ様でした!』



 気のせいかもしれないけど、俺には確かに聞こえたんだ。


 止まった時間はエリカの歌声で再び動き始め、俺を切り離した曲は速度を増してゆく。


 爆音の中で伝わるハズないのだが、俺は小声で『ありがとう』と呟いて、お役御免とばかりにステージの端へ()けた。


 全身の力が抜けて立っているのもやっとという状態で、アンプの上に置いてある、さっきサクラから貰った(自分で買った)ペットボトル飲料の蓋を捻って喉を潤す。


 思ってたよりもカラカラだったようで、一気に半分以上も減ってしまった。


 同じステージでは、まだL☆Dの演奏が続いているが、テンポも速く音数も多いので、とてもじゃないが混ざれるような楽曲ではない。


 やっと意識がハッキリして、視界もクリアになりフロアに目をやると、ユウコも"その他"も食い入るようにステージを観ている。


 ユウコはコピバンじゃなくてオリジナル()りたいって言ってたし、目の前で普通にライブやってるようなモンだから当たり前か。


 俺も観客に徹して、ステージに一番近い席で鑑賞するコトにした。


 転調やらブレイクやら、忙しない楽曲がすぐ近くで繰り広げられているのは迫力がある。


 曲も終盤でエンディングに差し掛かると、サクラはドラムセット全体を揺らすほどのロールをしており、弦楽器2人も弦を掻き鳴らしている。


「アミオくん、ラストC! Cだから!! 合わせて合わせて!!」


 急にマキから声を掛けられ、慌てて全身に力を入れ直してコードを押さえる。


 ドラムのロールがゆっくりになってゆき、力を溜めるようにフロント3人が膝を曲げているので、最後もジャンプするのだろうと、指揮者のように大きなモーションでサクラが両手でシンバルを叩くタイミングに合わせ、飛び上がって弦にピックを叩きつける。


 一際大きな音とともに演奏が終わると、フロアから拍手が聞こえた。


「おお! 凄い!! チョー格好良かった!!」


 手を叩きながら"その他"が、各々自分のパートのL☆Dメンバーを目指してステージに上がってきた……が、もちろん俺のコトはスルーである。


 巻き込まれるのもゴメンなので、アンプの電源を切ってシールドを抜き、ギターを抱えたまま避けるようにフロアに降りた。


「スエノくん、お疲れさん! ホントは結構弾けるし歌えるじゃん!! 格好良かったよ♪」


 当然だが、話し掛けてきたのはユウコだった。


「ハハハ! お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいモンっすね」


「いやいや、お世辞なんかじゃないよ。ワタシとスタジオ入った時より何倍も良かったから」


 ユウコと入ったスタジオ……ね。正直なトコ、俺は何も出来なかったからなぁ。


 それにしても、ユウコが落ち込んでるように見えるのは気のせいだろうか? サクラは勝ち負けじゃないって言ってたけど、さっきの演奏だってL☆Dが格好良かっただけで、こんなギター初心者に負けたと思われるのも申し訳ない。


「あ、いや……ユウコさんも格好良かったですよ? みんな俺より断然上手いし」


 こんな時は、何て言って良いのかわからず、あたふたするしか無かった。


「うわぁ~んアミオさん! アタシのトコだけ誰も来ないんだけど!! 何か女子として負けた気がする……」


 それこそ勝ち負けじゃねぇよ……ベースが女性ってだけだから。しかし良いタイミングで助け船を出してくれた。ナイスアシストだミチヨ!


「ミチヨもスゲェ良かったってば! そんなコトで落ち込んでたら、淫たま乱太郎の名が廃るぜ?」


 ユウコとは違った理由で落ち込んでいるミチヨに、話の矛先を変えて様子を伺うとするか。


「あ! ミチヨちゃん……だっけ? ベース上手いねー! 色々教えてよ」


「うぅ、ありがとうございます……ユウコさんもセンスあるベース弾きますよね? コピバンやってるだけなんて勿体ないっすよ」


 とりあえず、ミチヨの機嫌はこれで何とかなりそうだ。


「あ、そういやユウコさんに訊きたいコトあったんじゃなかった?」


「そうそう! ユウコさんて、さっき()った曲とかバンド以外ってどんなの聴くんすか?」


 ベーシスト同士の話で、お互い気持ちが紛れれば良いなぁ。


「あーワタシ? 何だろうなぁ……ミチヨちゃんぐらい若いコだと知らないかもしれないけど」


 そう言って、ユウコは片付けたベースをソフトケースから取り出して、ボディに貼ってあるステッカーを見せた。


「このバンド、知ってる? banana(バナナ) tears(ティアーズ)って言うんだけど」


 その名の通り、スーパーや八百屋に並んだバナナに貼ってあるシールをモチーフにした、バンドロゴのステッカーだった。


「あ! 知ってます知ってます!! Riot(ライオット) kaaat(キャット)っすよね? アタシら田舎の中学生はライブ観に行けなかったんすよ……いやぁこの時代にリアルタイムでライブハウス通いたかったっすねー」


「何それ? Riot(ライオット) kaaat(キャット)? ……ってバンドなの?」


 知らない単語で意気投合されて、置いてけぼりにされるのも困るので、早めに質問した。


Riot(ライオット) kaaat(キャット)ってのはシーンだよ! 当時の勢いあるガールズバンドの総称っすね。 アタシ、バナナとelephant(エレファント) scanty(スキャンティ)が好きだったんすよね……あ! この前エレスキャの結成15周年のライブあったんすよ!!」


 ミチヨは鼻息荒く、ポケットからスマートフォンを取り出し、SNSの画面を開いてこちらに見せてきた。


「アタシ、友達のバンドがオープニングアクトで出てたから観に行ったんすけど、バナナも出てましたよ! ベースの人が赤ちゃん抱いてて……ほら、この人」


 開かれたSNSのページをスクロールすると、汗だくでベースを肩から下げたショートカットの女性が、赤ん坊を抱いている画像が映し出されていた。


「ウソ……マミさんじゃん!!」


 さすがに赤子を爆音に晒すワケにもいかないだろうから、恐らくライブ後の写真なのだろうが、この女性がユウコの師匠とも言えるベーシストなのだろう。


「出産と育児でバンド休止してたみたいなんすけど、またちょっとずつライブやるってMCで言ってましたから。 あー! そっか、ユウコさんの弾き方ってこの人に似てるんだ!! 格好良いっすモンねー」


 そりゃユウコにベース教えてくれた本人だから、似てて当然だろうよ。


 ユウコは込み上げる感情を抑えるように、口元に手を当てながら画面に釘付けだった。


「そっか、マミさんバンド復帰すんのか……ズルいなぁ。ワタシ、これじゃバンド辞められないじゃん」


 ずっと思い詰めていた様子だったのは、やはりそういう理由か。


「え? 辞めようとしてたんすか? ダメっすよ! それこそ勿体ない!!」


「んー、そうだよね……ずっと憧れて背中追っかけてたマミさんに、成長したトコ見せるまで辞められないってコトかもね? ……じゃあコピバンだけ辞めるコトにする! はーい、オッサンども注目!!」


 ユウコはズズッと鼻をすすって気合いを入れ直し、ステージ上でだらしない顔をしている"その他"に声を掛けた。


「本日をもちまして、椛島優子バンドは……解散します!!」


 L☆D相手にキャイキャイやってた男達は、ユウコの一言で表情が完全にフリーズしていた。

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