Kickstart My Heart/Mötley Crüe
「はーい、んじゃワタシらはチャッチャと片付けちゃうよ! 緊急時になってもすぐ逃げられるぐらいキッチリね!!」
ステージ上のユウコが大声で指示を出すと、メンバー達は楽器を担いだまま、エフェクターやシールド一式を持ってフロアに下りる。
入れ替わりで、楽器を抱えて段差を上るL☆Dを目で追いながら、俺は出来るだけユウコのバンドメンバーと接触しないよう、十分な間を空けてステージに向かったのだが、完璧に避け切れるモノではなかった。
「ギターはヘタクソなのに、可愛いコ連れてるからって調子に乗るなよ?」
「こっちはお前居なくても良かったんだけど」
「まぁせいぜい恥かかないようにしろや」
擦れ違い様に3人が、女性陣に聞こえないボリュームで俺を貶してゆく。
中学時代のトラウマめいたモノがフラッシュバックしてきて、落ち着いたはずの呼吸や鼓動が自分で制御できなくなっていった。
『重そうだったから、お前のギター軽量化しといてやったぜ?』
聞こえるハズのない幻聴とともに、ハードケースを開くと、ギターのネックとボディが分断されているのではないかという不安が襲ってきた。
「アミオ……顔色悪いわよ? 緊張してる?」
エリカの声で現実に戻される。当たり前だがギターはまったくの無傷である。
「いや……大丈夫。ちょっとイヤなコト思い出してた」
今は自分の過去などどうでもよい。さっさと演奏して、1秒でも早くこの居心地の悪い空間から抜け出すコトだけ考えよう。
「っつーか、ユウコさんてセンスあるベース弾くのに、コピバンだけってのも勿体無いよねー? 演った曲以外だとどんなの聴いてるんだろ?」
「終わったら本人に訊いてみたらイイんじゃない? 俺は音楽のコトよく知らないから……」
シールドを接続しつつ、平常心を装って気のない返事をする。ここ最近の練習で慣れたハズのセッティングだが、フロアから見られているかもしれないと思うと、急に段取りが悪くなった。
『バチッ!!!』
俺の目の前にあるアンプから、大きなノイズ音が出た。
「アミオくん! 接続の順番違うってば……何回もやってるでしょ? 壊れちゃうから!」
マキに言われて気付いたが、どうやら俺は、電源の入ったアンプから伸びたシールドを、最後にギターのジャックへ差し込んでいた。
「あ、あぁ……ゴメン」
上の空、というより、俺は何も考えられなくなっていた。フロアでは、きっと呆れたようにヤツらが笑っているのだろうと思うと、顔を上げるコトすら出来ない。
「マキ、悪いんだけど……マツノさんのセッティングしといてもらえる? ちょっと打ち合わせしてくるわ」
いち早く準備を終えたサクラが、項垂れたままの俺の腕を掴み、スタジオの外に引っ張り出し、階段を1フロア降りた踊り場で立ち止まる。
「マツノさん……ちょっとしゃがんでくれますか?」
思考が停止していたので、言われた通りにゆっくりと膝を折り曲げると、次の瞬間、俺の顔は窒息しそうなほど柔らかい感触に包み込まれていた。
「今は余計なコト考えないでください!」
何が起こったのかわからなかったが、頭上からサクラの声が聞こえたので、やっと自分が抱きしめられているコトを理解した。
「私の心臓の音、聞こえてます? どうでもイイ声なんて聞かないで、ステージ上がったら私達の音にだけ耳を傾けてください」
「ふぁ、ふぁい……」
直接耳を押し当てていなくても聞こえてくる心音に、硬直したまま動けなくなっていたが、何とか返事は出来たものの、初めての出来事で感情の振り幅が激し過ぎる。
「はい、おしまい! もう大丈夫ですよね?」
サクラは俺の頭を力強く引き剥がすと、少しの沈黙を置いて両頬をつねってきた。
「だ、大丈夫でふ……お手数お掛けひまひた」
「みんなに言わないでくださいよ! あと、私のハグ……高いですからね?」
鼻先には、まだ甘い香りが残ったまま膝を元の位置まで伸ばすと、踊り場に俺を残して、サクラは振り返りもせず足早に階段を駆け上って行った。
「…………えぇぇぇ~?」
両頬の痛みが引いていくとともに、改めて事態を整理してみたが、衝撃的で考えが追いつかず、つい奇声を上げてしまった。
心中を察してくれた小娘の、荒療治とも言える励まされ方により、頭の中に掛かっていたフィルターはとっくに消し飛んでいた。
「ちょっと! さっきイチャイチャ禁止だって言ったでしょ?」
フロアに戻るや否や、デジャヴのようなミチヨの言葉に、今度は強く否定できないのがもどかしい……俺の顔、赤くなってたりしないだろうか? と、つねられた両頬を自分でバチバチと叩いた。
「まぁ、大体の予想は付くけど……ウチのリーダーに優しく慰めてもらえたのかしら?」
ステージに上がると、エリカがニヤニヤしながら小声で俺をからかった。
「悪い。 たぶん……もう大丈夫」
ドラムセットの方を見ると、サクラは何事も無かったかのようにセッティングを確認している。
「あ、そうそうアミオさん! テンパってて歌い方忘れてるかもしれないけど……」
ミチヨの問いかけに、隣でエリカも不安そうな顔でこちらを見ている。
『♪~』
「あは! わかってるなら宜しい。んじゃサクっとやっちまいますか!!」
アンプ前のスタンドに立て掛けられたギターを手に取り、ストラップを肩に通してポケットからピックを取り出す。
「ギターの音量、ボクの方を強めにしてるから、アミオくんは安心して間違えてイイからね? 思いっ切り歌ってちょうだい!」
こっちの方が歳上だってのに、どいつもこいつも俺を甘やかせ過ぎだろ?
「あ、えーと。んんっ! マツノさん?」
後ろからサクラの声が聞こえたので、振り向くと小さく手招きしていた。
「あの……音楽って勝ち負けじゃないですけど、今日はブッ倒しちゃいましょう!!」
近寄ると、ユウコ達に聞こえないようなボリュームで、気合の入った小声で俺にそう言うとすぐ、顔を赤らめて目を逸らしたので、俺も急に恥ずかしくなりマイクの前に戻る。
「だからぁ~イチャイチャ禁止だってばよ! んじゃアミオさん『Big Me』からね?」
「Little☆Date Withアミオ、始めます!」
フロアに向かってエリカがマイクを通してそう告げると、ステージに緊張が走る。
左手の指を、最初のコードであるCのフレットに乗せて、全員を見渡し頷くと、サクラがカウントを取った。
もう、これ以上情けなくなる余地も無いくらい、格好悪いところを曝け出しているのだから、あとは思い切り歌うだけだ。
握り締めたピックを振り下ろすと、一発目の出音が意外と大きかったので、驚いてマキを見ると笑いながらギターを弾いていた。
何が『自分の音量強めにしてる』だよ……これじゃまるで、俺がメインのバンドみたいじゃないか!
騙されたと気付いた頃には、既に歌い出し直前に差し掛かっていたので、『覚えてろよ!』という顔をマキに向けながらヤケクソで歌い始める。
サクラのドラムもミチヨのベースも、俺の歩幅に合わせてくれているような安心感がある。
一度しか合わせていないとはいえ、ユウコ達と入ったスタジオでは、こんなに気持ち良くギターは弾けなかったな。
エリカに歌詞の意味を訊いた時、細かいコトは気にせず自分が表現したいように歌えと言われたのを思い出しつつ、直前にサクラから言われた『私達の音にだけ耳を傾けて』というのを、今は信じてみようと思う。
それにしても、軽快なリズムで否応なしに楽しくなってしまう曲だな……しかもその曲を動かしているのが、自分のギターと歌であると思うと嬉しくて堪らない。
俺の演奏に応えるように、マキがアルペジオや単音弾きで装飾を施し、サビではエリカが高いメロディでハモって歌に厚みを出してくれている。
あぁ、この曲が2分ちょっとというのが残念でならない。もっと続けばイイのに……などと考えてしまうのは、彼女達の作戦なんだろうか?
そんな寂しい気持ちがピークに達すると、曲はエンディングを迎えてしまった。
「気を抜かないで……まだ2曲あるわよ?」
一息つく間も無く、エリカに小突かれて我に返り、NIRVANAの『On A Plain』の出だしのコードであるDを押さえてサクラに目配せする。
ハイハットで大きく4拍カウントを聞いて、ダウンストロークとともに歌い出した。
マキの歪んだギターの音色と、滑らかにすべてを押し流すような激しいドラムに乗せて、やや忙しないコード進行とは裏腹に、気だるそうにも聴こえるゆったりとしたメロディ。
厳しくて優しい雰囲気が、L☆Dのメンバーみたいだなと思ったら、ちょっと可笑しくなった。
遠まわしに『On A Plain~自然体~』で生きろと、この選曲で俺に歌わせているのだとしたら、歌の歌詞通り、文句なんて言えるハズ無いじゃないか。
今日だって、過去のイヤな記憶を呼び起こされて、何度も逃げ出したいと思いながら、みっともない姿を曝して……それでもここで大声出して歌っている。
悔しいけど、そんな風に気付かされたのが、ありのままの自分なのだろう。
頭の片隅で小難しく考えながらも、練習で散々注意されたブレイクはキッチリと止められたので、ドヤ顔で振り返ると、みんなが嬉しそうに笑ってた。
曲は後半に突入し、彼女達への感謝と、自分に対しての気持ちをサビの繰り返しにぶつける。
最後のコードを掻き鳴らし続けると、全員で俺を労うかのように、音を立てて派手に盛り上げてくれた。
やり切った……鳴り止まない演奏の中で余韻に浸っている時、エリカに言われた言葉を思い出した。
あれ? さっき『あと2曲』って言ってなかった?
様子がおかしいコトに気付いて、他に持ち曲なんて無いだろうとL☆Dのメンバーを見回すと、サクラが一層大きな音でリズムを叩き始め、同じアクセントでマキがミュートカッティングをしている。
「こ、これって……」
「コードはDmだけ。4拍目でジャンプ。覚えてるでしょ?」
あの時と同じく爆音の隙間を縫うように、エリカが大きめな声で耳打ちしてきたので、やっと理解するコトが出来た。
あと3回ギターを鳴らすだけで、今日の俺の仕事はおしまい……
ここだ! という4拍目で、俺はステージの床を強く蹴った。




