Careless Whisper/George Michael
「じゃあ……全員揃ったようなので! 改めまして、Little☆Dateというバンドのリーダーやってます、ドラムの永桜ひろみと申します。今日はお集まりいただいてありがとうございます」
ユウコを呼ぶだけならまだしも、俺が会いたくないバンドメンバーまで召集するなんて……コイツら一体何を企んでるんだ?
「いやいや、こちらこそ! ワタシのワガママで合同練習なんか開いてもらっちゃってホントありがとう! ウチはコピバンだけど、今日は色々と勉強させてもらいます♪」
合同……練習? ユウコのバンドとL☆Dが、ここでこれから一緒に練習するってコトか? じゃあ俺はこんな気まずい所でギター弾かなきゃならないのだろうか?
「こっちも、今日は普段と違う編成でコピー演るんで大丈夫ですよ! 他のバンドと練習するなんて初めてだから楽しみです」
終始にこやかな雰囲気で、お互いのバンドリーダーが挨拶を交わしている……が、未だ状況が飲み込めない。
「んじゃワタシ、ベースの椛島優子がメンバー紹介しますね?、この髭の大男がヴォーカルの相賀さん、太っちょがドラムの折手さん、顔色悪いのがギターの真秀さんね?」
「ではコチラも。手前から、金髪ショートがギターのマキ、おっきいパーマがウチのクールビューティー担当でヴォーカルのエリカ、長髪で……って、アンタ何でTシャツ半パンでビーサンなの? ……あ、ゴメンなさい。コレがベースのミチヨと、皆さんご存知のマツノさんです」
いや、マツノじゃないし……っつーか、わざわざ紹介しなくてもイイよ。
「どうも初めまして! いやぁこんな可愛いコ達がバンドやってるなんて♪ 今日は宜しくね?」
アイガを筆頭に、俺に悪態をついた時とは全然違った顔で、ニヤニヤしながらイヤらしい手つきで全員と握手をしていた。
当然だが、俺のコトは居ないモノとして扱われているので、お望み通り部屋の隅に場所を移す。
「先攻はユウコさん達なので、準備お願いします! ……あ、マツノさん、ちょっとコンビニ付き合ってもらってもイイですか?」
サクラは大声でスタジオ内を仕切り、そのついでという感じで俺に声を掛けた。
「コンビニ……俺も行かなきゃダメなの?」
居心地の悪いスタジオに居続けるのはゴメンなので、控え室のようなスペースに潜んでいようと思っていたのだが、階段5階の往復に駆り出されるのは三十路の身体として正直なところキツい……
「マツノさんじゃないとダメなんです。一緒に行って欲しいんですけど……お願いします!」
サクラがペコリと頭を下げて、俺じゃなきゃダメだなどと言われてしまっては、断れるハズもなく階段へ向かった。
全身に重力が掛かる分、下り階段を下り続けるのは粘り強い筋肉が作られる。と、昔スポ根マンガで読んだコトがあるが、部活に打ち込む中高生でもあるまいし、こっちはそろそろグルコサミン&コンドロイチンのお世話になる身の上なのだから、出来ればエレベーターかエスカレーターに乗りたいところである。
転げ落ちたり膝をやってしまわないよう、一段一段慎重に下りる。
「あの……何か騙し討ちみたいな感じになってゴメンなさい!」
3階を過ぎた辺りで、上のスタジオに声が届かないコトを確認して、サクラが俺に謝罪をしてきた。
「あー、うん。まぁ面白くはない……かな。自分に何が起こるかわからないってのも不安だし」
「ですよね……でも、ホントにマツノさんを陥れたり騙したりするつもりは無いんで、今日だけ……いや、あと2時間だけ私達のコト信じてもらえませんか?」
今さら帰るワケにもいかないし、俺があと数時間耐えれば、きっと納得いく回答が得られるのだろう。
「はぁ……仕方ない、わかったよ。どうせイヤだって言っても聞き入れてもらえないんでしょ?」
「スミマセン。ありがとうございます……でも、初めて会ったけど、ユウコさんてイイ人ですよね?」
ここで言う『イイ人』ってのが、何をもってそうなのかはわからないが、バンドやってる者同士で理解出来るコトもあるのかもしれない。
「イイ人ねぇ……まぁ職場でも人望あるから、たぶん『イイ人』なんだろうなぁ」
階段を下り切って外に出ると、通りを挟んだコンビニに入り、サクラは入り口で手にした買い物カゴへ、人数分のペットボトル飲料をランダムに放り込み、レジ前で俺に熱い眼差しを向けてくる。
「……ウソでしょ? 俺が払うの?」
俺を連れてコンビニに来た理由は、今日の謝罪だけではない様子である。
「あ、でも全品プライベートブランド商品にしましたから!」
「何だよその気遣い……全然優しくねぇよ! 結局金が目当てか……」
「マツノさん? それは言わない約束!」
うるせぇ……
レジのコンビニ店員が、早くしろと言わんばかりにこちらを見ているので、本数的にユウコのバンドメンバーの分も買わされているコトが解せなかったが、財布から渋々千円札を取り出した。
重いのでレジ袋を持つというサクラの申し出を断り、両手に荷物を食い込ませながら再度階段を上る。
「ちょっとー! 2人でイチャイチャしてる間にユウコさん達の準備終わっちゃったよ?」
5階に到着すると、ミチヨから容赦のない言葉が飛んできたが、イチャイチャしてるヤツはこんなに肩で息してねぇよと思いつつ、無言でフロアに雪崩れ込む。
「遅くなってゴメンなさい! あ、これ差し入れです」
サクラは俺からレジ袋を引ったくると、ステージ上のユウコ達にペットボトルを配りに行った。
俺からの差し入れであるコトを言わないところは、良くもあり悪いところでもあるなと思った。
ステージは準備万端といった様子だが、ライブハウスと違って観客はL☆D以外には1人も居らず、蛍光灯の明かりだけがスタジオ全体を照らしている。
俺は暗転していないフロアの後方で、出来るだけステージから見えづらい場所に折り畳みのパイプ椅子を出して座った。
「お待たせしちゃって申し訳ないです! じゃあ……お願いします」
「あ、あー、あー、テス、テス! えーと、椛島優子バンド、始めます!!」
サクラが演奏の開始を促すと、マイクチェックをしたユウコがメンバーに目配せして、ドラムのオリテがスティックでカウントを取り始める。
一発目の出音が妙に聞き覚えのある曲だと思ったら、昨日まで散々練習させられていたFoo Fightersの『Big Me』だった。
この後、まさか同じ曲を俺にも演奏させるってコトなのか? 渋谷のスタジオで受けた"手厚い歓迎"が頭を過った。
ユウコ達は俺という異物を排除し、邪魔者が居ない状態でのびのびと演奏をしている。
安定した楽曲に乗せて、声量のあるアイガの歌声は、ギターやベースの大音量にも負けないほど響き渡っていた。
ステージ前に立って公開練習を観ているL☆Dの4人だったが、徐々にエリカが後ろ向きのままこちらに近付いてきて、いつの間にか椅子に座った俺の隣に並び、少し屈んで耳元に顔を寄せる。
「あのヴォーカル、たぶんボイトレとか通って腹式呼吸習ってるんだと思う。声の出し方でわかるのよね。自信満々で気持ち良さそうに歌って。ああいう歌い手って……ホンっト嫌い!!」
嫌い? 褒めるんじゃないの? と、驚いてエリカを見ると、耳打ちを続けた。
「自分だけ気持ち良いなんて、バンドじゃなくてカラオケで十分でしょ? この後アミオはどんな歌い方してくれるのかしら?」
そう言い残して、エリカは元居た位置に戻り、他の3人と肩を並べて演奏を聴いていた。
ユウコ達の演奏は、エリカに言われたコトを意識して聴いてみると、確かに歌と楽曲のズレが気になる。
L☆Dのライブと比較しては申し訳ないが、バンドの一体感という点に関しては、大きな差があるような印象だった。
バンド歴は俺の方が圧倒的に浅いので、少し前までならまとまって演奏出来ていれば、俺より断然上手いのだと錯覚してしまっていたが、この数日間の彼女達による密度の高いスパルタ教育は、人の演奏の善し悪しを判断出来るほどには向上していたようだ。
イヤな記憶で気が付かなかったが、客観的に観ると色々わかるモノだな。
そんなコトを思っていると、1曲目が終わっており、ハイハットのカウントが鳴った。
やはり、という感じで2曲目にNIRVANAの『On A Plain』が流れ始めると、今度はサクラが俺の隣に立っていた。
「マツノさん。このバンドのドラムと私の違いってわかります?」
何だコレ? 一曲ずつ俺に確認するテストなのか? サクラが耳打ちしてきた質問の答えが解らず首を横に振る。
「時間無いから答え言いますけど、ドラムってリズムの主軸なんですよ。だから楽曲に措いてはドラムのテンポが絶対なんですけど……ほら、ドラムがベースに引っ張られてるでしょ? あー気持ち悪い!!」
ホントだ……ベースのリズムにドラムが付いて行ってるように聞こえる。ユウコのバンドメンバーって、言う程上手くない……のか?
「あと、歌もマツノさんの方がエモいですよ♪」
あれ? 何か励まされてる? 俺。あと、前にも言われたけど『エモい』ってのは褒め言葉なのだろうか?
言われてみれば、アイガはデカい声で歌っているだけのような気もするけど……
ユウコ達の『On A Plain』はエンディングを迎えたが、4人はステージを下りる気配が無い。
アイガはマシュウの方を向いて、2人で呼吸を合わせるようにギターのイントロと同時に歌い始める。
聴こえてきたのは、バンドや音楽に詳しくない俺でも知っている、MONGOL800の『小さな恋のうた』だった。
前の職場で働いていた時、懇親会に無理矢理駆り出された二次会で、上司が歌っていたのを思い出した。
コピバンでもこんな楽曲を演れるのかと思い、乗り出して聞き入っていると、俺の隣には順番で回ってきたマキが立っている。今度は何なんだ?
「アミオくん、バレーコード苦手だから上手いと思ってるでしょ? でもアレよく見て? 上の方しか弦弾いてないから。誤魔化し方が上手いだけだよ?」
落ち着いて聴いてみると、マシュウのギターは音数が少なく薄い。そつなく弾いているだけのように感じるが、曲の勢いとメロディーの良さで、ある程度はカバー出来るモノだなと思ってしまった。
関心しているウチに曲が終わり、L☆Dが拍手をしたので、俺も連れて手を叩いていた。
「いやー、演奏バッタバタだったよ。お耳汚しにお付き合いいただいて、ありがとうございました♪」
ギラギラとした照明の演出はなかったが、ユウコは額の汗を拭いながら、マイクを通してお礼を言った。
「さて、アミオさん! 今度はアタシ達の番だよ?」
椅子に腰かけたままの俺の背中を、ミチヨにバンと叩かれた。
ここに着いたばかりの時は、緊張で吐きそうだったが、代わる代わるアドバイスされたお陰で、俺は意外な程に落ち着いていた。




