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みそギ!~三十路で始めるギター教室~  作者: ボラ塚鬼丸
Heart-Shaped Box編
81/175

Stairway To Heaven/Led Zeppelin

 ミチヨのいびきをBGMに、池上通りを走るバスの車窓から、流れゆく景色を眺めていた。


 これからどこに連れて行かれるかわからないという不安から、近所であるにも関わらず、まったく知らない土地のような感覚だった。


 昨晩の練習でも言われたが、恐らく今日が何かの本番で、ギターを持たされているというコトは、当然であるがこの後にどこかで演奏させられるのだろう。


 隣で間抜け面を晒して、暢気(のんき)に居眠りをしているミチヨを揺さぶり起こすには、まだ早そうな気がしたので、前の空席の背もたれに頬杖をついて溜め息を漏らした。


 L☆Dのみんなが俺に何を期待しているのかはわからないが、人生の半分近くを他人と共存せずに過ごしてきた結果が、ユウコと入ったスタジオ練習なのだ。


 コミュニケーション能力の低さを再確認させられて尚、これ以上惨めな思いをさせられるのは正直言って辛い。


 もう何度目か数えるのもうんざりするが、今回を最後に、バンドだけじゃなくギターも辞めてしまおうかという決意を、揺れるバスの最後部座席で考えていた。


 終点の一つ前で起こせと言われていたが、停留所の名前ぐらい教えておけよと思い、車内の上部に貼られている路線図を目で追うと、大井町の隣に『三ツ又』と書かれているのを確認したとほぼ同時ぐらいにアナウンスが流れる。


「お嬢さん、ぼちぼち目的地に着きますぜ? よだれ拭いて起きてちょうだい」


 降車ボタンを押し、出来るだけ身体に触れないように、ミチヨのTシャツの裾を何度か引っ張ったが、起きる気配は無くバスが減速し始めて焦る。


「ちょ、ちょっと! マジで勘弁してくれってば!!」


 ボタンを押して降りないのは運転手にも申し訳ないし、かといってミチヨを車内に残して、自分ひとりで降りたところで行き先がわからないので、肩を強めにぶつけて無理矢理起こした。


「んぁ? 何? 海着いた?」


「違う! 海じゃないけどバス降りるから!! っつーかそれ、2回目だぞ?」


 程なくしてバスが停車したので、自分のギターだけでなくミチヨのベースも抱えて、まばらな乗客とバックミラー越しの運転手に会釈しながら降車口を出る。


 ミチヨは目を半開きにしながら、フラフラと夢遊病者のように俺の後をついて来た。


「あー暑ぃ……バス涼しくて快適だったのに。もうちょっと寝てたかったなぁ」


「ホントしっかりしてよ……迎えに寄越すなら別のヤツにして欲しかったわ」


 とはいえ他のメンバーが迎えに来て、道中バッチリ起きていられたら、それはそれで会話に困ってただろうけど。


 数歩進んでは後ろを振り返り、ミチヨを待ちながら歩道を歩く。


「バス降りたはイイけど、俺、ここからどっち行くか知らないよ?」


「あ、もう見えてる。この向かい側」


 ミチヨがあくびをしながら、力なく指差す方向に目をやると、楽器店らしき建物が見えた。


「アオバ……楽器?」


 楽器を持って楽器店に行くのは普通のコトであるが、なぜこのタイミングなんだ? ギターのメンテナンスか何かかと思ったが、だとしたら昨日まで練習してたのは何のためだろう?


 頭に疑問符を浮かべながら、通りの少し先にある横断歩道を渡り、楽器店の前に到着した。


 楽器店のガラス戸から中を覗いていると、ミチヨにグイと腕を引っ張られた。


「こっちこっち! 今日は楽器屋に用があるワケじゃないから」


 ミチヨは相変わらず俺にベースを持たせたまま、楽器店の入り口の左側にある、壁に幼児向けの音楽教室のポスターが貼られた細い階段を上り始めた。


 L☆Dに愛想を尽かされて、俺を音楽教室に放り込むというコトなのだろうか? 説明不足もここまでくると、まったく先の展開が予想出来ない。


 Tシャツにハーフパンツ、ビーチサンダルでペタペタと歩くミチヨについて行くと、階段の先は左側に長いベンチが設置された細い廊下になっており、右側はその形状から察するに、スタジオの扉が並んでいた。


 スタジオで練習するのであれば、わざわざここまで連れて来られる必要も無いのだろうが、楽器店に併設されているというのが重要なのだろうか? 廊下の途中にあるスタジオ内が見える小窓を覗き込んだ。


「だから違うってば~。そこは普通のスタジオ! 今日はこの最上階まで行くから」


 行くからって言われても、こっちは何も聞かされてないんだってば……


 弦楽器を2本担いで階段を上っていくと、上向きの矢印とともに『Space(スペース)AOB(アオバ) 5F』と書かれたプレートが見えた。


 この重い荷物を持って階段で5階……オジサンの体力も考えてくれないだろうか? ミチヨさん。


 クタクタで階段を上り切ったところに金属製の扉があり、開けると廊下が左右に伸びていた。


 左側から声がするので、折れ曲がった廊下の先を覗き込んむと、ミチヨ以外のL☆Dの3人が居た。


「はぁはぁ……何か、わかんないまま連れて来られたけど、ここどこ?」


 指が千切れそうなほど喰い込んだギターのハードケースと、肩が外れそうに重いベースのソフトケースを床に置き、答えが返ってくるであろう質問を、誰にとは言わず問いかける。


「あ、マツノさんお疲れ様でーす! ここはライブも出来るスタジオですよ♪ 階段キツいですよねー?」


 ライブも出来るスタジオ? それはライブハウスと何が違うんだろうか……と、息を切らしている俺はサクラの回答に対して声も出せずにいた。


「この界隈でバンド始める中高生は、大抵ここが初ライブの場所になるみたいだよ? まぁ今日は客入れしないけど、アミオくんも思いっきり弾いてちょうだい」


 やや開けたスペースにはベンチが置いてあり、そこでギターの弦を張り直しているマキが他人事のように言った。


「ライブ? どこにそんなトコあんの?」


 見た限りでは、千鳥町のスタジオほどの広さも、アンプもドラムセットも無い。


「こっちじゃなくて階段上がってきたトコの右側。まだ時間あるから見てきたら?」


 エリカに促され、もと来た道を振り返り階段の方へ進むと、丸い窓の空いたスタジオ特有のレバーが付いている扉があった。


 窓から見えるドラムセットが遠いコトが、既に部屋の広さを物語っており、ガチャリと扉を開くと、だだっ広いスタジオが現れた。


 ユウコと入った渋谷のスタジオの部屋の4倍近くありそうなそのスペースは、突き当たりが一段高くなっている舞台にアンプが数台置かれ、さらにその一段高いところにドラムセットが設置されていた。


 初めてL☆Dのライブを観た三軒茶屋や、客席でミチヨとマキの同級生をガードしてた渋谷より前にここに来ていたら、きっとライブハウスというモノの規模はここが基準になっていただろう。


「広い……え? 俺、今日ここでギター弾くの?」


 観客こそ居ないものの、しっかりとしたステージを有するこのスタジオでギターを弾くのかと思ったら、急に緊張してきた。


「まぁ……今日はアタシ達だけじゃないけどね?」


 ミチヨが含みを持たせた言い方をするので、ユウコでも来るのだろうと思った。


「そうか、ユウコさんが言ってた準備ってのはコレか……もういい加減教えてくれても良くないか? 手段はわからないけど、あの人と連絡取ってるんでしょ?」


 もうしばらく時間が経過すれば、放っておいても答えは出るのだろうが、このままワケもわからずギターを弾かされるのは癪である。


「やれやれ……アタシ達がユウコさんとやらと連絡を取ってたとも言えないし、取ってなかったとも言えない」


「急に劣化コピーの村上春樹みたいな言い回しで歯切れ悪いなぁ……誤魔化さないでハッキリ答えてよ」


 ミチヨを問いただして静まり返ったスタジオに、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。


 予感はしていたが、開かれた扉から顔を覗かせたのは、やはりユウコだった。


「いやぁ階段キツいねー? あ、初めまして。スエノくんの同僚のユウコです! えーと……誰が何ちゃん?」


 初めましてと挨拶したユウコが、L☆Dメンバーの顔と名前が一致していないコトで、俺の頭はさらに混乱した。


「え? 初めましてなの?」


 状況を理解していない俺を他所に、自己紹介が始まった。


「わざわざお呼び立てしてスミマセン。Little(リトル)Date(デイト)のドラム、永桜ひろみです。これがメンバーの、ベースのミチヨとギターのマキと、ヴォーカルのエリカです」


「キャー! みんな想像以上に可愛い!! そりゃスエノくんもワタシのトコよりこっち行くよね?」


 ユウコは担いでいたベースを置いて、一人一人と握手を交わす。


「あ、いや、どういうコトか、そろそろ教えて欲しいんだけど……」


「え? ホントに気付いてないんだね? みんなが言ってた通りだわ」


 ユウコは、同情的な目で俺を見ている。


「でしょ? そうなんすよ。アミオさん、普段ほとんど連絡なんて来ないから、まず着信履歴とか見ないんで」


 ミチヨの言葉でポケットのスマートフォンを取り出し、着信履歴を確認すると、渋谷のスタジオに入った日の深夜に、ユウコからメンヘラの彼女かのような複数回の着信があった。


「勝手に出たの? 人のスマートフォンなのに……っつーか怖っ! ユウコさんも何回掛けて来てんのよ!」


「いや、勝手に出たっつったってアタシじゃないからね? 出たのはエリカだから!」


 俺は全力で、信じられないという表情を浮かべながらエリカの方に振り返ると、悪びれもせず溜め息交じりで返してきた。


「だってアミオ、何回も電話鳴ってるのに全然起きなかったじゃない? 緊急性のある連絡かもしれないから、そりゃあ出るわよ……帰って来るなりあんな様子だったし……」

 

 後半が小声で聞き取りづらかったが、確かにこの着信回数では、ただ事じゃないと思われても仕方がない。


「その後はもう……ねぇ? もらった電話で盛り上がっちゃって、申し訳ないからメッセージアプリで繋がって、スピーカーにして無料通話! あの日は明け方までゴメンなさい!」


 そういうコトに堅そうなサクラまで、ユウコとの電話を楽しんでいたのはショックだった。


 まぁ、そんな電話があったコトも知らずに寝ていた自分も悪いし、今の今まで着信に気付かなかった自分も情けない。


 どうせ女子同士で俺の悪口で盛り上がってたのだろう……あの日俺は心底落ち込んでいたっていうのに。


「あれ? ゆうゆ、コッチでイイの?」


 階段を上ってきた複数の足音は、ユウコをその名で呼ぶヤツらだったのか。


 わざわざこんな、人の傷口を広げるような手の込んだオフ会……開かなくたってイイじゃないか。


 ユウコのバンドメンバーは、俺と目が合うなり見下したように笑っていた。

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