SING MY SONG/ZIGGY
「お、頑張っとるかね? ギター青年!」
連日のスタジオでクタクタになり、職場の休憩室で突っ伏していると、不意討ちで耳に差していたイヤホンを抜かれた。
声の主は、当然であるがユウコだった。
「んぁ……お疲れっす。お陰様で毎晩練習してますけど……もー! 何なんすかホントに!!」
こちらが気を遣って距離を取ってるっていうのに、相変わらず土足でプライベートエリアに踏み込んで来る。
「アハハ! 頑張ってるなら何より。バンド活動に専念してくれたまえ」
ユウコがL☆Dと繋がっているのは間違いなさそうだが、問い詰めても毎回はぐらかされるので、ここ最近は諦めている。
「専念しろって言われても、何でこんなにバンドに縛られてるのか理解出来なくて……俺がギター続ける意味なんてあるんすかね?」
押しても引いてもサクラ達との繋がりを明かさないのなら、アプローチを変えてみるしか無さそうである。
「あー、バンド続ける意味ねぇ……正直ワタシもわかんなくなってて。意地で続けてるって言ったけど、もう一緒に辞めちゃう?」
普段から掴み所の無い性格をしているユウコが、いつになく弱気な発言をしたので急に心配になった。
「何かあったんすか? 前はあんなに楽しそうだったのに」
「あら、末野くんってば優しい! じゃあワタシの話聞いてくれる?」
白々しいけど、どうせ話すんだろうなと身体を起こしてユウコの方に向き直った。
「前に話したと思うけど、ワタシがバンド始めるきっかけになったのが、banana tearsってバンドのベーシストなんだけどさ……2年ぐらい前に赤ちゃん出来たから辞めるって急に言われて。ワタシより何歳かお姉さんで、ずっとバンド続けてくれると思ってたから、凄く裏切られたような気持ちで……悔しくて意地になってやってるのよ」
確か以前サクラが言ってた、メンバーが辞めていく理由に妊娠したとかさせたとかってあったなぁ……やっぱ人と一緒に活動するってのは難しいんだろう。
「そのマミさんに、もっと色々教わりたいコトあったんだよ? ホントはコピバンじゃなくて、自分達が作った曲でライブハウス出たいし……」
「オリジナル、作らないんすか?」
そんなに簡単なモノじゃないコトぐらい、L☆Dを見てればわかるのだが、メンバーも居るなら不可能ではないだろう。
「あー、ダメダメ。ワタシのバンドメンバー、そういう向上心が無いから。知ってるかもしれないけど、元々バンドマンじゃないからね? あの人達」
思い出したくもないが、そう言えば彼らが音楽を続ける理由はユウコ自身だったな。
「だからさ、このままバンド続けてても意味無いんじゃないかと思って……って、末野くんをバンドに誘ったワタシがこんなコト言っちゃダメなんだけどね? ハハハ」
力無く笑うユウコは、どこか寂しそうだったが、俺に出来るコトが無いのがもどかしい。
「でもさ、末野くんが純粋な気持ちでバンド続けてくれたら、ワタシも頑張れるかなー? なんて思ってて……あ! そうだ、もうすぐ例の準備が整いそうだから、あとちょっとだけ待っててね? んじゃ、ギター頑張れよ! 青年!!」
純粋な気持ちって言われてもなぁ……あと、例の準備って何なんだよ! みんなしてバンド続けろとか。俺に選択権は無いのか? などと考えつつ、今日も仕事帰りにスタジオへ向かう。
「発音が雑になってる。ちゃんと歌詞の意味も考えて感情乗せて!」
「ギターに気を取られ過ぎ! もっと歌に集中!!」
帰国子女のエリカからは、英語の発音と歌唱指導が容赦なく入り、サクラからは演奏と歌のバランスに対して、総合的な指摘が飛んでくる。
確か先日は、歌うコトだけ考えりゃイイって言ってたハズだよなぁ? これじゃ完全にスパルタじゃないか。
「じゃあ次、課題で出してた曲覚えてきた?」
最初に覚えたFoo Fightersの『Big Me』だけでなく、先日急にNIRVANAの『On A Plain』という曲を覚えろとの指令が出ていた。
「コードはそんなに難しくないけど……歌詞が英語だしテンポも速いから」
「すぐに言い訳しない!! エリカに和訳してもらった歌詞もあるでしょ? マツノさんに『カートコバーンになれ!』って言ってるワケじゃないから、自分で感じ取って歌ってもらいたいんです」
当然だけど、なれと言われてなれるモノでもないだろ? 押○学じゃあるまいし……
「ちなみに期限は今週の金曜日だから。アミオ仕事休みでしょ? 夕方から付き合ってもらうから」
「え? 金曜日って……あと4日しか無いじゃん! 確かに仕事休みだけど、何させられんの? 俺」
知らぬ間に、また俺の予定が立てられていたコトも衝撃だったが、そんなに短い期間で、さらに1曲仕上げなければならないなんて……
「アミオさん、ボーっとしてるヒマなんて無いよ? ほら、練習練習!」
ミチヨは他人事のように俺を迫り立てるが、焦れば焦るほどギターは間違えるわ歌詞は飛ぶわ、まともに通して演奏出来ないままである。
その後も毎晩、何度もダメ出しをされつつ、必死に練習を繰り返し、期限を翌日に控えた頃、曲をなぞる程度には歌も演奏もカタチになっていった。
「とりあえず『弾けて』『歌える』トコまではイイけど……マツノさんが歌ってる感じがしないんですよね?」
そりゃそうだろうよ! 急にやれって言われて無理矢理やってるだけなんだから。
「ねぇアミオ? 私達も、この曲のすべてを理解しろって言ってるワケじゃないの。別にヘタでもイイから、アミオが自分らしく歌えばあなたの歌になるのよ?」
俺らしくって何だ? 歌詞の和訳はもらったし、何度も読み込んだけど、理解するどころか哲学的な文章だし、そもそも俺の言葉じゃないんだから。
「っつーか、アタシらアミオさんがイイ奴なのは知ってるし、格好悪いトコとかもしょっちゅう見てるから、ありのまま曝け出したらイイんじゃん?」
「そうそう。ボクらアミオくんが完璧にギター弾けると思ってないから。もっとやりたいようにやってみてよ……あ、Cメロ終わりのブレイクが緩いから、そこだけキッチリ止めてね?」
弦楽の同級生コンビが好き勝手に言ってくれる……ヘタクソで格好悪いなら、何で俺にギターなんて弾かせるんだ?
改めてエリカにもらった和訳を読み返すと、確かに『自然体』だとか『自分らしく』というワードが目立っている。
「はぁ……じゃあもう一回お願いします。時間的にもこれが最後の練習っぽいし」
溜め息混じりで吐き出すようにそう言うと、サクラがハイハットでカウントを出した。
好きなコの気も引けず、職場の同僚に誘われたバンドでは邪魔者扱いされて、惨めな想いをしている自分。
借金の肩代わりしてあげたヤツらに、その後もタカられ続けているお人好しで気弱な自分。
それでも、そんな格好悪い俺を仲間だと言ってくれるヤツらが居て、俺が頑張るなら自分も頑張るって言ってくれる人も居るワケだ。
自分が自分を受け入れて、自分の意思で歌えってコトか……簡単に言うなよホント。
そんな気持ちのまま、イントロ無しの『On A Plain』を歌い始める。
途中でコードを間違えたような気がしたが、構わずそのまま大声で歌い続けると、いつの間にか曲は最後のサビの繰り返しに差し掛かっていた。
文句を言うなと自分で叱責するような気持ちで歌い終える。
「おぉアミオさん! やれば出来るじゃん」
「まぁギターは弾けてなかったけど、ちゃんとブレイクも止まってたから良しとするか」
「そうね、発音も悪いトコあったけど、今までで一番良かったんじゃない?」
半ばヤケクソで歌ったにも関わらず、最後の最後で褒められてしまった。
「うん! マツノさん、良かったですよ!! 明日もこの調子で頑張りましょう」
だから、明日って何なのよ? と、何度訊いても教えてもらえないまま、金曜日の夕方に激しく自室のドアがノックされた。
「アミオさーん! 迎えに来たよ!!」
部屋の前にはミチヨがベースを担いで立っており、ギターを持てと急かされつつ家を出た。
「っつーか、どこ連れて行くつもり? そろそろ教えて欲しいんだけど……」
いつも入っている千鳥町のスタジオに向かうのであれば、住宅街を抜けるハズだが、ミチヨの後を追い掛けると明らかに駅方面に進んでいる。
池上駅に着いたので、電車に乗るのかと改札に進もうとしたが腕を掴まれた。
「違う違う! 電車でもイイけど歩かなきゃならないからバスだよ」
ミチヨに続いてバス乗り場で、大井町駅行きのバスに乗り込む。
「大井町行くの? 楽器持って?」
「そう。停留所は一個手前で降りるけど。いやぁバスって縦揺れするから眠くなるんだよねー。アミオさん、もしアタシが寝てたら起こしてね?」
楽器が他の乗客の邪魔にならないよう、後方の座席に腰を下ろすと、サスペンションの揺れに合わせてミチヨはいびきを立て始めた。




