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みそギ!~三十路で始めるギター教室~  作者: ボラ塚鬼丸
Heart-Shaped Box編
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港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド

「お! 準備早いねぇ。チューニングも終わった?」


「……あ、やってないっす」


 ハッとしてポケットからスマートフォンを取り出し、チューニングのアプリを立ち上げる。


「え? もしかしてチューナー持ってないの?」


「だってスマートフォンで十分だって言われたんすモン」


 そういや、今までよくアプリで事足りてたものだ。スタジオ入るなら持ってて当然なのだろうが、使い方が面倒だとイヤだなぁというのが率直な意見である。


「ワタシの貸してあげるよ。ってか、そのぐらい買いなよ?」


 ユウコは俺に歩み寄り、ギターのヘッドに万歩計のようなクリップを取り付けた。


「一本ずつ鳴らして、ゲージが緑になれば合ってるってコトだから。たぶんアプリも同じ感じでしょ?」


 言われた通りに6弦から鳴らすと、クリップの液晶画面はデジタル文字でアルファベットが表示され、アーチ状のゲージがギリギリで赤くなっていたので、ペグを回して緑になるよう調整した。


 マキのように音叉で合わせるような芸当は出来ないが、いつもスマートフォンを不安定な膝に乗せてやっていた苦労に比べたら、こんなに楽なコトはない。


「ありがとうございます。ちゃんとしたチューナーだと簡単に合わせられるんすね?」


 オールグリーンになったのを確認し、クリップを外してユウコに返した。


「ちゃんとしたって言っても、こんなの1,000円ぐらいだよ?」


 そんなに安いのか! もしL☆Dに相談してたら、危うくミチヨにボラれるところだった……


 他のメンバーも音を出し始めたので、俺も確認がてらコードを幾つか鳴らしてみたが、チューニングは問題無さそうである。


「じゃあ早速、()ってみようか? ……あ! 録音録音っと♪」


 ユウコは自分のスマートフォンを出し、ボイスレコーダーアプリを立ち上げてRecボタンを押す。


 やはり、どこのバンドも練習時には自分の演奏を録音するものなのだろうか?


「ゴメンゴメン! んじゃ改めて。オリテさんカウントよろしくぅ」


「はい。行きまーす」


 俺の緊張などお構い無しに、ドラムのオリテがスティックをカツカツと鳴らす。


 心の準備が整っておらず、一発目の出音を外してしまったが、俺の練習に連日付き合ってくれたL☆Dのみんなに報いるためにも、集中を切らさず楽しんで弾き切るしかない。


 曲はどんどん進んでゆくが、こんな緊張感の中でも、L☆Dはスタジオやライブで、いつだってサラっと演奏をやってのけているっていうのは、改めて凄いコトなのだと思った。


 やはり人と呼吸を合わせるって難しい……と、しても、イントロが過ぎて歌が入っても尚、俺だけ楽曲から置いていかれているような気がする。


 高速道路の合流で、いつまで経っても車線に乗れずにいる初心者のように、まったくと言ってイイほど噛み合っていないのである。


 焦るな焦るな! と自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、空回りし続けて、仕舞いにはコードを間違え、気持ち良く歌っていたアイガにイヤな顔をされる始末。


 初対面の人に迷惑を掛けていると感じた途端、ピックを握る手が震えて頭が真っ白になり、あんなに練習したコトが完全に抜け落ちて、コードチェンジもストロークもボロボロだった。


 (すが)るようにユウコの方へ目をやると、苦笑いしたまま演奏の手は止めず『落ち着いて』と唇を動かす。


 たかが2分ちょっとの曲で、ここまで上手くいかないのだから、事前の練習でも苦手としていた、リズムの変わるサビが弾けるハズなどなかった。


 結局最後まで持ち返すコトが出来ず、良いトコ無しのまま曲が終わってしまった。


「ご、ゴメンなさい……初心者とはいえ全然弾けませんでした」


 L☆Dとの練習では、それなりに上手く弾けてた自信があっただけに、ここまでコテンパンに叩きのめされたのだから、もう素直に謝るしかない。


「まぁ最初だから……こんなモンでしょ? ギター単体で見れば弾けてるっぽいし、何回か合わせれば大丈夫だと思うけど」


 気を遣われているとしか思えないが、ユウコから慰めの言葉を掛けられてしまった。


「なんか……スミマセン。もう一回演ってもらってもイイっすか?」


 このままダメな感じで終わらせられたくなかったので、ヘタクソという不名誉を払拭するために、勇気を振り絞って『泣きの一回』をお願いする。


「もちろん何回でもやるってば! ねぇ?」


 ユウコが他のメンバーに向かってそう言うと、みんなは無言で頷いてくれたので、安易に呆れられたり怒ったりしていないのだと、少しだけ気持ちが軽くなった。


「……あ、その前にエフェクターの電池買ってきてイイ? なんか切れそうで」


 足元で、ケーブルが絡まりそうなほど繋がった機材のひとつを手にして、ユウコは裏面のカバーを開け電池を取り外した。


 取り出したのは、一般的な単3や単4などの電池ではなく、子どもの頃に遊んだラジコンのプロポや、動くロボットのオモチャの背中に入っているような、上部に二つの電極が付いた四角い電池だった。


「そうだ! ねぇスエノくん!! この電池って、舐めるとイチゴの味がするって知ってた?」


 ユウコはニコニコしながら電極の部分をペロっと舐める。


「いや、そんなハズないでしょ?」


「じゃあ舌出してみてよ!」


 と、今度は俺の顔に向けて電池を差し出されたので、条件反射で舌を出してしまったのだが、コレ、いま舐めたら間接キ……


「ス……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」


 脳天からつま先まで、稲妻が走ったような衝撃に襲われた。


※アミオ君とユウコさんは特殊な訓練を行っております。よい子は絶対にマネしないでね♪



「アハハハ! イチゴの味した? んじゃ受付行ってくるね?」


 まだ舌にビリビリとした刺激が残っている中、ユウコは颯爽と扉を開けてスタジオの外に出て行ってしまった。


「あ゛ーあ゛、あ゛……んんっ! ズビバゼン……酷い目に遭いました。ユウコさん戻ってくるまで、ちょっと合わせてもらっ」


「オタクさぁ……」


 ヴォーカルのアイガが、不機嫌そうに俺の提案を遮る。俺のギターが余程気に障ったのだろうか?


「あ、はい。あの、ヘタクソで申し訳ないです……」


「チッ! そうじゃなくて……あのさぁ、同じ職場かなんか知らないけど、あんまりゆうゆとベタベタしないでくれる? ホント空気読めないなぁキミは」


 ベタベタ? してるつもりはない、というか、俺が一方的にからかわれているだけなのだが。


「え? あ、いや、そんなつもり無いんですけど……俺、なんかやっちゃいました?」


 バンド内のローカルルールに反していたのだろうか? あと、あからさまに3人の態度が違うのは、ユウコがここに居ないからだろうか?


「なんかやっちゃいました? じゃないでしょ? ……あのね、俺達はゆうゆと一緒にバンド組むために、(たゆ)まぬ努力をしてきてるんだよ! ……それをこんなポッと出のギター初心者がさぁ」


 ドラムのオリテもアイガと同じく激昂している様子であるが、イマイチ状況が把握し切れずに居た。


「ゆうゆの傍に居るために、こっちは興味無い楽器の演奏が出来るようになるまで努力してんだよ! だいたい何が『酷い目に遭った』だよ!! 間接キスなんて……俺なんか20年近く追っかけてんのに、一回も……」


 オリテは悔しさが滲み出た表情をしており、今にも俺に殴り掛かって来そうな勢いである。


「まぁまぁオリテ氏、ゆうゆと今後も一緒に居れば、そのウチ我々にもチャンスはあるよ。だからね? スエノくん……だっけ? 今日の練習が終わったら、ゆうゆからスッパリと手を引いてだね」


「っつーか、わざとオタクの演奏に合わせてないコトぐらい気付けよ! このヘタクソ!!」


 オリテをなだめるアイガの隙を突くように、ギターのマシュウが俺に追い討ちをかけたコトで、まったく理解できなかった状況がハッキリと見えてきた。要するに、この3人はユウコとの時間を邪魔されたくないのだろう。


 そりゃあアイドル時代から追いかけてきた女性を、月に数回、密室で二時間ほど自分達だけが独占できるのだから、どこの馬の骨かもわからないようなヤツが、急に出てきて親密になったのでは面白くない。


 いや、面白かろうが面白くなかろうが、それに巻き込まれた俺の立場は?


 ド素人の俺を、どこに出しても恥ずかしくないようにと、必死にギターを教えてくれたL☆Dのみんなの気持ちは?


 情けないやら悔しいやら、言葉にし難い感情が俺に纏わり付いてきた。


「あ、あぁ、そういうコトでしたか……気が付かなくてスミマセン。じゃあ、俺、今日はもう帰ります」


 到着した時は広いと感動したスタジオが、溢れるほどの敵意に満ちた今、息苦しいほど狭く感じて、この場を一秒でも早く抜け出したいという思いでアンプの電源を落とした。


 繋がっていたシールドを雑に引っこ抜き、丸めてハードケースに投げ入れ、ストラップが挟まっているコトも気にせずギターを放り込んで蓋を閉じる。


「オタクの前に入ったギターは、そこそこ弾けたから辞めさせるのに苦労したけど、今回は簡単だったよ」


 帰り支度をしている俺の背中に、3人の笑い声が刺さった。


「失礼します」


 心臓の音が、周りに聞こえてしまうのではないかというほど、バクバクと脈打っているのが自分でもわかる。


 こんなに胸糞悪い気分にさせられたのは、中学に通えなくなったあの時以来だ。


「はいはい、お疲れさん。ゆうゆに職場でも馴れ馴れしくしないでくれよ?」


 悪口雑言を遮断するように、振り返らず後ろ手で扉を閉めて、出口に向かって歩みを進める。


「あれ? スエノくん、どうしたの?」


 電池を手にしてスタジオに戻ろうとしているユウコと、廊下でバッタリ鉢合わせしてしまった。


「あ、あの、スミマセン……俺、やっぱここまでヘタクソだと、皆さんに、いや、ユウコさんに迷惑掛けちゃうんで、今日は帰ります」


「いやいやいや、まだ一回合わせただけじゃん! ちょ、ちょっと待ってよ! 電池舐めさせたのはゴメン!! ワタシも調子乗った」


 そうじゃないんだよユウコさん。むしろガチガチに緊張していた俺を、リラックスさせようとしてくれたコトぐらい、いくら鈍感でもわかりますから。


「スタジオ代……次に出勤が合った時に返しますね」


 複雑な感情を飲み込み、やっとの思いで口を衝いた言葉は、色気の無い精算の話だった。


 これ以上ユウコに慰められでもしたら、自分がどんどん惨めになるような気がして、呼び止められる声を遮ってエレベーターに乗り込む。


 自分の足で歩いてはいるが、他人のモノであるかのように、踏み締める地面がフワフワと現実味を帯びていなかった。

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