Kill Your Television/Ned's Atomic Dustbin
L☆Dの4人には、昨日もここで練習に付き合ってもらったのだが、なんだか初めて『バンドでギターを弾いた』という実感で興奮が覚めやらない。
こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか?
記憶を辿って、球技がまったく得意ではない俺が、小学生の頃に草野球で初めてセンター返しのタイムリーを打った時のコトを思い出していた。
バットの真芯でボールを捉えた感触を、何度も脳内で反芻していたと思うが、今はその時の何倍、いや何十倍も興奮しており、足元がフワフワしている。
もしもさっきのアレがライブハウスで、客席に佐向亜依子が居たら……なんてくだらない妄想を幾度となく考えてしまい、必然的に顔が気持ち悪く綻びはしないかと、正気に戻す作業を繰り返しているウチにL☆Dの練習時間は終わりを迎えていた。
「マツノさん! 上の空のトコ申し訳ないんですけど、そろそろ閉店作業に入りたいので……ギター片付けてもらえます?」
サクラの呼び掛けで現実に引き戻される。
「あ、あぁゴメン! すぐに片付けるから」
慌ててシールドを巻き取って、ハードケースにギターを仕舞い込んだ。
「じゃあ! 今日も行っちゃいます?」
ミチヨが、年配サラリーマンでもしないような、猪口で酒を飲むジェスチャーをしているが、今日は帰って練習がしたいのだ。
「悪い! さっきの感覚を忘れないウチに、今日は真っ直ぐ帰って練習するよ」
「お! やる気が漲ってるねー。んじゃ明日はサクラのバイトが休みなんで、バンド練習も無しだから、自主練しといてください」
あっさりと引き下がるミチヨが若干不気味ではあったが、ワリカンのスタジオ代を支払って、そそくさと帰路に就いた。
中身の入ったハードケースはズッシリと右手に食い込み、一駅分の徒歩には過剰な負荷である。
とはいえ、一昨日はサクラ達に預けて運んでもらっているのだから、大の男が弱音も吐いていられない。
仕事帰りでスタジオに寄り、そのまま練習したので夕飯も摂れていないが、そんなコトよりも今はギターが弾きたくて堪らない。
高台になった住宅街を抜けるため、一山越えるコトになるが、重たいギターのハードケースを抱えて坂道を早歩きで登る。
さすがに夏場の坂道は、三十路の運動不足男には少々キツいモノがあったが、肩で息をしながら自室に辿り着くなり、ギターを取り出して練習を始めた。
4拍目のコードチェンジをするタイミングを意識し、アパートの壁が薄いコトも忘れてギターを掻き鳴らすと、幾度となく隣人から色気の無い『壁ドン』をされた。
その都度ボリュームを気にしつつ、時間が経つとミュートしながらストロークだけを徹底的に練習する。
我ながら、今回は自信があると言って良い出来である。
これはギターだけじゃなく、英語の歌詞を必死で覚えれば、弾き語りのレパートリーが増えるのではないかと思い、ユウコから渡されたバンドスコアのコピー用紙を目で追いかける。
スマートフォンを取り出して、動画サイトからFoo Fightersの『Big Me』を再生し、小声で歌詞を歌ってみると、テンポが緩やかであるため、意外と歌えそうな雰囲気である。
これなら弾き語りも出来そうなので、歌詞をコピー用紙の裏にカタカナで殴り書きして、それをコード弾きしながら読み上げるように歌ってみた。
なんだかそれっぽくなっていたので、ついつい嬉しくなってしまった。
上機嫌で何度か弾き語っていると、自室のドアがドンドンと叩かれたので、調子に乗って苦情が来たのだと思い、申し訳ない顔を作りながら玄関に向かう。
「あ……スミマセン。うるさかったですよね? もう止めますんで」
と、謝罪しながらドアを開けると、立っていたのは隣人ではなくミチヨとエリカだった。
「うぉ! 何? どうしたの? 近所から苦情が来たのかと思ったよ」
既に夜も更けており、しかもこの組み合わせは中々に珍しかったので、驚きとともに思考がフリーズしてしまった。
「いや、アミオさんが自主練するっていうから、みんなでご飯食べた後にアタシ達だけ様子見に来たんだよ」
「少しは上手くなったかしら?」
練習の成果を確認しに来てくれるのは、恐らく俺の技術を心配してのコトだろうが、お陰様で弾き語りも出来そうな勢いである。
「ちょうど良かった! 俺さ、いま弾き語りも練習してて、ちょっと聴いてってよ!」
俺の向上した技術を披露したかったので、何の迷いもなくエリカとミチヨを部屋に招き入れた。
さっそく6畳間に二人を通し、ギターを抱えて弾き語りの準備を始めた。
「アミオさんがそこまで自信満々だと、逆にスゴい不安なんだけど」
まぁ今のウチに言っているがイイ。まさか数時間で俺が英語で弾き語り出来る程にレベルアップしているとは夢にも思うまい。
「まぁしっかり聴いててよ」
『んん!』と咳払いをしてから、ギターを弾き始めると2人が食い入るように注目していた。
さぁ、聴いて驚け!
「When l talk abo……」
「いやいやいや! ちょっと!! 何やってくれてんの?」
歌い出した途端に、ミチヨからギターのネックを掴まれて弾き語りが止まった。
「え? 弾き語りが出来るようになったから、2人に聴いてもらおうと思って……」
相変わらず一度で歌い始められないなと思いつつも、何故止められたのかがわからず困惑していた。
「勝手に歌っちゃダメでしょう? 色々とうるさいのよ? 著作権!」
歌ならスタジオでも散々エリカだって歌っていたのに、著作権? 何の話だ?
「だから! そんなにハッキリと歌詞で歌っちゃダメなんだって!! 連載早々にコメント書かれてるでしょ? 運営に見つかったら大変なんだよ?」
連載? コメント? 運営って何だ? ミチヨの言っている言葉の意味がわからない。
「せっかく弾き語りが出来るようになったのに……じゃあ俺、どうやって歌ったらイイのよ?」
ミチヨは俺からギターを引ったくると、エリカに手渡した。
「仕方ないわね。じゃあ私が手本を見せるから、今後は同じように歌いなさいよ?」
ため息に近い呼吸をすると、ギターでイントロを弾き始めたが、ここまでは俺と何の違いも無く、エリカが歌い始める。
『♪~』
「え!! そんな感じなの? 文字放送でドラマ観てる時のBGMのシーンみたいじゃないか!」
「だから今後はこうなの! 間違っても正確な歌詞で歌おうとしないでよ?」
弾き語りって難しい……というより、この世界で生きてくって大変だなと思うしかなかった。




