Steppin' Razor/Peter Tosh
サクラが入室し、ギャラリーが増えたコトによって俺の緊張感はさらに増していた。
しかも今度は、折れたスティックでマキがカウントを出しているのではなく、ライブもバンバンやっている現役のドラマーが、コピーとはいえ音源と遜色ないリズムを刻んでいるのだから、失敗しないよう慎重にもなるってモンだ。
「ほら置きにいかない! 他の音が鳴ってから反応しても遅いから!! ドラムよく聴いてリズムに乗る!」
サクラがルーティーンを崩すコトなく大声で叫んでいるが、そんなコト言われたって、ズレるモノはズレるってば……
幸いなコトに、コード進行だけは頭に入っているので、音を外して流暢な英語で歌うエリカの邪魔をするコトは無かったが、リズムがズレる度に表情が曇っていくのは、手元ばかり見ていてる俺にも伝わった。
たかだか2分ちょっとの曲であるにも関わらず、手や腋が汗でしっとりと重くなってゆき、曲が終わった頃には、疲労で立っているのがやっとだった。
「まぁ昨日に比べたら多少は良くなってるけど、あくまでも多少ってレベルですね……マツノさんは何が難しかったですか?」
サクラの総評は厳しいが、多少なりとも上達しているコトには安心した。
「難しいところ……リズムに乗れなくてズレてくコトかなぁ? コレって慣れればどうにかなるモノなの?」
リズム感て反復練習で改善するモノならイイんだけど……
「アミオくん! 念のため言っておくけど、この曲に慣れても解決しないからね?」
「そうそう。もしもこの先アミオさんが他の曲を演るコトになったら、また慣れるまで時間掛かるから」
弦楽器2人の言うコトは、さすがに説得力あるな。
「とはいえ、この曲のタイム感には慣れなきゃならないんで、何回か演ってみましょう。私達の練習もしなきゃなんで、とにかく時間の許す限り回数を重ねて弾けるようにしないと!」
俺の練習に付き合ってくれているというのに、サクラのテンションが異様に高い。
俺はその後も言われた注意点を意識しながら、4拍目のジャンプを控え目にしつつ、彼女達の演奏に合わせてギターを弾き続けた。
何度も続けていくウチに、ジャンプをしなくてもコードチェンジのタイミングは掴めてきた気がするのだが、弾いていると時々周囲の音が聴こえなくなって不安になる。
周りの音を意識すると、また聴こえるようになるのだが、そうすると自分の演奏がズレてしまうというループ。
「弾いててわかると思いますけど、ちょっとずつ合ってきてますよね? 上達してるじゃないですか!」
サクラはそう言ってくれるが、自分ではズレているコトはわかっても、どこが合っているのかがわからないのだ。
「合ってる……のかなぁ? 時々みんなの音が聴こえなくなるんだよね? それで聴こうとするとズレるっていう。コレ何なんだろう? 俺の耳が悪いのかな?」
不安げに俯きながらダメな部分を漏らすと、彼女達はクスクスと笑い始めた。
「それが合ってるってコトよ。アミオのギターがオンタイムでバチっと合ってるから、周りの音が聴こえなくなるのよ? そういう時は自信持ってイイから」
一瞬ヘタな演奏を笑われているのかと思ったが、エリカが俺を励ましているだけだとも思えず、そういうモンかと納得するコトにした。
「んじゃアミオさん! お待ちかねの、さっき言ってたアタシ達の曲も演ってみよう!!」
ユウコのバンドで弾くFoo Fightersの『Big Me』すらまともに出来ていないのに、もう1曲……しかも今回の課題曲とは関係無いL☆Dの曲を本人達と一緒に演奏するってのは、正直気が引ける。
「え? それって弾く必要ある? 俺としては……課題曲を徹底的に練習したいんだけど」
「アミオくん、人の曲を機械的にコピーしても楽しくないでしょ? だからボク達がバンドでギター弾くコトの楽しさとか、気持ち良さを教えてあげようと思ってるんだよ!」
確かに、自分で好きかどうかもわからず、ユウコから弾けと言われた曲を闇雲に練習しているだけなのだから、楽しいかと聞かれたら、そんなコトを考えている余裕など無い。
「まぁまぁアミオさん。騙されたと思って1回! ね?」
ミチヨの言う『騙されたと思って』は、これまで騙され続けてきただけに両手離しで素直に従うのは怖いが、マキがコード進行……といってもバレーのDmだけなので、押さえる場所を指示してくれて、サクラはドラムのリズムパターンを叩きながら、ギターを弾くタイミングを丁寧に教えてくれた。
「もう、細かい技術とか気にしなくてイイんで、思いっきり掻き鳴らしちゃってください!」
「さっきまでの低いジャンプじゃなくて、今度は高く跳んでイイのよ?」
サクラもエリカも、初心者の俺にそんな注文出されたって……
「じゃあ行きますよ? 同じリズムをループして叩いてるんで、好きなトコから『ギャーン!』て感じで入ってきてください! その後は4回周期で弾いてくれればイイんで」
サクラは他の3人に目配せすると、セット全体が揺れるほど大きな音でリズムを叩き始めた。
『ドンタンドドンタンドタンドドタン! ドンタンドドンタンドタンドドタン!』
単調なリズムではあるものの、それは何かが始まりそうな予感をさせるフレーズという印象だった。
『カッカッカカッカッカカッカカカッ! カッカッカカッカッカカッカカカッ!』
マキがミュートしたまま、同じリズムでギターをカッティングしてガイドを入れてくれたので、ループのサイクルが理解出来た。
「4拍目でジャンプして、アタマに合わせて鳴らせばイイの!」
爆音に掻き消されないよう、エリカが耳元でそう言ってくれて、俺の背中をトントンと叩く。
「1.2.3.4.1.2.3.ハイ!」
強めに背中を叩かれたので、やや前のめりにジャンプしてしまったが、そのままの勢いでDmを鳴らすとまさにドンピシャで、もし物理的に表現出来るのだとしたら、鋭利なナイフでスパっと切り取り、キレイな断面が見えるような音だった。
『き、気持ちイイ……』
偶然……なんだろうか? 俺の弾いた音が、彼女達によってお膳立てされているような気さえする。
さっきより大きな音が出ていると思ったら、ミチヨがニヤニヤしながらアンプのボリュームを上げていた。
俺が弾いたギターの残響の中で、ドラムとギターカッティングは途切れるコト無くリズムを刻み続けている。
直前までの練習で、4拍を身体に叩き込んでいたので、4回周期がどこを指しているのかはすぐに理解出来た。
意識すべきタイミングはココだ!
一発目よりも高く跳び上がり、6本の弦を一気に弾くと、先ほどより大きな高揚感が俺を襲った。
サクラがドラムの手を休めず、ウンウンと俺を見て頷き、マキもミチヨもニコニコと笑っている。
あぁ、こういうコトか……ギター弾くって楽しいなぁ。
スタジオ内の一面は大きな鏡張りになっており、そこに映っている自分の顔は興奮に満ち溢れていた。
3発目。ライブで観たマキのジャンプを思い出して、ギターのボディを身体の右側に置き、空中でしゃがむように膝を曲げて跳び上がる。
下から上にピックを引き上げて、地面と垂直になるぐらい立てたネックを、今度は身体から引き剥がすように振り回し、ギター全体で音を鳴らす。
慣れない動きをしたので着地で若干よろけたものの、ムチャクチャ気持ちが良かった。
次の準備をしていると、エリカが目の前に立ってTシャツの裾を引っ張る。もう跳ばなくてイイっていう終わりの合図だろうか?
ワケもわからずそのままギターを響かせていると、エリカはボディに近い部分のネックを握って音を止めた。
申し合わせたように全員の音が途切れる。
その空白は、世界中の時間が一瞬だけ止まったように感じた。
再び時が動き始めたのはエリカの絶叫に近い歌声と、それに続く3人の演奏だった。
自分のギターをきっかけに、この壮絶な曲が幕を開けたのかと思うと、つま先からアタマの天辺まで鳥肌が覆い尽くす。
たかだか3回コードを鳴らしただけで意識が遠のくほど真っ白になり、それを埋め尽くすかのように彼女達の演奏が身体中を駆け巡る。
抜け殻のように立ち尽くす俺を他所に、曲がエンディングを迎えた。
「はぁ……普段はこんな曲、本番の勢いでやっちゃうから絶対練習なんてしないんだけどねー? アミオさんが観てるとテンション上がるわぁ」
ミチヨの言葉で我に返ると、何だかとてつもないコトをしたような気持ちになった。
「ってコトで、マキが言ってた『楽しい』とか『気持ちイイ』っていうの……少しでもわかりました?」
あれだけ激しくドラムを叩いていたサクラが、女の子然として呆然とする俺に訊いてきた。
「あ、あぁ、わかった……と思う」
衝撃的過ぎてどう答えて良いモノかわからず、俺はそう返すだけで精一杯だった。
『ドンタン』いってるドラムのフレーズですが、ちゃんと口に出して正確に言うと、どういうリズムか解ると思いますので、誰も居ないトコで是非言ってみてください♪




