Jump/VAN HALEN
エリカの提案に戸惑いながら、ベンチに座って不安とギターを抱えたままでいると、ガチャリと重たい扉の開く音がして、楽器を手にした集団がぞろぞろと出てきた。
瞬く間に、細長いロビーという名の通路は人で溢れ、半畳程度のカウンター内でサクラが会計業務を始める。
スタジオ練習を終えた集団は、見知らぬ間柄にも関わらず、コチラに向かって口々に『お疲れ様です』と言い、コンベアに乗った製造ライン工場の製品のように、次々と出口へ流れて行った。
「お待たせ! じゃあAスタ空いたんで、先に入ってて? あと10分ぐらいでBスタのお客さんも帰るから、片付けたらすぐ行きます」
バンドのドラムである前に、現時点ではサクラはスタジオ店員なのだと改めて思った。
俺は直前までギターを仕舞わず、ストラップに肩を通してハードケースを抱え、ヨロヨロとスタジオ内に雪崩れ込むと、エリカからシールドを一本手渡された。
「昨日と同じでイイから、自分でセッティングしてみたら?」
「あ、うん。わかった。ありがとう」
細いマジックテープで束ねられたシールドを受けとると、記憶を辿りながら真ん中の上段にあるアンプのインプットに突き刺す。
前回は、すべてのダイヤルが上を向くように設定したので、同じようにクルリと回して頂点に合わせた。
ただ、ボリュームだけは大き過ぎると思ったので、控えめにして電源を入れる。
アンプから『キーン』とノイズが小さく鳴り続け、ギターが接続されたコトを教えてくれた。
アンプの前で立ち上がり、左手の指をフレットに乗せて、ポケットから取り出したピックでGのコードを鳴らす。
自宅で弾くよりも、力を入れずに簡単に大音量でギターが響く。
「お、さすがアミオさん! 飲み込みが早いね」
「おだてても、もう飲み代負担しないからな!」
何度弾いても緊張してしまうが、それを悟られまいと鳴らしたギターの余韻に混じって、ミチヨに対して強がって見せる。
「ところで、さっき言ってたタイミングだか"間"を身体に叩き込むって何? スゲェ不安なんだけど……」
以前ストロークのフォームが悪いと、マキが俺の右手を柱に思い切り叩き付けたコトが頭を過る。スパルタ式は勘弁願いたいモノだ。
「あーアミオくん、4拍のタイム感が悪いから、徹底的に身体に覚えさせようと思って。頭だけ実音にして、残りは左手ミュートで3拍って感じ」
「ゴメン……マキが何言ってるかわかんないわ。左手のミュートって……アシュラマンの笑い方みたいになるヤツ?」
確か『四月の風』を練習してた時、左手の握力が限界に達して、ストロークだけを意識して弾いたアレだと思い、弦に指が触れる程度にしてピックを振り下ろす。
『カーカカッカッカカーカカッカッカカーカカッカッカカー』
前に弾いた時とリズムは違えども、活字にするとアシュラマン然としているのは変わらない。
「そうそう! それの頭だけ押さえる感じ。最初の音以外は左手を緩めて、ワンツースリーフォーの"ワン"だけ鳴らすの。4拍で弾いてみて?コードはFで、全部ダウンピッキングでイイから」
言われる通りにFを押さえてジャランと鳴らし、左手を緩めると音の伸びが途切れた。
そのまま残り3拍を『カッカッカッ』と響かない弦にピックを当てる。
「うん。それをリズムに合わせてやる! じゃあ……」
マキはスタジオ内を見回し、ゴミ箱から飛び出した、折れかけのドラムスティックを拾ってきた。
「ボクが叩く音と同じ4拍で弾いて。それに慣れたら一曲教えるから。はい、行くよ?1.2.3.4」
マキは1拍目だけ強めに、ドラムセットの縁をカツカツと4回ループで叩く。
リズムに合わせる……って言われても、前日に曲が流れてくトコに無理矢理乗っかった感じではなく、単調な拍子に合わせて弾くというのは、誤魔化しが通用せず緊張が走る。
俺は、大縄跳びで目の前をグルグルと回る縄に入れず、タイミングを見計らい続ける小学生の頃の自分を思い出した。
何とか1拍目を鳴らし、あたふたと左手を緩めて3拍を弾いているウチに、アクセントを入れた1拍目に戻ってしまっていた。
そんなに速いテンポではないのに、合わせなくてはならないという気持ちばかりがはやり、途中の4拍を丸々休んで、仕切り直すようにフレーズを弾いた。
何周目かわからないが、しばらく弾き続けるとマキの『カツカツ』が止まった。
「はい。ではアミオくん、何でリズムが悪いかわかる?」
正直、悪いコトだらけでピンポイントの回答が難しい……
「た、タイミング? ……かしら?」
「そう! アミオくんは弾き始めの初動が遅いんだよね? じゃあ今度は、同じテンポでカウント出すから、頭の実音だけ弾いて、4拍目でちっちゃくジャンプしてみて? 両足が床から離れる程度でイイから」
ジャンプ……すんの? ここで? それって曲の最後に『ジャーン!』てやるヤツみたいにするってコトだろうか?
「じゃあ行くよ? 1.2.3.4」
再びマキが、折れたスティックでドラムの縁を叩き始めたので、半信半疑でコードを鳴らす。
左手を緩めて、残響を切る必要が無くなった分余裕は出来たが、三十路のオッサンがお遊戯のようにピョンピョン跳ねるのは気恥ずかしい。
「照れないで! 4拍目を意識してジャンプする!!」
一昔前に流行った、米軍の基礎訓練をベースにしたエクササイズを思い出させる。鬼軍曹……
ギターを鳴らして2拍待ち、4拍目でジャンプすると、どうしても1拍目のストロークが遅れてしまう。
それなら、2拍待っている間にギターを弾く準備をしてみようと、止まらないカウントを聴きながら試行錯誤を繰り返すと、徐々にタイミングが合うようになってきた。
「お! イイじゃんアミオさん!! レイジの『Killing in the Name』のイントロみたい」
ミチヨがからかっているような発言をしているが、そっちに気を取られている余裕は無いのだ。
ただ、本当にこんな練習でギターが上達するんだろうか? 『ベストキッド』のラルフマッチオも、同じような気持ちでワックス掛けをして、空手が強くなったのだと信じたい。
無心で飛び跳ねながらギターを弾き続けていると、ガチャリと扉が開き、サクラが入ってきてカウントが止まった。
「サクラお疲れ! いまアミオくんのリズム矯正してたトコ。ちゃんとしたドラム叩いてもらってもイイ?」
「あー、それでか。どおりで床がドスドス言ってると思った」
そう言うなり、サクラはマキと位置を入れ替わって、セッティングを始めた。
「で、タイミング合うようになりました? マツノさん!」
「タイミングは、まぁ……最初に比べれば、合ってるようなそうでもないような」
実際、自分がどの程度ズレているのか解っていないのが現状である。
「タイミング良く弾けてないってコトは、要するに次の動作に移る準備が出来てないんですよ。モグラ叩きで、ハンマー下ろしてたらモグラに逃げられちゃうじゃないですか?だから、すぐ叩けるように上段で構えておく……みたいな」
モグラ叩きなんて最近のゲーセンに無いだろ? 勝手に脳内で『ワニワニパニック』に置き換えて、なんとなく想像して理解は出来た。
「それは途中で気付いたよ。待ってる2拍で弾く準備してみたら合うようになったから」
それで正解かどうかわからなかったが、みんなを見回すとウンウン頷いていたので、とりあえず安心した。
「……っと、準備完了です。じゃあ……カッティングはマキが補正するんで、ストローク気にせず課題曲のコードだけ弾いてみましょうか? 昨日と同じぐらいのテンポで叩きますね?」
「え! もうやるの? 急だなぁ……」
今日はスタジオ入ってお遊戯しかしてない感じがするのに、もう本番(というスタジオ練習)を想定した練習に移行するのは、やや不安であった。
「"もう"じゃないわよ? だって私達の練習時間が削られてるんですもの」
あぁ、そうでしたねエリカさん。相変わらずお厳しくていらっしゃる。
「は、はい。ではお手柔らかにお願いします」
「準備良かったら行きますね? 4拍目を意識して、ジャンプ小さめで弾いてください。1.2.3.4」
緊張のカウントがスタジオ内に響いた。
R.I.P. Eddie Van Halen




