ハリケーンズ・バム/平沢進
それは、部屋で大音量のMP3やCDを流す、という行為とは、まったくの別物だった。
音の広がり方が平面的に聴こえるコンポの音に対して、閉鎖空間であるスタジオの中で、しかも目の前で演奏される曲を聴くというのは、360°音の中に浸かっているような感覚に陥った。
ライブは何度か観ているが、この狭い部屋の中で一斉に音を出されると、また違った迫力に圧倒される。
サクラがセッティング中に叩いた音で、思わず目を瞑ってしまったドラムの音も、バンド演奏では曲調が柔らかいからか、不思議と尖った音の感じはせず、優しく安定したリズムを保っていた。
マキもミチヨも原曲と違わず弦楽器を演奏し、流石は帰国子女といった感じでエリカも流暢な英語の歌詞を歌い上げている。
ベースはドラムのリズムとギターのフレーズの隙間を、心地良いラインで縫うように走っており、間近で見ると指の動きが意外と忙しないコトに気づいた。
こんなにも太い弦を鳴らすのは、いくらアンプに繋がっているとはいえ、ギターよりも力を入れる必要がありそうな印象だ。
さらに、ギター2本は絡み合うようなフレーズを奏でていて、マキはアルペジオのような弾き方をしたかと思えば、時には左手を細々と動かして、単音に近いメロディを楽しげに弾く。
エリカは伸びのあるゆったりとした歌を歌いつつも、しっかりとコード弾きでギターを鳴らしている。
彼女達から、今まさに紡ぎ出されているのは、紛う方なくFoo FightersのBig Meであるのだが……
コレって、実際には俺がユウコさんのバンドで弾かなきゃならないんだよなぁ、などと考えていると、後奏で静かに余韻を残し、2分ちょっとの曲はあっという間に終わってしまった。
「と! いう感じなんですけど……出来そうですか?」
サクラがサラッと言ってのけたが、そんなに簡単に出来るとは到底思えない。
「出来そうか……と訊かれると困るけど、やらなきゃなんないんだよねぇ? 俺」
「当たり前じゃん! アミオくんが弾けなかったら、ボク達がわざわざ集まった意味ないんだから」
そりゃそうだけど、一人で弾き語りをするのとはワケが違いそうだ。
「私が弾いてたの、ちゃんと聴いてたかしら? アレ、今度はあなたが弾くのよ?」
エリカの一言をきっかけに向けられた、全員の視線が痛い……
「あ、そうだ! マキが昨日の夜、PV動画のURLと一緒にコード進行もメッセージで送ったんですけど、確認しました?」
昨夜のアレは、サクラの差し金だったのか。
「あ、あぁ確認済み。PVはパケット通信量が怖くなるぐらい観たし、コード進行も……あれ、何だっけ? sus4? は弾かなくてイイなら、なんとかなりそうな気がする」
「おぉ! アミオさんにしては自信ありそうな感じじゃない?」
ミチヨは本気で言っているのか、俺を小馬鹿にしているのか判断が付きづらい。
「じゃあ、1回合わせてみます?」
「えぇ! 今から? ……そんな急に言われても」
「バンド練習に入る前の初めての予備練習だよ? そんな簡単に上手く出来るワケないじゃん! これで完璧に弾かれたら、ボク本気でギター辞めたくなるよ」
まぁそれもそうか。マキが何年も練習してきたコトを、始めて数ヶ月の初心者が弾けるハズなど無い。
「そうですよ! テンポ落とすんで、変に気負わず楽しんでやればイイですから」
果たして俺に、楽しめるだけの余裕は生まれるだろうか?
「あぁ、んじゃ……やってみるよ」
始める前から既に手汗がびっしょりだったが、エリカからギターを受け取る時に、気付かれないようコッソリとシャツの裾で拭った。
考えてみたら、この曲って一度も弾いたコトないんだった……普通なら、一人でアンプに通さず自宅練習を重ねてからスタジオに入るモノだろう。
しかし、やると言った以上はどんなに不出来であろうと、最後まで弾ききるしかないと腹を括った。
「準備出来ました? じゃあアタマのカウントは8つにしますから、よく聴いて入ってきてくださいね? マキがガイドになるんで、迷ったらそっちに合わせる感じで」
『1.2.3.4.1.2.3.4』
容赦なくカウントが始まり、俺の鼓動はサクラが落としてくれたテンポの2倍ぐらいに加速していた。
ピックを振り下ろすと、自分の出音の大きさに再び驚いてしまい、早速イントロの入りでつまづいた。
それでもサクラはリズムを崩すコトなく、原曲よりもゆっくりと進む曲に、マキもミチヨもキッチリと弦楽器を乗せている。
別バージョンのアレンジと言われれば、十分通用しそうなほど、テンポが変わっても自信に満ち溢れたようにエリカが歌う。
俺はといえば、彼女達の演奏にノイズを走らせるだけで、はっきり言って邪魔以外の何者でもない。
それでも、出来るだけコードチェンジのタイミングを合わせ、拙いダウンストロークで頭の音だけを奏でて、楽曲を壊さないよう必死でついてゆく。
後半のサビで、徐々にズレが修正されてきたので、最後の繰り返しでやっと『一緒に演奏している』という感覚が掴めたような気がする。
……が、やはりあっという間に曲が終わってしまった。
「……マツノさんどうでした? 初めてのバンド演奏」
「うぅ……しょっぱい試合でスミマセン」
ボロボロの演奏で力尽きた俺は、スーパーストロングマシーンこと平田淳嗣のように、サクラをはじめとした4人に謝罪するしかなかった。
「アミオくんがいうほど悪い出来じゃなかったよ?」
「ええ、そうね。そこまで歌いづらいとは感じなかったし」
「まぁ最初はこんなモンでしょ? アタシ達も、アミオさんがバンドで恥かかない程度には仕上げてあげたいと思ってるから」
不甲斐ない演奏しか出来なかった俺に対し、本来なら憎まれ口のひとつも出そうなところだが、みんながいつも以上に優しく、且つ労いの一言をミチヨの口から聞けたことに若干の感動を覚えた。
「あ、ありがとう……でも、何で俺にそこまでしてくれるの?」
俺の問い掛けに、4人はしばらく顔を見合わせると、同時に笑い出した。
「それは……あの……マツノさんの技術向上もありますけど……単純に頭数が増えると、スタジオ代のワリカンが安くなるから」
え? あぁ……そういう感じか。優しさでお付き合いしてくれてるワケじゃないのね?
「アタシ達、サクラのバイト先の厚意で営業時間外に練習させてもらってるけど、タダで使ってるワケじゃないからねー」
そこは流石に、しっかりしていらっしゃるなと感心してしまった。
あと、さっきの感動返せ。
「ってコトで、明日からもサクラのシフトが入ってる日は、ビッシビシ練習するから」
え? 俺が仕事ある日も関係無く、ほぼ毎日コレ? ……オジサン体力持つかしら。




