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みそギ!~三十路で始めるギター教室~  作者: ボラ塚鬼丸
Heart-Shaped Box編
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soba violence/Beastie Boys

「ってコトで昨日売り付けられたTシャツのせいで、職場の人とバンドやるコトになっちゃったよ……」


 俺は自宅のキッチンで大量の蕎麦を茹でながら、扇風機の前に居るミチヨとマキに話し掛けていた。


 前回の素麺バトルと同じ轍は踏まないよう対処しており、既に第一陣で茹でた蕎麦を二人が手繰っている。


 しかも、いま自分用に茹でているのは、やや値段の高い十割蕎麦なのである。


『ズゾーっ!!』


 二人が蕎麦に夢中で俺の話を聞いているかわからないが、自分の分を作り終えたら改めて相談すればイイだけの話だ。


 大量の蕎麦を、この家で一番大きなザルで湯切りすると、狭いキッチンが湯気で曇った。


「ほう。んじゃアミオさんもいよいよバンドマンとして活動するってコト?」


 ジャバジャバと水道水で蕎麦を絞めて、蕎麦猪口に自分用のめんつゆを注ぐ。


「いや、別に俺が望んでやるワケじゃないんだけどね?」


「だったら、ボクとミチヨだけじゃなくて、サクラとエリカにも相談したらイイじゃん」


 あぁ、確かにギターはサクラのモノだし、スタジオとか入るってコトは持って行かなきゃならないワケだからな。


 あれ? ギターってスピーカーだかアンプだか、そういうのに繋ぐんだよな?


 そもそもサクラのギターって繋げられるのか?


 そんなコトを考えながらザルで蕎麦を水切りして、皿に盛り付けていると、真横のドアが『ドンドン!』と鳴った。


 何の警戒心も無く施錠を外したドアを開けると、タイミング良くサクラとエリカが並んでいた。


「お、珍しい! 今日は全員お揃いじゃないか。あ、相談あるんだ……」


「あー! 重い……マツノさん、コレお願いします」


 そう言って玄関で靴を脱ぐなり、サクラから渡されたレジ袋は、発泡酒の缶がゴロゴロと入っていて指が千切れそうになる。


 小型の冷蔵庫に缶を一本一本仕舞っていると、サクラとエリカは既に部屋の奥で寛いでいるようだった。


 冷蔵庫内をパズルのように隙間無く缶を収納して、大きめのレジ袋を縛って立ち上がる……と、さっきまで水切りしていた蕎麦……無くね?


「あのさ、いまキッチンに蕎麦が……」


『ズッ! ズズッ!!』


 あぁ……喰ってるね。うん、喰ってる。サクラとエリカが第一陣の二人からリレーされた蕎麦猪口で、音を立てながら手繰ってるよね。俺の十割蕎麦。


「いや、ちょっと……それ俺の蕎麦なんだけど、聞いてる? あとあの発泡酒って、また俺に返す金で買ったんじゃないよね?」


『ズッ! ズゾッ!!』


「いや、あの……俺、いま話してるんだけど」


『ズゾッ! ズゾゾッ!』


「や、ちょ、ちょっと! もうやめてくれ!」


『ズゾッ! ズゾッ!!』


「もう、やめて……やめてくれ……蕎麦が、蕎麦が無くなっちゃう!!」


 落語の『そば清』が如く、目を離した隙に蕎麦が羽織りを着てるんじゃないかと思うほど、大量の蕎麦は女の子4人掛かりで豪快に平らげられ、俺はまた夕飯を失った。


「蕎麦も、めんつゆにラー油入れて食べると美味しいんですね! ご馳走さまでした」


 ご馳走した覚えは無いのだが、何事も無かったかのように、サクラとエリカが満足げに皿を片付け始める。


「そう言えば、何か相談あるって言ってませんでした?」


 もう、明日からは外食して帰ろうと心に誓いつつ、意識を会話に戻す。


「あー、そうね、うん。俺さ、職場の人にバンド誘われて……」


「おー! マツノさんも、いよいよバンドやるんすね!!」


 あ、勝手にやれって感じのスタンスなのね? こっちは何をどうすりゃイイかもわかってないんだが。


「まぁ望んで始めるワケじゃないんだけど……あのさ、スタジオ入ったら何すればイイの?」


 彼女達の前では、変に格好つけたり知ったかぶる必要は無いので、直球で質問を投げた。


「何すればって、普通にギター弾くに決まってるじゃん! アミオさんのやるバンドってどんなの()るの?」


「コピ……バン? って言ってたけど、曲が決まったら連絡するって」


 そう言った途端にスマートフォンのバイブレーションが鳴り、確認すると椛島優子からのメッセージだった。


『お疲れっす! 聞き忘れたんだけど、末野SVって何のギター使ってんの?』


 何のギターって、借り物のギターだよ! と、思いつつ持ち主に確認するのが良いだろうと、サクラにメッセージ内容を共有。


「これ、何て返したらイイかしら?」


「エピフォンカジノって言えばわかるんじゃない? 心配だったら写真撮って送ったらイイよ」


 あー、そういう。若いコの考え方は柔軟で良い。ケースからギターを取り出して、スマートフォンで撮影し、『こんな感じです』という一文を添えてメッセージ送信。


 体感で数秒といった間を空けて、即返信が届いた。


『お、イイじゃん! 末野SVが着てたTシャツから、ニルヴァーナの曲にしようと思ったけど、安易にコピーしちゃダメなバンドだから、

Foo Fightersの『Big me』

にしようと思います。近々スコア渡しますね♪』


「だってさ! この曲って知ってる?」


 読み上げて説明するより、見せた方が早いと思い、スマートフォンをそのままサクラに渡した。


「おお、渋い選曲っすね! 理由も好感が持てるし」


「あ、ホントだ! ねぇアミオさん、この職場の人って格好良い?」


 コイツは一体何を期待しているんだろう?


「ミチヨさん、残念ながら同僚は歳上の女性なのだよ」


「マジかー! メッセージ内容が男前なのに……んじゃとりあえず、課題曲決まったみたいだし予習しとく?」


「予習……ってどういうコト? 近々渡されるっていうスコアが楽譜なんでしょ?」


 彼女達は、偶然にも課題曲の楽譜を既に持っているっていうコトだろうか?


「まぁ……そうなんですけど、マツノさんて明日は何時頃に帰宅予定ですか?」


「明日……は、21時過ぎぐらいだと思うけど?」


「あ、ちょうど良さそう! ……職場って新宿でしたっけ? じゃあ、明日の帰りは池上の一駅手前で降りて、私達の誰かに連絡してください!」


 何か不安……だけど、ここは言う通りにするしかなさそうだ。


 明日は一駅手前の千鳥町で下車するとしよう。

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