アイドルを探せ/シルヴィ・ヴァルタン
落ち着かない……仕事はこなしているものの、朝から非常に落ち着かない。
理由はたった一つ。昨日ミチヨから購入したTシャツである。
女性にしてはやや大きめだったのか、俺にはちょうど良いサイズなのは良かったのだが、そこはかとなく女の子の香りが自分から漂っているのだ。
これで佐向亜依子から、あらぬ疑いでもかけられたらたまったモンじゃない。俺の周りには、浮わついた女性の影など無いのだ!
自分の身体であるのに、意識だけ女性の部屋に置き忘れてきているような居心地の悪さを感じながら、俺は休憩室で椅子の背もたれに、全体重を掛けて天井を仰いでいた。
「あ! それってユ◯クロ? ……じゃないよね? だって、たしか『Nevermind』のジャケットデザインて売ってなかったし」
俺を覗き込むようにして、そう言ってきたのはオペレーターの椛島優子だった。
椛島優子は、確か俺より2~3コ歳上で、勤務歴は1年ちょっとだが、姉御肌で同僚からの人望も厚い。
年齢のワリに……というと失礼だが、20代と言われればそう見えるし、その気っ風の良さから40代と言われれば、所謂『美魔女』と呼ばれるようなカテゴリーに分類されるだろう。
そんなハツラツとした美人に突然話し掛けられて、俺は必要以上にキョドっていた。
「あ、え? あ、あぁ、このTシャツっすか? なんかオフィシャルのヤツって言ってたんで、たぶんそうだと思いますけど……」
彼女は値踏みするように俺と着ているTシャツをジロジロ見ている……しかし、整った顔立ちの女性に見つめられるってのは緊張するな。
Tシャツが醸す香りと併せて、こちらも物凄く居心地が悪いが、もしかしてこのTシャツってプレミアが付いてて、オークションサイトで何万円もするヤツなんじゃないか?
「えーっと、俺のTシャツに何か……って、これ高いヤツ? なんすか?」
2,000円で買ったTシャツが、もし高値で売れたらどうしよう? なんて妄想が頭を過る。
女の子のイイ匂いがするものの、これは条件次第で即転売もあり得る。
「ん? いや、別に高くないよ? 今でもネットとかで3,000円ぐらいで買えるし……ってか、そうじゃなくて末野SVってそういう音楽聴く人?」
あぁ、バンドTシャツに食い付いた感じか。まさか弁当の横流しで稼げなくなったヤツから売り付けられた、とは言えないだろう。
「音楽? あー、まぁ聴く? 聴き始めた? ってトコっすかね」
実際は、俺の家に勝手にCDを持ち込んで来るヤツが居るから、最近は色々なバンドの曲が流れてて、自然に耳に入るようになった。が、正解。
「そうなの? イイじゃん! イイじゃん! そういう人が周りに居るの嬉しいなぁ……ちょっと今日飲み行こうよ!!」
えぇ~? スゲェ強引じゃない? この人……急に女性から飲みに誘われるとか、今まで生きてきた中で経験してなかった展開に戸惑う。
「え! 今日っすか? 今日はちょっと……エサやらなきゃならないんすよね」
俺の家に入り浸る、若い女の子相手にメシの仕度しなきゃならない、とも言いづらい。
「末野SVって何かペット飼ってるんだっけ? ってか、そういう話とか一回もしたコト無いよね?」
職場でプライベートな話なんて誰にもしたコト無ぇよ! っつーか、そんな相手が居ねぇよ!!
「ま、まぁ、そうっすね。ペットっていうか、まぁ……」
「えー? そんなコト言って、ホントは彼女とかなんじゃないの~?」
俺の私生活など一切知られていないから、ここで適当な見栄を張ったら、俺も『淫たま乱太郎』的な通り名を職場で手に入れられそうだな、などと考えつつ否定。
「彼女なんて居ないっすよ……ただ、後輩的なヤツらが部屋に住み着いてるんで……」
尾ひれが付いて職場であらぬ噂が立つのも困るし、何より心配なのは、冒頭でも申し上げた通り佐向亜依子から疑われるコトである。
チラリと腕時計を見ると、昼休みは残り20分程であり、椛島優子はゴシップを期待して目を輝かせている。
「あー……あんまり人に広めないで欲しいんすけど……」
しっかりと前置きをして、もちろん、佐向亜依子の気を引きたいがためにギターを始めた、という点を伏せながら、俺は質屋で救ったギターと、その持ち主である少女達との、ここ数ヶ月を椛島優子に話した。
「え? なにソレ……」
独身三十路男が、一回り近く歳の離れた少女達を餌付けしているっていうのは、さすがにドン引くだろうか?
「なにソレ……めっちゃドラマチックじゃん!! え? その4人だったら誰がタイプなの? みんな可愛い? 今度会いに行ってもイイ?」
いや、こっちが引くぐらい食い付いてくるじゃん! この人。
「別にそういうアレじゃないんで、可愛いかどうかって訊かれても……」
「ってコトは、末野SVってギターは弾くけど、今現在バンドには入ってないってコトだよね?」
そりゃ彼女達も、初心者丸出しのオッサンを加入させるメリットなんて無いだろうし、そもそも俺だってバンドやろうと思ってギター始めたワケじゃないから。
「まぁそんなレベルじゃないんで、バンドとかは……残念ながらやってないっすね」
「うん、ちょうど良かった! ウチのギター辞めたばっかだから、ギター、やって欲しいんだけど?」
ギターやって欲しいって……学芸会のギター役とかじゃないんだから、簡単に言われても困る。
「いやいやいや、そんなの無理っすよ! まだコード幾つか弾ける程度なんすから!!」
「大丈夫だって! あ、こう見えてもワタシ、ベーシストなんだよね? って言っても、今はライブとかやってなくて、コピバンで好きな曲演奏して、終わってから美味いビール飲むって感じだから、全然平気だってば!」
全然平気じゃないよ。だいたいバンドなんて……あの五重の塔の前でやったのは、バンドでの演奏とは呼べないだろうし。
「俺、ズブズブの初心者なんすよ。だから、メンバーの皆さんにも迷惑掛けちゃうと思うんすよね?」
恐らくスタジオ練習なのだろうが、わざわざお金を払って素人のスキルアップに付き合わせるのは申し訳なさ過ぎる。
「初心者大歓迎だって! これまで何人か入ってくれたギターのコは、そこそこ弾けたんだけど、変に個性出そうとしてたからか、メンバーと合わなくてね……むしろ末野SVという真っ白なキャンバスをワタシ色に染めたい! って感じ」
なんか怖ぇよ……ワタシ色って何色だよ……何色いんこだよ。
「あ、ウチのメンバーって結構ベテラン揃いなんだよ! ワタシの古い知り合いなんだけどねー。でも……やっぱ末野SV的には、ワタシみたいなオバチャンよりも、若いコの方が……イイ?」
上目遣いやめて! っつーか俺、ここ最近で女難の相でも出てるんだろうか?
「全然オバチャンじゃないっすけどね? 別に若いコと一緒だからギター弾いてるワケでもないですし……」
女性の扱いってホント困る。
「じゃあワタシのバンドでもイイじゃん! ずっと探してるんだよぅ……お願い!!」
休憩室で俺を拝まないでくれ……変な噂が立ってもイヤなんだよ。
「あー、んじゃ……まぁ。でも期待しないでくださいよ? ホントに初心者なんで」
「やったー!! ありがとう♪ じゃあ、何の曲にするか決まったら教えるから、連絡先教えといて?」
よく考えたら、職場で連絡先交換するの初めてじゃないか?俺。
はぁ……ミチヨに売り付けられたTシャツのお陰で、俺はバンドに加入するハメになってしまったようだ。




