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みそギ!~三十路で始めるギター教室~  作者: ボラ塚鬼丸
Heart-Shaped Box編
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Tシャツに口紅/RATS & STAR

「いやぁ~やっぱ人徳ってヤツなのかね? 今日さ、職場の若いヤツから恋愛相談されちゃったよ」


 俺は自宅のキッチンで大量の素麺を茹でながら、部屋の扇風機前から動こうとしないミチヨとマキに話し掛けていた。


 ミチヨの弁当屋が、夏場の食中毒防止により持ち帰りを制限しており、ここ最近は自炊を余儀なくされているのだ。


「へぇー、アミオくんに恋愛の相談するなんて、その人よっぽど切羽詰まってたの?」


 素麺が茹で上がる2~3分の間に、浅葱と茗荷を刻んで小鉢に移しつつ、マキの皮肉をひらりとかわして大人の余裕を見せる。


「まぁ、切羽詰まってたっていうより、頼られてるんだろうね?俺、大人だから」


 大量の素麺を、この家で一番大きなザルで湯切りすると、狭いキッチンが湯気で曇った。


「いやいやいや、アミオさん……大人ってのは、経験則でアドバイス出来る人のコトを言うんだからね?」


 ジャバジャバと水道水で素麺を絞めて、100円ショップで購入した蕎麦猪口にめんつゆを3等分。


 最近のお気に入りは、薬味よりもラー油で素麺を喰うコトだ。


 人の家だというコトすら忘れ、窓型の古い冷房と扇風機の前の二人に、箸や薬味の入った小鉢を取りに来させる。


「あのね、お嬢さん。こう見えても俺、職場では面倒見が良くなったって評判なのだよ」


『ズッ! ズズッ!!』


 既に俺の話など耳に入っていないのか、マキとミチヨは音をたてて素麺を啜っている。


 六畳間の床にクロスを敷いて、中東の国のような食事を摂りながら、俺が如何に職場で人望を集めているか、という話をコンコンと伝え続けていた。


「ちょっと……聞いてる?」


『ズッ! ズゾッ!!』


「いや、あの……俺、いま話してるんだけど」


『ズゾッ! ズゾゾッ!』


「や、ちょ、ちょっと! もうやめてくれ!」


『ズゾッ! ズゾッ!!』


「もう、やめて……やめてくれ……素麺が、素麺が無くなっちゃう!!」


 映画『カリオストロの城』で、パスタを奪い合うルパンと次元が如く、広げられた素麺が一瞬にして女性二人の胃袋に吸い込まれてゆく様は、ある種の感動を覚えたものの、自分の食いぶちを失う恐怖によって、それは瞬く間に掻き消された。


「ズズー! ……はぁ、お腹いっぱい。んで、何の話だっけ?」


 腹を満たしたミチヨが、何事も無かったかのように意識を会話に戻した。明日からは素麺を個別に茹でようと、心に誓った瞬間だった。


「いや、だから恋愛相談を受けるぐらい人望が厚いって話を……っつーか素麺無くなってるじゃねぇか!!」


「えー? だってアミオくんがつまんない話してるから、ボク達は食べるしかなかったんだよ。んで、どんな恋愛相談だったの?」


 つまらない話、と、面と向かって言ってくる辺りの潔さ……まぁ彼女達にとっては、知らないヤツの恋愛話など興味無いだろう。


「まぁ、どんなって言われると、タダの職場恋愛なんだけどさ……そのコとの仲を取り持って欲しいっていう相談だったよ」


「アハハ! アミオさんに仲を取り持ってもらうとか無いわぁ。見るからに恋愛奥手なのに!!」


 一日に二度! しかも異なるカテゴリーの人間から、見るからに恋愛奥手とか言われてるよ俺。


「……確かに、色恋沙汰とは無縁の青春を送ってきてるけど……きてるけれども! この30年生きてきた俺を頼って……頼ってくれたコトをだね」


「あーはいはい。アミオさんは立派ですコト! でも、そういうのは百戦錬磨のアタシみたいな人に訊くべきだね、その相談者は」


 それも一理ある。オオノが残念なコってのもあるが。


「ちなみにアタシ、こう見えても中学の頃は

『北関東の淫たま乱太郎』

って呼ばれてたんだよ?」


「いやそれ悪口だろ? どう考えても」


 ミチヨはハッとした表情で、初めて知ったという様子だった。


「はぁ……ボクが今まで気遣って言わなかったコトなのに、サラっと致命傷負わせるのヤメてくれないかなぁ?」


「だって、よくわからないマウント取って来ようとするから……そもそもそんな呼ばれ方するか? 普通」


 ビッチ的なネーミングセンスもアレだけど、一体どんな言動をしたらそんなヤバい通り名が付けられるんだろうか?


「マウントっていうか、まぁ簡単に言うと見栄を張った結果なんだよね……中学生の頃に放課後トークで。実際のところミチヨの恋愛経験っつったって、アミオくんと大して変わんないから」


 うわぁ……気の毒で、しばらくミチヨのコトまともに見れないわ。


「ま、まぁ恋愛にうつつを抜かすヒマがあったら、しっかり仕事しろってアドバイスして終わったんだけどね?」


「……うぅ、ヒドい……アミオさんに馬鹿にされた」


 いや、勝手に自爆しただけじゃねぇか……コレなだめるの俺か?


「あ、いや、そういうつもりじゃなかったんだけど……やっぱ俺が悪いの?コレ」


 ミチヨが背を向けているので、マキに助けを求めるが、無言で頷くだけである。


「うぅぅ……アミオさん……って……ん、……えん」


 ミチヨが何か小声で言っているが、聞き取れない。


「え? なに? 俺に出来るコトなら言ってくれよ……」


 女の子は何が地雷で傷付くかわからん。機嫌を取るのはいつも男の方なのだろうか?


「……んえん……で……って……」


「んもぅ……ちゃんと言ってよ!」


「Tシャツ……2,000円で……買って?」


 は? Tシャツ? 何でそういう話になるんだ?


「Tシャツを2,000円で、俺に買えってコト? いや……いま、それ関係無くないか?」


 場の雰囲気により、強めに言えず困っていると、そんな俺のコトはお構い無しにミチヨはトートバッグからTシャツを取り出した。


 普段は大量の弁当が入っているトートバッグだが、Tシャツを取り出しただけで力無く床に萎れてしまっている。


「2,000……円……」


 怖ぇ……か細く現金を徴収しようとする様は、まるで取れたて新鮮なカエルの目玉を勧めてくる鬼太郎の母親のようだった。


「いや、怖ぇよ! だいたい何のTシャツだよ」


 俺の足元にそっと差し出された、ややくたびれ気味の白いTシャツを広げると、水中で紙幣に釣られる赤子のプリントが施されていた。


「ニルバーナ。弁当売れなくなって経済的にキツくて」


 俺らに転売してた弁当で上がり出してんじゃねぇよ! 仕入れ幾らなんだよ。


 あと、ミチヨは金が絡んだデザインのTシャツ多いな。


「とりあえずコレを、2,000円で、俺に買えと」


「それオフィシャルのヤツだから、最近ファストファッションブランドで売ってた量産型とは違うから……」


 そういう問題じゃないんだけどなぁ。女の子から直接古着買うって、スゲェ抵抗あるし……昔流行ったブルセラショップ的な要素が含まれてるのか訊きたかったが、淫たま乱太郎の件があったので止めておいた。


「夏場は何枚あっても困らないけど、正直、白いTシャツってあんまり着ないんだけどなぁ……」


「着て、明日。仕事に着て行って!」


 面倒臭ぇ……メンヘラの彼女かよ! Tシャツに似合うも似合わないも無いから、着ろと言われれば着られるけど。


「えぇ~コレ着るの? 俺」


「うん。だから2,000円」


 断る余地無しか……仕方なく財布から千円札を二枚取り出して、渋々ミチヨに手渡す。


「はい毎度ぉ~! まぁアミオさんもギター弾くんだから、バンドTの一枚ぐらい持ってないとね」


 現金を手にすると、ミチヨは途端に平常運転に戻った。



 この時、俺が2,000円を出し渋っていれば、Tシャツを起点にして職場で巻き起こる騒動を回避出来たんだがなぁ……

飯テロっぽい話を書こうと思ったんすけど、女の子が素麺喰っただけでした。


っつーか淫たま乱太郎って何だよ……

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