欠けボタンの浜/HUSKING BEE
曲の終わりで、イントロと同じDのコードが風に巻き上げられると、再び辺りには静寂が戻り、静かに涙を流すクレアのすすり泣く声を浮き彫りにした。
舞い上がった風を追いかけて、しばらく何も無い空を見上げていたが、俺達を包み込むような空気が解けると、アキが後ろからクレアを抱き締める。
「スエ……凄かったね! ……パパみたいで格好良かったね!!」
アキは美人が台無しになるぐらいグシャグシャに泣きながら、クレアを振り向かせて、優しく微笑みかけた。
「うん……でも、パパ……もうあえないの? くぅね、パパが……パパがオバケになってもイイからあいたいよ……」
改めて父親の死を受け入れたクレアから、辛い現実を突きつけられてアキの顔が歪む。
「うん……クレアは寂しい? ママもね……凄く…………寂しいんだよ………………だからさ……パパのコト、絶対に……絶対に忘れないであげてね?」
言葉に詰まりながら、アキはまるで自分にでも言い聞かせるように、クレアを励ました。
「……うん。くぅもね……パパがいなくて、すごくさびしいよ…………だから、たのしかったコトとか……うれしかったコトとか………いっぱい、いっぱいわすれないよ………」
声にならない返事をするアキを、今度はクレアが抱き締めて、二人は大声を出して泣いた。
「くぅね……さびしいけど……がんばる。だから……だからママもげんきだして?」
「……そうだよね。泣いてたら、パパ心配しちゃうモンね」
残された母娘が健気に支え合いながら、生きる決意をするという姿は、中年予備軍の俺の目には感動的に映った。
「はぁーあ、スエのせいでマジ、チョー泣いたんだけど。ムカついたから、あとで参道の出店でビール奢ってよね!」
「は? なんでそうなるんだよ!」
ひとしきり涙を流してスッキリとした表情のアキが、手のひら返しで悪態をついた。
数秒前の俺の感動を返しやがれ!
「でも……ありがとう! お陰でアタシも、あの人と……ちゃんとお別れ出来た気がする」
涙目で強がった後、突然の笑顔で素直にお礼とか……もうさぁ、そういうツンデレやめてくれないかしら?
ホヤホヤの未亡人に恋心とか抱きたくないんだけど……
「お……おう。まぁ? ……俺に? 出来るコトなんてそんなに無いけど……」
急に照れ臭くなって、全力のバタフライでガンガン目を泳がせながら、気持ち悪い返事を返すのが精一杯である。
「良かったね? パパ。スエは……やっぱヒーローだったよ」
アキはとっくにイマイへの報告に移行しており、幸いにも気味悪い返しは届いていなかったが、まだ俺をヒーローなどとおだてているコトに対しては、正直なところ申し訳なさしか無かった。
ふと我に返って、本番を前にワンステージこなしているコトに気付くと、肩から下げているギターが急に重く感じた。
大それたコトをしてしまった感はあるが、ここでの役目を終えたギターをケースに仕舞う。
「マツノさん……ギター、上手くなりましたね? お二人が同級生だったコトにも驚きましたけど、弾き方がサチオさんみたいでビックリしました!」
しゃがんでギターケースを閉じていると、背後からサクラが話し掛けてきた。
「いや……たまたま上手く弾けた感じ。あと、アイツがバンドやってたなんて1ミリも知らなかったよ。そんなに人気あったの?」
「人気? ありましたよ! 私みたいな中学生からバンドマンまで、ライブは毎回お客さんがパンっパンに入るぐらいだったし、ホントに格好良かったんですから!! パンクっぽい曲も多くて……特にギターのサチオさんがヴォーカルの曲なんて、もうエモ過ぎて思い出しただけで鼻血出そうですよ!」
テンションが上がったサクラの目が完全にイっちゃっており、明らかに面倒臭そうだったので、深掘りしないでおこうと瞬時に判断したのだが、俺の知らないイマイを、このコは知ってるんだよなぁと思うと、悔しいような寂しいような気がした。
もしあの日、ボタンを掛け違えるコトが無かったら、俺にもう少しだけ勇気があったら、信頼していた友人達に寄り添うコトが出来ていたら……
間違いだらけの長い時間を悔やんでも、15年という月日はあまりに長く、たとえ何かを成し得たとしても、何者にもなれなかった俺のような人間に対しても、すべてにとって平等であると同時に、残酷で無慈悲で、もう取り戻すコトが出来ない儚いモノなのだと、改めて痛感させられた。
そんな中、交わるコトの無かった俺達を、唯一繋げてくれたのがギターっていうのも不思議だ。
イマイに影響されてバンドを始めたサクラが、偶然俺と出会ってギターを教えてくれているコトと、サクラの誘いで出演するハメになったイベントをきっかけに、15年振りの友人と再会して……お別れが出来たのは、奇跡としか言い様がない。
俺もこの先ギターを弾き続けたら、イマイが見ていた景色が見えるのかなぁ?
生きてりゃそんな話が出来たかもしれないのにさ、
お前……なに死んでんだよ……
あんなに格好良かったのに、こんなに可愛い嫁と娘も居るのに……死んでんじゃねぇよ!
会ってなかった15年なんて無視して、三十路でギター始めた俺のコト、からかったりしろよ!
俺だってさぁ……寂しいよ……
「チェー……だいじょうぶ?」
クレアに声を掛けられて、自分がボロボロと涙を流しているコトに気が付いた。
アキやクレア以上に現実味の無かったイマイの死を、俺もやっと心の底から受け入れられたのだろう。
「うん……ありがとう。もう大丈夫だよ。俺もクレアちゃんのパパにお別れしてたんだ……あ、そうだ、今度さ、クレアちゃんのパパのお話聞かせてくれないかな?」
クレアにお前を忘れさせないように、いや、俺がお前のコトをもっと思い出せるように、いつまでも語り継いでいくよ。
「イイよ! あのね、パパね、ちょーかっこよかったんだよ!!」
いつまでも泣いてたって仕方ないよな? みんな笑顔でお前のコト、ずっと話しててやるからさ。




