風に吹かれて/エレファントカシマシ
「うん、ヒッ……ヒッ……おうた……ヒッ……うたう……」
直前まで大声で泣きじゃくっていたクレアは、必死に呼吸を整えながら何度も頷き、絞り出すように言葉を返す。
火が点いたように泣いていたハズの娘が、急に泣き止んだコトに驚いた様子のアキも、クレアの意識を確かめつつ、足からゆっくりと彼女を地面に降ろした。
「ゴメンね……クレアちゃんのためにパパがいつも歌ってくれてた歌……盗ったみたいでイヤだったよね? ……もう平気? 一緒に歌える?」
涙を堪え、口を真一文字にして歯を食い縛るクレアの頭を撫でながら、慎重に選んだ言葉で慰める。
……しかし、初めて弾き語りをした時もそうだったと思うが、歌い始めると必ず誰かに止められるのはどういうワケなんだ?
……って、そんなトコも含めて、きっとお前はどっかで笑って見てるんだろ?
まるでイマイがすぐ近くにでも居るような錯覚に陥りながら、再びピックの握りを確認して、無言で墓石に向かった。
仕切り直して大きく息を吐くと、上手く歌おうとか、間違えないように弾こうという緊張は消え、俺は不思議なほど落ち着いていた。
……が、ネックを握っていざ弾こうとするものの、さっき弾いた時には感じなかった違和感を覚えた。
メンタルは安定してるのに、ストラップの長さとギターの位置が不安定で、ムチャクチャ気持ちが悪い。
毎日練習してたのに気付かなかったのか? ってぐらいギターの位置が高く、見てないウチに知らないヤツがセッティングし直したのかと疑うほどだった。
様子を見ながら、少しずつストラップを伸ばしてはギターを構え、しっくりくる所を探っていくウチに、ボディのスイッチ部分が膝の近くまで垂れ下がる。
自分でもワケが解らなかったが、ギターが垂直になるぐらいネックを身体に近付けると、ビックリするほど左手がしっくりくるポジションがあった。
また普段は肩幅ぐらいで足を開くのだが、ギターが低すぎるせいか、身体を近付けようとして、メジャーリーガーの如くスタンスを広げると、こちらも右手が呼び込まれるようにピンポイントで位置が定まる。
フレットを押さえてピックを振り下ろす……というより、ネックの付け根と交差するようにストロークすると、Dのコードが鳴った瞬間、ザワザワと木立を揺らしていた風が止んだ。
それはまるで、さっきまで弾いていたモノとは違う楽器かのような、このギターはこう鳴るんだ、と言わんばかりにキレイな音色だった。
コード進行を頭で考えなくても、次の展開に指が吸い寄せられるような感覚のまま、曲は不安なくイントロを通過してゆく。
胸いっぱいの空気を吐き出しながら、物語でも読み聞かせるような気持ちで目の前のクレアに向けて歌うと、彼女の口元も小さく同じ動きをしていた。
練習では一度も上手くいかず、あわよくば端折って誤魔化そうとしていたコードチェンジも、難なく遣り過ごしてAメロを二回繰り返す。
Bメロで、雰囲気を壊さないように優しくストロークをすると、弦にピックが引っ掛かり、偶然鳴ってしまったアルペジオと歌が、ガッチリと歯車のように組合わさって、サビに向けて盛り上がっていった。
イマイが、愛する人に捧げ続けるハズだったこの歌が、俺というフィルターを通して、100分の1でもイイから二人に伝わりますように……
そんな祈りにも似た気持ちでサビを歌い切ると、間奏のギターコードに合わせて、クレアの髪を解かすように優しく風が吹いた。
このまま間奏が明けると、Bメロが一回とサビの二回だけを残して、曲はエンディングに入る。
イマイと会えないというコトは理解しているのに、これを歌い切ってしまったら……この曲が終わってしまったら……本当に、アイツとはお別れなのだという寂しさが襲ってきた。
両手はギターで塞がっており、実際には何も掴めはしないのだが、歌い続けている間は、確かにイマイの手を握り締めている気がしたんだ。
クレアも、俺と同じ様に辛い別れを察したのか、足元にある石畳の色が変わるほど、歌いながら大粒の涙をボロボロと溢していた。
「パパ……」
歌が終わり、ギターが後奏に入った時、クレアが我慢し切れずに声を洩らす。
掴んでいると信じていたイマイの手が、指の隙間からするりと流れ落ちるようにして、イマイと繋がっていられた時間が終わりを迎える。
曲の途中から優しく吹いていた風が、いつまでも名残惜しそうにクレアの髪を揺らしていた。




