喪に服すとき/ハンバートハンバート
「もしかして……それ、SSのTシャツじゃない? うわぁ懐かしい!!」
アキはサクラに目が留まったというより、サクラが着ているTシャツが気になっていたようだ。
「あ、え…エスエス? って、Silent Summer……知ってるんですか? 私、中学生の頃によくライブ行ってたんですよ!!」
「知ってるっていうか、アタシ旦那に無理矢理物販とか手伝わさせられてたから!」
アキが物販を手伝ってたってコトは、イマイがやってたのがSilent Summerというバンドなのだろうか?
「そうだったんですか! 私、SSに憧れてバンドやろうと思ったんですよ。ホント、人生変えられるぐらい衝撃的でした!! 再結成とかしないんですか?」
俺が彼女達に影響されてギターを始めたように、彼女もまた、イマイに影響を受けてバンドを始めたという、数奇な運命の輪の中に居るコトが、不思議でたまらなかった。
「うん……再結成したくても、もう本人が居ないから……ね? 活動休止した理由も、クレアがお腹の中に居たからだし……」
サクラの生き方を変えるぐらいだから、それなりに人気もあっただろうが、イマイは生まれてくる娘の為に音楽の道を捨てたってコトか……
「え! じゃあサクラの憧れの人って、くぅちゃんパパのバンドのギターってコト? ……確かソレと同じモデルのギター使ってたんじゃなかったっけ?」
ミチヨがこちらを指差してそう言うと、一同の視線が俺の抱えるギターケースに集中しているのがわかった。
「そうなの? ……スエ、ギター出してみてよ」
俺のギターではないが、何だかこの場でみんなに見られるのが気恥ずかしかった。
「……イイけど、いま俺に弾けとか言わないでよ?」
出来るだけ汚れないように、墓地の片隅でケースを横にして、慎重に真っ赤なボディのギターを取り出す。
「わー! ホントだ!! これって330?」
何の暗号か解らなかったが、俺が手にしたギターを見て、アキがテンション高めに訊ねてきた。
「……あ、いや、Gibsonは高くて手が出なかったんで……お年玉全部注ぎ込んで買ったエピフォンです」
サクラが申し訳なさそうにそう言ったのだが、俺には何のコトだかさっぱりだった。
「でもスゴい! カラーリングとかソックリじゃん!! ……じゃあ、ウチのパパに影響されたんだ? ウフフ……何か嬉しいなぁ」
アキは我がコトのように喜んで、墓石に視線を落とす。
「え! ……ってコトは、サチオさん亡くなられたんですか?」
サクラが驚いて声を上げると、アキは無言でコクリと頷いた。
「……ねぇスエ? やっぱ今ギター弾いてよ。せっかくこんな運命的な出会い方したんだから、パパにも聴いて欲しい……」
え! 俺なの? この流れだったらサクラじゃないの?
「いや、さっきの俺の話聞いてた? 急なムチャ振りやめてよ……」
大型の魚類の尻尾を、片手で持ち上げるような格好でギターを持ったまま周囲を見回すと、完全に逃れられない空気が漂っていた。
「それパパのギターなの? チェーがおうたうたうの?」
卑怯じゃないか? 子どもにそういうコト言わせるの。
「はぁぁ……先に言っとくけど、俺まだギター始めて4ヶ月ぐらいだからね? ヘタクソでも文句言わないでよ?」
諦めの言葉が口をついて出て、溜め息とともにストラップを肩に掛ける。
「……イマイも笑うなよ!」
墓石に向かってそう言うと、改めて深呼吸してから、エレファントカシマシ『四月の風』の、一発目のコードであるDのフレットに左手の指を乗せる。
右手でピックを握り直し、力強くストロークを始めると、静まり返った墓地にギターの音が鳴り響いた。
二人が付き合い始めたあの日、イマイがこの歌を熱唱していたコトを、アキは覚えているだろうか?
そんなコトを考えながら、何度も反復練習をしたイントロのDとGの繰り返しは、順調に進んでいった。
そして初めて見た時から不安でたまらなかったadd9とsus4も、ぎこちなくはあるが、中指と小指の動きを何とか駆使して弾けるようになっていた。
……が、歌に入ったら脳の神経伝達物質の指示系統が乱れるので、母音だけで押し通すつもりである。
再びコードはDに戻り、声が裏返らないよう慎重に歌い出すと、一節終わるか終わらないかぐらいで、右足の太もも辺りに強い衝撃を受けた。
「ダメだよ!! パパが……パパがいつも、くぅにうたってくれてたおうた!! ……うたわないで!!」
足元では、何度も両手で力一杯俺を押して、クレアが歌うコトを妨害していた。
「ヤダよ……かえってきてよ! パパ!! ………おねがい……パパぁぁぁぁぁ!!!」
ギターの音は完全に止まり、代わりに景色が歪むぐらいの勢いで、クレアの泣き声が静寂に響き渡った。
時に駄々をこねるように俺を叩いたり、全体重を掛けて押し出そうとし続けている半狂乱に近いクレアを、どうしたら良いかわからずしばらく放っておいたが、見るに見かねてアキが抱き抱え上げた。
「……スエ、なんかゴメン! こっちからお願いしたのに、このままじゃ無理っぽいわ……落ち着いたらまた改めて……」
抱えられてもなお、泣き叫びながら暴れ続けるクレアをなだめつつ、アキはその場を離れる準備をしていた。
クレアが父親の死を受け入れられないコトが、こんなカタチで解決してしまったのも心配だが、果たしてこのまま二人を帰してしまっても良いのだろうか?
「パパ……ヤだヤだ!! パパにあわせて!!」
イマイ……お前ならこんな時、どうしたらイイと思う? 冷たく光る墓石に目を向ける。
夕暮れ時の静けさを打ち破るクレアの絶叫は続き、俺はその光景を前にして、立ち尽くす以外の術が見つからなかった。
『大丈夫……』
誰かにそう言われた気がした瞬間、風が強く吹いた。
肩から下げていたギターが煽られて、俺は2歩3歩と前によろけ、咄嗟にクレアが伸ばした手を右手で握ってしまった。
そしてその時、何故だかそうするコトが当然であるかのように、人差し指を立ててクレアの口元に当てた。
「しー……うん。大丈夫……じゃあ……一緒に歌ってくれる?」
自分でも驚いたが、誰かに言わされた感覚はあるものの、その一言でクレアがピタリと泣き止んだ。




