CARTOON HEROES/AQUA
「きゅーじゅー……ご! ……きゅーじゅー……ろく!!」
やや息を切らせながら、クレアと手を繋いだアキが階段を上り切った。
初めて弾き語りをして以来久々にここまで来たが、やはりギターを担いで階段を上るのは、運動不足の三十路には厳しいモノがある。
アキとクレアを目で追うと、大堂の方へ進むと思っていた二人の後ろ姿は、アントニオ猪木がモデルでお馴染みの仁王像には向かわず、手前で右に曲がってしまった。
茶屋にでも行くのなら、わざわざ上まで来なくても良かったハズだが……どうやらそうでもないらしい。
ひょっとして、イマイも仏門に入ったのか? と思って、つい『ファンシィダンス』の本木雅弘を思い出してしまった。
イノベと揃って男前が二人も僧侶になっているなんて、それはそれで需要ありそうだなどと考えながら、ニヤけつつ後を追う。
「さ、着いたよー。パパにご挨拶して?」
少し先を歩くアキが、クレアにそう言ったのが聞こえたのだが、当のイマイの姿が見当たらない。
そりゃそうだよな……やっぱりこっち側に歩きながら、違和感に気付いてはいたけど……自分の理解力にどこかで蓋をしていたのだ。
二人が立ち止まった敷地には、艶々とした真新しい墓石がそびえており中央には『今井家之墓』と刻まれていた。
「この前スエに会った時が百箇日法要の後ぐらいだったから、ちょうど4ヶ月ぐらい前かな? ……交通事故だったんだけどね。もうホント……アタシもこの子も、つくづく父親に縁がないっていうか……」
力なく笑うアキの顔を直視しづらいので、ただ墓石をまじまじと見つめる。
脳内の情報処理がまったく追い付いていないが、どう考えても冗談の類いではなさそうである。
「ってか、アタシとクレアの目の前でだよ? 信じられる? 国道沿いで、走って転んで車道に落ちたクレア庇ってそのまま………しかも命日バレンタインデーとか、マジでこれから毎年キッツイわ……」
アキはまるで他人事のように早口で捲し立てる……が、しばし状況を飲み込めないまま何度も墓石の文字を読み返す。
っつーか、バレンタインデーが命日って俺の誕生日の翌日じゃないか。
「……そうだったのか……まったく知らなくてゴメン……そっか、うん。そうだよな。自分の愛娘のピンチだもんな……躊躇なく助けるだろ? イマイってヒーローみたいなヤツだったし……うん」
俺の知っているイマイは、ホントに戦隊モノのリーダーみたいなヤツだったから。
急な話で受け止めきれないが、口にするコトで、イマイの死が徐々に現実味を帯びてきた。
ショックが余波のように効いてきて、俯いたままで居る俺の肩に、イノベがそっと手を置く。
「まぁ……愛っていうのは、躊躇わないコトだからな」
「……イノベ……うん……お前さ……イイ話してる風だけど、それギャバンの主題歌だから! マジで、今じゃねぇから!」
思わず肩に置かれたイノベの手を振りほどき、墓前であるにも関わらず大声を張り上げてしまった。
「あ……いや、なんて言うか、俺こういう空気が苦手っていうか……」
「寺の住職が粛々とした空気に耐えられないとか……お前それ致命的だろ? そばアレルギーの蕎麦屋かよ!」
友人が亡くなったってのに、緊張感の無いヤツだ……同級生とはいえ遺族の前だぞ?
でも、正直どこかホッとしたのも事実ではある。
「プッ……アハハハハ!! 馬鹿じゃん!! アンタ達が一緒に居るの久々に見たけど、全っ然変わってなくてマジでウケる!」
……と、まぁ、その遺族が笑ってるならイイけど。
「あ、そうそう、ヒーローって言えば、パパ……じゃないや、イマイもスエのコトずっとヒーローだって言ってたよ?」
「そうだよ? チェーはパパのヒーローなんだよ?」
アキに続いて、クレアまでもが俺をヒーローだと持ち上げる。
「は? ……俺が?」
イジられキャラだった俺は、中学三年で引きこもって以来、イマイと会うコトも無かったワケだが……
「あの人、自分が正義の味方みたいなキャラだったじゃない? でもさ、人生で初めて誰かに……スエに救われたんだって! 自覚無いの?」
自覚って……あるワケ無いだろう? 俺はイマイに美味しく弄られてただけだし、そもそも中三の後半から学校なんて行ってないし……
「あー、アレだろ? 球技大会の。俺も何回も聞かされたよ」
イノベがカットインしてきたが、球技大会……って、ズタズタのジャージで拡声器使ってイマイに人前で歌わせたアレか?
「あんなので何が救われるってんだよ……俺が一人で自棄になって、ムチャ振りして、学年全体の前でイマイに歌わせただけだろ?」
「それが本人にとっては大事件だったみたいよ? 疑い晴らしてくれたっていっつも嬉しそうに話してたから。
『いつかスエに会った時、恥ずかしくないような自分で居たい』
って、こっちが恥ずかしくなるようなコトも言ってたし」
買い被り過ぎ……というか、何の勘違いなんだろう? どれだけ俺を美化して……いや、美化どころか神格化しているじゃないか。
もしも生前、こんな状態の俺に会ってしまったとしたら、イマイからは幻滅されていただろうか?
俺がヒーローなんかじゃないと解っていたら、イマイは躊躇なく娘に手を差し伸べていただろうか?
どちらにせよ、何年も顔を合わせていないような、こんな俺のコトを考えてくれていた唯一とも言えるようなヤツが、今は墓の下に居るという現実が重くのし掛かってきた。
「イマイ……俺、お前に胸張れるような生き方なんてしてねぇよ……人間関係が怖くて、人との付き合い避けてただけの臆病者だぜ?」
会わなくなってからの俺の15年なんて、そんな一言で片付いてしまうぐらい何も無いのだ。
そんな何も無い俺のコトを、英雄扱いで娘にも話してたなんて……
悔しさと情けなさで涙も出ないが、ただただ喪失感だけが胸に空いた穴を吹き抜けているようだった。




