A Lot To Learn/Biohazard
『ゲソペソガソガソペスペス……』
久々にペソってるなぁ……
そんなギター用語無いんだろうけど。
俺は数週間振りに、ギターケースからエピフォンカジノを取り出し、スマートフォンアプリでチューニングして、知っている限りのコードを掻き鳴らした。
選択した二曲の内、Bmが押さえられれば何とかなりそうな『四月の風』を優先的に練習するコトにしたのだが、一度覚えたハズのローコードでさえ鳴りがよろしくない。
以前弾いたボブディランの曲を数回、通しで弾いて感覚を取り戻す。
今回はバレーコードの左手が難しいという点もあるが、右手のストロークに関しても、所謂『弾き語りっぽい』感じのピッキングなので、思いの外苦戦しているのである。
マキからは、コードを押さえる左手の握力が低下したら、ミュート (響かない程度で弦に触れる)でストロークの練習をするように言われていた。
ピッキングのダウンとアップの順番、というかリズムは、感覚で覚えろってコトなんだけど、そもそもそんな感覚なんて持ち合わせていない。
左手の握力が限界に達したので、曲に合わせたストロークの練習に切り替える。
『カーカッカカッカカッカッカッカーカッカカッカカッカッカッ』
『四月の風』でDのadd9とsus4が交互に繰り返されるイントロ部分を弾いているのだが、活字にすると完全にアシュラマンが笑っているようにしか見えない。
ピックが弦に引っ掛かるコトも減ってきたので、右手だけは何とか一曲通して弾けそうな雰囲気になってきた。
押さえる場所は覚えたし、あとは流れるようなコードチェンジが出来れば、演奏の方は問題無いだろう。
ただ、それを歌いながらのマルチタスクで行うってのが、なかなかに困難なのである。
バンドをやるって話になった時、仲間内でヴォーカル志望者が殺到する、というのはこういうコトかと、妙に納得しながら左手の握力の回復を待つ。
しばらく左手のグーパーを繰り返し、前腕の筋に違和感が無くなったところでオリジナル音源を再生。
曲に合わせてギターだけを弾く練習に移行した。
原曲が、弾けていない部分を補完してくれているので、自分の耳には出来ている感じで聴こえている。
これを続けていると、意外にも自信に繋がるので侮れないのだと、マキが言っていた。
必要なのは、間違えても堂々と演奏して歌うコトなのだそうだ。
たとえトチらず無難に出来たとしても、オドオドしていると、それだけで聴き手からはヘタクソ認定されてしまうのだとか。(諸説あります)
残り二週間を切った今は、形振り構わず通しで弾き語るコトを目指す。
友人達が15年間の日常を続けてきた努力に比べれば、この二週間など取るに足らないモノかもしれないが、俺が尊敬し、憧れすら抱いていたイマイに恥ずかしい姿は見せられない。
諦めそうになる度に、そんなコトを考えながら指先がボロボロになるまで練習を続け、ついに当日を迎えたのだ。
サクラから、イベントの日は有給休暇を使ってでも休みにしろと言われていたが、融通の利きやすい派遣労働者は、シフト希望だけで簡単に仕事を休めてしまった。
余計な負担が掛かると、初心者は演奏どころではなくなるからという配慮らしい。
イベント自体は18時開場だが、リハーサルも無いのに、エリカから16時に本門寺の総門前に呼び出されていた。
テントや出店の設営をしている参道を通り、ギターを担いで到着した待ち合わせ場所に居たのは、リトルデイトのメンバーではなくイノベと子連れのアキだった。
エリカかマキが、個別で本番前のデキでも確認するのだろうと思っていたので、辺りを見回すが、特に誰も見当たらない。
「早めに来てもらって悪いな、スエ。ちょっと話したいコトがあってさ……あのコ達にお願いしたんだよ」
母親の周りに纏わり付く娘のクレアをよそに、俺を呼び出したアキもイノベも神妙な面持ちだった。
この二人が居るのなら、イマイも一緒に待ち構えていそうだと思ったが、普通の大人ならド平日の夕方に仕事していてもおかしくない。
「あ、ああ……こっちも、この前は挨拶もしないで帰って悪かったな」
シラフで顔を合わせるのは、やはり気まずい。
「そうだな……ホントはあの日に話そうと思ってたんだよ。アキにも会ってたみたいだし」
何か、物凄く空気が重いんだけど……一体どんな話だと言うのだろう?
『実はこの子はイマイとの子どもじゃなくて、イノベとの間に出来た子どもでした!』
みたいな、ドロドロとした三角関係の告白だったらイヤだなぁ……
そういうのはラジオの『テレホン人生相談』とか『こたえてちょーだい!』(2007年3月終了)みたいなトコに投げて欲しいモノだ。
「とりあえず……さ、場所変えよっか?」
アキはそう言うと、娘と手を繋いで総門をくぐった。
「いーち、にーい、さーん……」
アキは娘と、一段一段数えながら階段を上り、少し遅れて俺とイノベはそれに続いた。
六月中旬の梅雨の晴れ間、生暖かい風が吹く寺周りっていうシチュエーションも手伝ってか、やや不気味な雰囲気を醸し出している。
「なんか……アレか? あの子のコトとか関係ある感じか?」
沈黙に耐え切れず、ついイノベに訊いてしまった。
「クレアちゃん? まぁ……関係あるっちゃある……な」
イノベの含みを持たせた言い方が気になったが、娘の名前がクレアだったというコトを再確認。
これが所謂『クレア編』だとしたら、そういうコトかもしれないという不安が過る。
今さら急にゾンビが襲い掛かってくるホラー展開は無いだろうが、俺は靴紐を結ぶフリをしてイノベからやや遅れ、ポケットからスマートフォンを取り出し
『池上 アンブレラ社』
と検索していた。
もちろん該当する施設などは無かったので、そのまま早歩きでイノベの背中を追い掛けた。




