Can You Keep A Secret?/宇多田ヒカル
中学時代に俺をイジメてくれてたヤツらが、上司として職場に配属されるという悪夢で目が覚めた。
昨晩、思い出したくもない過去の記憶を引っ張り出されたお陰で、人生の半分を振り返り、完治しているハズの傷痕を無理矢理に抉じ開けられた気分である。
起き抜けにスマートフォンの通知を確認するが、メッセージの返信は無かった。
ギター教えるって言ってたのに、薄情なヤツらだなぁ……
まぁどうせ彼女達のコトだから、明け方まで深酒でもしてたのだろう。
夜まで待ってれば連絡も来るハズだと思い、その日もキッチリと座敷牢のような職場で働き抜いたのだが、帰り道にも何度か確認しても、やはりメッセージは届いていなかった。
既読は付いてるんだけどなぁ……まぁ仕方ないから、帰って独学でギターの練習でもしよう。
ミチヨの弁当もアテにしていたが、連絡も無いのでコンビニで適当に買い込んで帰宅。
薄暗い階段を上ると、俺の部屋の前に人影が二つ並んでいた。
「あれ? なんか珍しい組み合わせだね……もしかして俺の帰り待ってたとか?」
待ち構えていたのはマキとエリカだった。
「ボク達もいま来たトコだよ。あと5分待って帰って来なかったら連絡するつもりだったけど」
「リズム隊は西口商店街のバンド練習なのよ。だから今日は私とマキだけ……それじゃあ寂しい?」
イタズラっぽく笑いかけるエリカにドキッとした。
そういうの良くないよ? オジサン勘違いしちゃうから。
「とりあえず入りなよ。何も無いけど」
玄関先の狭い廊下で立ち話ってのも、近隣に迷惑なので自室のカギを開ける。
いつの間にか、部屋に女性を招くコトが自然に出来てるなぁと、彼女達に続いて靴を脱ぎながら思った。
コンビニで買った雑な夕飯は、ダイレクトに冷蔵庫へ仕舞い、代わりに常備しているドラッグストアのPB商品である、安い発泡酒を3本取り出す。
「あ! そう言えば返信くれなかったでしょ? 遅くまで呑んでたんだろうけど、無視はやめてよ……傷付くから」
マキとエリカに発泡酒を手渡しながら、オジサンを独りにするコトが、どれだけ残酷かという話を懇々と説いてやろうと思った。
「あのさ、アミオくん……」
思い詰めたような顔でマキが口を開くと、発泡酒を受け取ったマキの手をエリカが床に制して遮る。
「ねぇアミオ、昨日は挨拶も無く帰ったじゃない? ……なんか元気無さそうだったし」
言葉を選ぶようにエリカが話を引き継ぐ。イノベから何か訊いたのか?
「あー、うん。ゴメン。もしかして主催者側から怒られた?」
マキもエリカも俯いて首を横に振るだけだった。
「んーじゃあ、イノベから何か言われたとか?」
二人がハッとした表情で顔を上げるが、上手く言葉に出来なさそうな様子を見て、恐らくイノベが中学時代の話でもしたのだろうと察した。
一回り近く年下の女の子達に、メチャクチャ気を遣われてる感じがして申し訳なかった。
「15年……」
「え?」
マキとエリカのどちらが聞き返したか確認せず、発泡酒を開けてグイと喉を潤す。
シラフで話すには内容が重すぎるから。
「ずっと……死んだみたいに生きてきたんだよね、俺」
二人の顔が、派手にケガした時の傷口でも見るが如く、眉間にシワが寄ってゆく。
イノベからどんな伝わり方したんだろう?と、少し可笑しくて緊張が緩む。
「……15年、っていうと、二人とも小学校入るか入らないかぐらい? って考えると長いよなぁ……」
正直、人に話すコトじゃないんだけど、彼女達に……というより、誰かにぶちまけて、その頃の俺を供養したかったんだと思う。
友人に面白くイジられていた中学2年生が、中学3年生になって心無い同級生からイジメに遭ったという話を、出来るだけ生々しくないように気を付けながら、主観で伝える。
「っつって、もう昔の話だからね? ……あ! でも、こういうコト聞いたからって態度変えないでよ?」
時折、まったくダメージを受けていないような虚勢を張りつつ、発泡酒に口を付ける。
「それでさ……まぁ昨日からずっと考えてたんだけど、どうせイベントで昔の友達に観られるんだったら、俺は全然元気でやってるぞー! ってトコを見せよう……かと」
たかが350mlの発泡酒を飲み干した程度では、こんな話を黙って聞かれているコトに耐えられなくなった。
「いや……あの、ちょっと! 何か言ってよ!!」
「あ、ああ、えっと……うん。物凄いカミングアウトされたんだけど、ボク達……」
先ほどと同様に、エリカがマキの手を握り、皆まで言うなといった感じの目配せをしてコクコク頷く。
「あのね? アミオ、私達がイノベさんから聞いた話って……アミオの初恋の相手がアキさんだったってコト、だけで……」
「そうそう! その人が結婚して子どもも居るのに、アミオくんは独りで可哀想だから励まそう……と思った、だけ……だったり?」
自分の頬や耳に、猛スピードで血液が集まって行くのがわかった。
……は、恥ずかしい!!
これじゃ発泡酒片手に、勝手に自分語りをしてただけのオジサンじゃないか!
俺は両手で顔を覆い、冷蔵庫に駆け寄って発泡酒を取り出し、それを一気に空けた。
「ちょ、ちょっと買い物してくるから、しばしお待ちくださいませ」
発泡酒が最後の一本だったのもあるが、コンビニまで行く間に冷静になろうと思い、部屋を飛び出した。




