世情/中島みゆき
校庭に出ると、極力人目につかないよう校舎沿いを小走りで進む。
こんな姿で、もし理由も知らない下級生に出くわしたら、完全な露出狂である。
出来るだけ身体を斜めにして、朝礼台のある方角に向かうと、意図せず物陰でサボっているイノベと鉢合わせした。
「おぉスエ! 学校来たんだ? っつーかその格好……ビキニにチャップス履いてた若い頃のアクセル=ローズみたいだな!!」
アクセルなんとかが誰だか知らないが、俺を気遣ってか、痛々しい素振りを見せないでいてくれているのは、友人として有難いと思った。
「イノベ悪ぃ! もし俺が先生に捕まりそうになったら、何とか阻止してくれないか? 理由はあとで説明するから」
「おう! わかった」
イノベの二つ返事に、俺は逆に戸惑ってしまった。
「……どうした? 何か考えがあるんだろ?」
この数週間、誰も信じられずに部屋から出られなかった俺を、コイツはいとも簡単に信用してくれたのだから。
心が弱っているからかもしれないが、イノベのたった一言で俺の涙腺は崩壊しそうになった。
「ありがとう」
それ以上何かを伝えたら、計画を前に泣き崩れてしまいそうだったので、イノベに背中を預けて真っ直ぐ目的地を目指した。
教室の窓から確認済みだった、朝礼台の上に置かれた真っ赤な拡声器の前に進み、それを手にしようとした瞬間、バタバタと大袈裟な足音とともに呼び止められる。
「コラ! 何やってんだお前!」
上半身の肉体美を誇示するような、ピタピタのポロシャツに身を包んだ体育教師が俺の肩を掴む。
「ん、何だその格好? ふざけてんのか?」
専任教諭は事情を知らないのか、俺の無惨なジャージを見ても、ふざけているという認識なのだろう。
「せ、先生、俺ね……クラスでイジメられてるんすよ」
緊張と惨めさで胃液が込み上げてきたが、それを上回るスピードで言葉を吐き出すと、体育教師は俺の肩を掴んだまま不思議そうな顔をしている。
「あたたたた! 痛ぇ!! 足つったぁぁ!」
体育教師に考える時間を与えないように、イノベが目の前に転がってきた。
「ちょ、ちょっと先生! 足つっちゃって……担いで保健室連れてってくれません?」
イノベは体育教師の短パンを脱がす勢いで足元にすがる。
「いや、お、おい! やめろ!! 自分で行けるだろ! こっちは今コイツと……」
「えぇー! 俺、体重軽い方なのになぁー持ち上げられないんすかぁ……他の先生に頼むか」
自分を非力と揶揄されたと思った体力自慢は、カチンときたらしくイノベに向き直る。
「生徒一人ぐらい楽勝で担げるわ! 来い!! あと、お前はそこで待ってろよ?」
体育教師はそう言ってイノベをヒョイと肩に担ぎ、保健室に向かって小走りに進むと、抱えられたイノベは俺に親指を立てて合図を送る。
サンキュー! イノベ、お前のコトは忘れないぜ。
俺は大きく深呼吸すると、朝礼台の拡声器を手に取り頭上にかざして、手元にあるサイレンのスイッチを押す。
『ウゥ~~~ウ!! ウゥ~~~ウ!!』
高校野球を思い出させるような、けたたましいサイレンが校庭に鳴り響く。
と、同時に、校庭に居る学年男子全員の視線が一斉にこちらへ向けられた。
もう後には引けない。俺はサイレンのスイッチから指を離し、マイクのボタンを押して口元に持ってくる。
『キーン』
マイクがハウリングを起こして耳がやられそうだった。
「お、オイ! イマイ!! 出て来いコノヤロー!」
プロレスラーのマイクパフォーマンスさながら、勢いよく喋り始めると、居合わせた生徒達は呆気に取られていたが無視して続ける。
「お、俺がお前に、い、イジメられてるとか、うわ、噂になってるらしいじゃねぇか!!」
群衆を割って、イマイが申し訳なさそうなツラでヨロヨロと俺から見える位置まで進んできた。
「やっと出てきたかコノヤロー! お前ヨシダに告る時、スゲェ震えてたじゃねぇか! そんなヤツに俺がイジメられるワケねぇだろ!!」
イマイの顔を見てホッとしたのか、俺も緊張が解れて饒舌になってきた。
「だいたいなぁ! お前みたいな中学からのポッと出のヤツに! ヨシダ取られて俺らムカついてんだぞコラ!!」
みるみるイマイの表情が変わってゆく。
それもそうだ。自分のせいで不登校になったと思ってた友人が、論点のズレた話を拡声器で演説し始めたのだから。
「見るからに二枚目で! 一年の頃からサッカー部レギュラーで! 面白ぇ上にムチャクチャ性格イイって舐めてんのか!!」
人だかりは徐々にこちらへ近付き、俺の僻み節にも一部で笑いが起こっている……もうちょっとだ。
「そんなヤツが! 一番人気の可愛い女子生徒と付き合うなんて許せますか? お客さん!!」
一部だった笑いがほぼ校庭全体に拡がると、野次が飛び交いだした。
『そうだ! そうだ! 不公平だ!!』
『受験生は勉強しろー!』
『俺もヨシダ好きだったんだぞー!!』
野次の一つ一つに笑いが起こる。もうそろそろ大丈夫だろう。
「まぁそんな幸せ絶頂のヤツだからこそ、イジメ首謀者の濡れ衣着せられてたんだぜ? 人騒がせだっつーんだよ!!」
騒ぎで忘れていたようだが、俺のみすぼらしい姿を見て前列付近のヤツらに緊張が走る。
「ってコトで! お詫びに一曲歌って貰おうぜ!! それではイマイサチオでエレファントカシマシ『悲しみの果て』張り切ってどうぞ!!」
拡声器を差し出して手招きすると、それまで困惑していたイマイは、やってくれたなという表情で前に進む。
『歌えー!!』
『イマイ! イマイ!』
校庭は一体と化して、手拍子とイマイコールに包まれる。
俺から拡声器を受け取る時、歓声にかき消されてしまったが、イマイの口が『ありがとう』という動きをした。
イマイは聴衆に向けて両手を広げると、アカペラでエレファントカシマシを熱唱し始めた。
俺は笑いながら後ろ歩きでイマイから遠ざかり、最寄りの昇降口まで辿り着いた。
遠目に熱唱するイマイを見て、これでもうイジメの首謀者というレッテルを貼られたイマイは消え去ったと思った。
一件落着である。
ふと目をやると、騒ぎを気にした女子生徒達が、体育館から顔を出して校庭を覗き込んでいる。
中央に居たアキと目が合ったので、手を振って右手でOKサインを出す。
お前の彼氏は大丈夫。もう安心して平気だよ、という気持ちで笑いながら、俺はその場を去る。
ズタズタのジャージを着替えなきゃならないので、急いで教室に戻ろうとした時、呼び止められた声で俺の身体は硬直した。




