20.DON'T TRUST ANYONE OVER 30/ムーンライダーズ
「遅いよもう! チョー待ってたんだから!!」
開口一番でミチヨが文句。
「申し訳ない。お土産買ってきたからみんなでどうぞ?」
不満顔のミチヨに重量3キロのビールを手渡すと、中を確認してライオンキングの見せ場のような雄叫びを上げていた。
寺だぞ? 罰当たりめ!
「奮発したねぇアミオくん。じゃあ遠慮なく」
早速マキが一本取り出すと、三人も続けてビールを手にして乾杯している。
「アミオくんは飲まないの?」
「俺は歌い終わってから貰うよ」
まさか『酔っていたので本気が出せませんでした』などと、言い訳染みたコトを口にしたくなかったので、ここは丁重にお断りした。
「じゃあやりますか! 公園まで移動しようと思ったんだけど、意外と人通りあるし、景色もキレイだからココでイイかなと」
ホントに急だな。この場で始めるコトが決定すると、サクラはハードケースからギターを取り出して俺に渡す。
ストラップを肩に通して、ピックを外していると、マキもミチヨも楽器を肩から下げており、サクラは足元にある段ボール箱に腰掛けて、パタパタと股下の面を叩いている。
「あれ? 何してんの?」
「え? 準備だけど……もしかしてマツノさん一人で歌わされるとか思ってました?」
サクラは、手を止めて俺にそう告げると、再度段ボールをパタパタと叩き始めた。
「いやいやいや、俺、初心者なんだけど、いきなり人と合わせて演奏するってコト? そんな自信無いよ」
「ボクらだって、そんな簡単に上手くいくと思ってないから。ただ、音楽が楽しいって、合奏が楽しいってコトをアミオくんにも知って欲しいから。ってサクラが言ってた」
ギターのチューニングをしているマキからそう言われてサクラを見ると、笑顔で頷きながら相変わらず段ボール箱を叩いている。
ミチヨもアコースティックギターのような形だが、弦が四本なのでベースであろう楽器を、既に演奏する準備していた。
「よし! じゃあやろう!アミオさん曲は?」
「え? あ、ボブ・ディランの……」
「オッケー! ノッキンオンヘブンズドアね? リズム叩いてるから、テンポ気を付けて自分のタイミングで入って来て?」
パタパタとランダムで叩いていた段ボールを、改めて定期的なリズムに変えた。
『ドンタンドドンドンタン』
ゆっくりではあるが、サクラの手元からは、ただの段ボールとは思えないようなビートが奏でられた。
入るタイミングのところで、マキが頭のコードであるGだけを弾いてくれている。二度三度それを確認すると、深呼吸してコードを鳴らす。
右手は柱に叩きつけられた時みたいに、軽く振るように。
サクラのリズムに合わせると、音源に合わせて弾くソレとは違った高揚感がある。
イントロのコードを二巡回して歌に入る。
「マ、ママ……テ、テイク……ディス……」
演奏が止まった。
「ちょっと! 歌が酷過ぎるでしょ? そんなに自信無さげに歌われたら、続けられないってば!」
サクラが苦笑いで俺に向かって叫ぶ。
「あ、いや、英語の歌詞が全然覚えられなくて……ゴメンなさい」
「もー! ギターは弾ける? コード覚えてる?」
「ギターは大丈夫かと。コードも覚えてます。スミマセン」
さっきまでの意気込みが、一瞬にして消え去った。
俺の本気なんて所詮こんなモンだろう。認定試験終了で、坊主かビンタの覚悟を決めよう。
「しょうがないなぁ。エリカ歌える? アミオさん、こんな状態じゃ無理だわ」
「え? 続けるの?」
「当たり前でしょ! せっかくこんな花見の機会に歌わないでどうすんの!! ここまでセッティングしたんだからちゃんと弾いてくださいよ?」
坊主とビンタはこの後なのだろう。とりあえず、自分のやってきたコトだけはやり切ってから、甘んじて受けるとしよう。
「じゃあ仕切り直しで。入りは悪くなかったから、今度はギターだけに集中してください」
再び段ボールでビートを刻み始めると、頭の出音でマキがガイドを入れる。
いまはギターだけに集中しよう。最後まで弾き切ってやる!
先ほどよりも慎重に、且つ思い切りギターを奏でた。
Gは力強く、Cは六弦を弾かないように、Dの三本指のデルタを狭めて……
右手首を緩くさせてイントロのコードストロークをループさせると、マキが雰囲気のある単音弾きで応える。
エリカはハミングで歌い出しに向けて楽曲を盛り上げていた。
サクラのリズムのアタック音と、ミチヨのベース音が合わさって楽曲に厚みが増している。
当然だがギターだけではこんな空気は出せないだろう。
イントロ明けで、エリカの歌声が響く。俺の拙い歌よりも、断然綺麗で発音もしっかりしていた。
俺のギターで台無しにしないように、リズムに合わせながら丁寧にコードを追い掛ける。
『き、気持ちイイ……』
しっかり演奏をするとか以前に、俺のギターがこんなに綺麗な歌声を乗せているコトに鳥肌が立った。
Aメロからサビに入る直前に差し掛かると、初心者ながら盛り上げたいという気持ちが強くなり、コードを弾く手にも力が入る。
サビの歌メロを、エリカ以外の三人も歌い、楽曲のサビらしく盛り上げてゆく。
何故か俺もテンションが上がり、サビのメロディを一緒に歌っていた。
曲の一番が終わり間奏になると、マキは単音でギターソロのような音を奏でている。
それがまた俺のコードにしっかりと食い込んでおり、頭のてっぺんから爪先まで、鳥肌を立てながらギターを弾き続けた。
二番のAメロに入ると、サビで力強く発声していたエリカの歌声は、再びしっとりとしたモノに戻る。
少し気を抜くと、歌に聴き入ってしまいギターが止まりそうになるが、何とか持ち直して演奏に集中する。
そしてこの後、またサビに戻るのだが、これを弾き切ってしまえば曲が終わってしまうという寂しさが一気に込み上げてきた。
もっと、この楽しい時間が続いてくれたらイイのに、と思いながら、サビ前で盛り上げるようにギターを弾く。
今度はサビのコーラスを頭から歌うと、歌とギターの両方で楽曲に参加している実感が沸いてきた。
繰り返しのサビでギターを掻き鳴らしながら、周囲を気にするコト無くいつの間にか大声で歌ってしまっていたようだ。
歌い終わりで、曲が終わる寂しさを感じながら後奏を弾いていると、遠巻きに人だかりが出来ているコトに気付いた。
思ったより声張ってたんだろうな、というコトよりも、正直もっと合奏を楽しんでいたかったという気持ちの方が強かった。
「……うん。初めてにしては悪くなかったですかね。自分でどうでした?」
サクラが笑顔で訊ねてきたが、何も考え付かない。
「スゲェ気持ち良かった……君達はいつもこんなコトやってんの?」
「そうよ!羨ましいでしょ?」
これまで口出ししなかったエリカが、ドヤ顔で俺に言う。
「ズルいなぁ。俺ももっと早く始めれば良かったよ」
元々は女性の気を引くために始めたギターではあるが、演奏中はそんなコト完全に忘れてしまっていた。
「良かった……マツノさん、予想以上に楽しんでくれたみたいですね! 辞めようとしてた時はホントにショックだったから、正直嬉しいです」
サクラが段ボール箱に座ったまま優しく笑っていた。
「何かもう一曲ぐらい演ろうよー! アミオくん覚えてる曲無いの?」
「いやいやいや、さすがに二曲もギター覚えられないってば! 歌なら覚えてるのあるけど」
自分で言って気が付いたが、これでは単体で歌う方向になってしまう。
さっきは調子に乗って、サビのコーラスを大声で歌ってしまったが、何より昔『キモい』と言われた程の歌唱力で、一人で歌うのは気が引ける。
「あ、いや、ウソウソウソ! 一人で歌うのイヤだから!」
「ちなみにどの曲? アタシ達だいたい弾けるし、歌もサポートするけど?」
ほら、ミチヨが喰い付いてしまった。ただ、ここにある楽器では演奏出来ないのではないだろうか?
「まぁ何回か聴いてて歌詞もある程度覚えてるのは……ナビゲーター?」
「おーブルーハーツ! やろうやろう!」
「いや、でもイントロの楽器ってここに無いでしょ?」
「イントロの楽器?」
「ほら、プイーンて感じの、アノ耳たぶを捻って音を出すような」
四人は顔を見合わせ、小首を傾げて一呼吸置くと、ゲラゲラ笑い始めた。
「アハハハ! そんな楽器この世に存在しないから!」
「耳たぶって!」
「バンドのパート『耳たぶ奏者』とか聞いたコト無いし!」
「一周回って狂気すら感じる!」
物凄く恥ずかしい。顔から火が出る程恥ずかしい。
「あ、そうなんすね。じゃあ、あのイントロって何で音出してるのかしら?」
平静を装って、事務的に訊ねてみる。
「ボトルネックかー。ボク、スライドバー持ってないんだよね」
ボトルネック……何か業務上の障壁でもあるのだろうか?
マキはやや遠巻きに出来た人だかりを見渡し、一人の女性に向かって歩き始めた。
ギターを肩から下げた小柄な女の子が歩み寄ってくるので、身構える女性と身を呈してそれを守ろうとする連れの女性達。
遠目で何を話しているのか聞き取るコトは出来ないが、マキがペコペコと頭を下げると、女性は手に持っていた瓶の中身を飲み干して手渡していた。
「さて、ボトルネックの代わりを手に入れました。やっぱオッサンより綺麗な女の人が飲んでた瓶の方がイイじゃない?」
そういうと、酒瓶の首を掴んでギターのネックに当てる。
マキが単音で弾く音色は、まさしく耳たぶ的に響いていた。
「ギターだったのか!」
猿の惑星のラストと同じぐらいのテンションで叫ぶ。
「そうだよ? 耳たぶじゃなくて残念だったね。じゃあエリカにギター渡してくれる?」
主導権はマキが握っている。ギターを手渡すと、エリカはストラップを通して高さを調整しながら、ピックを握りマキに近づく。
「そう。ココのコードチェンジは早いから。うん。歌とユニゾン」
マキからの指示を受けて、エリカはミチヨと一緒にコード進行の確認をしていた。
「準備良ければやろっか! マツノさんは今度は歌に集中してね?」
サクラが声を掛けると、指揮者に注目するオーケストラのように、三人が楽器を構えた。
「ワーン、ツー、ワンツースリー」
裏拍の足踏みと共に、サクラのカウントで弦楽器が鳴り始める。サクラはカウントのテンポでそのまま段ボールを叩き、優しいリズムを奏でた。
耳たぶではない、ガラス瓶を使ったマキのギターがメロディを一巡する直前に、大きく息を吸い込んで歌い出しに合わせる。
あの日、始めてもいないギターを辞めようと思った夜に、何故か涙が止まらなかったコトを思い出して、絞るように声を出して一節歌うと演奏が止まっていた。
驚いて四人を見ると、唖然として俺の方を見ながら完全に手を止めてしまっている。
またダメ出しか、そう思った瞬間サクラが言葉を発したが、やや聞き取りづらい。
「……キ……モい……」
あー、やっぱキモいのか。がっかりというより、諦めのような気持ちで俯く。
「エモい! 激エモい! さっきもサビだけ歌ってた時に思ったけど、やっぱエモいわ」
「うんうん! アミオさんイイ声してるねー」
ミチヨも乗っかってきたが、何を言ってるのかわからない。
「激? エモ? い? キモいじゃなくて?」
「うん。エモい。って、これ一般用語じゃないの?二十年以上前からある言葉だって聞いてたけど」
マキが不思議そうに俺を見るが、まったく聞いたコトも無い言葉だった。
「エモーショナルってコトね? 感情爆発的な。ちなみに最近はギャルが『切ない』って意味合いで使ってるみたいだけど、語源はこっちが正解だから」
ミチヨが解説してくれたが、ピンと来るコトは無かった。
「昔アミオは友達に、カラオケでキモいって言われたのよね?ちなみにその時は何歌ったの?」
そう言えばエリカには吐露してたのか。あまり思い出したくないが、記憶を辿って答えた。
「確か……アイドルソング。だったと思う……」
『そりゃキモいわ!』
ビックリするぐらい四人がハモった。
さすが息もピッタリのバンドで活動してるだけのコトはあるな。
「まぁそれだけ感情たっぷりで、大の男がアイドルソング歌ったら気持ち悪いでしょ?」
サクラが追い討ちを掛ける。
「あー。確かにそうかもしれないね。あれ? でも、俺の歌がそのエモいってコトなら、歌は上手いってコトでイイの?」
知らない言語なので、イマイチ褒められている気がしておらず、つい訊ねてしまった。
俺からの質問を受けて、四人が悩ましい表情を浮かべているが、程なくして思い付いた様子のエリカが回答してくれた。
「バンドのヴォーカルって、上手い下手だけじゃないのよ。例えば……存在感とか雰囲気とか、味とかが重要なの。だから、アミオの歌はバンド向きってコトね」
なんか言いくるめられた感があるが、悪意は無さそうなので良しとしよう。
「演奏止めてゴメンなさい。今度は集中します。もう一回やりましょう!」
サクラが仕切り直して声を上げた。
メンバーに目配せすると、先ほどと同様に足踏みで裏拍を取りながら、カウントを始める。
マキのギター弦が、ガラス瓶を響かせて心地好い音色を鳴らしている。
さっきは気付かなかったが、エリカも安定したコード弾きをしており、ミチヨのベースとサクラの段ボールにアタックが重なって、楽曲がカッチリと輪郭を表す。
イントロのフィルインに合わせて、息を吸い込み歌い出した。
リズムから外れないようにサクラを見ると、俺の歌がキチンと乗っかっているコトを伝える為か、ニコニコしながらコクコクと頷いている。
コードチェンジのタイミングに特徴があるAメロで、ズレないようにギター二人に目をやると、こちらは見ていないものの右足でリズムを取りながら、オンタイムで綺麗なコード弾きをしていた。
こんな時にベースってどんな弾き方をしているんだろう?と、ミチヨを見る。
サクラの叩く段ボールにしっかりと乗りながら、隙間を縫うように単音でラインを進んでいた。
ゆったりとしたテンポの曲だからか、みんな楽しそうに演奏しているのがわかる。
大きめの声でメロディを歌っているが、演奏を合わせてくれているからか、俺が意識しているからかわからないが、歯車がしっかりと噛み合っている感じがして物凄く気持ち良い。
カラオケに乗せて歌うソレとは、きっとまったく違った感覚なのであろう。
二番のサビを歌い終えて、間奏に入ると、さっきギターを弾いていた時と同じく急激に寂しさを覚えた。
あとは一度しか無いBメロとAメロ、サビを繰り返して後奏で曲が終わってしまう。
後半の歌を盛り上げるように、四人もコーラスを入れて歌に厚みを持たせてくれている。
その歌声は、まるで『頑張れ!頑張れ!』と、俺のコトを励ましてくれているようにも感じた。
音源でホイッスルの音色が入っている部分は、ミチヨがはしゃいで奇声を上げている。
フェイドアウトの後奏も、みんなでハミングして終焉を迎えると、弦楽器は最後のコードを掻き鳴らし、サクラも段ボールをバタバタと叩き、全員でアイコンタクトを取ると最後の一音で曲が締め括られた。
歌い切って大きく息を吐くと、遠巻きのギャラリーからパラパラと拍手が聞こえてきた。
「ほら! オーディエンスの拍手に応えないと!」
サクラに促されて周囲にペコペコと頭を下げる。
学生時代の合奏や合唱で、テンプレートのような拍手は受けたコトはあるが、これまで自分の行動に賞賛を受けた記憶が無かったので、単純に泣きそうになった。
「いやぁ楽しいわ。俺、誰かにちゃんと認めてもらったコトとか無いから、さっきの拍手もスゲェ嬉しい」
暗がりなので、涙が零れそうになりながらも、みんなには気付かれないだろうと感想を述べた。
「そっかー。泣くほど感動してくれたかー。良かった良かった」
ミチヨがニヤニヤしながら俺をからかってきた。
「いや、別に泣いてないから! 春だけど、夜は寒くて鼻水出ただけだから!」
強がってみせても、俺をからかう声は増えていく一方だ。
「でも、お寺でこの二曲チョイスするってなかなかだよね」
「うん。ボクも思った」
「アミオはオバケに憑いてこられないようにね?」
ミチヨ以外の三人が怖いコトを言う。歌詞の意味など深く考えずに決めただけなのに。
「ま、まぁ選曲は別として、俺の出来映えはどうだったんでしょう?」
やや伏し目がちで、サクラに問うとニコニコしているだけで回答が来ない。
「ちょ、ちょっと! 気になるから教えてくれてもイイじゃないか!」
含みを持たせて判定を言い渋っているのかと、照れ隠しに催促してみる。
「じゃあ、逆にマツノさんはどうでした?」
逆にの意味がわからないが、自分としては楽しかったとしか言えない。
これが採点なのかとも思ったが、こんな世界があるのだと、俺に教えてくれた彼女達には感謝すべきだと思った。
「上手いか下手かで言えば、まだまだヘタクソだけど、ホントに楽しかった……ありがとう」
プライベートで礼を言う機会などあまり無い俺は、たかだか五文字の言葉を照れながら伝える。
「そう言ってもらえて良かったー。ツラいだけだったらどうしようかと思ってましたよ。ギター預けた甲斐がありました」
サクラから坊主又はビンタの宣告は無さそうだが、それを聞いた途端に俺の足は他人のモノのように自由が効かなくなり、膝がガクガクしてペタンと座り込んでしまった。
「ハハ、なんかここ数日の努力が報われた気がして、一気に力が抜けちゃったよ」
周りを見回すと、四人がゲラゲラと笑っていた。
「お疲れさん。まぁ一杯やろうよ!」
ミチヨから、俺が買ってきたビールを一本手渡されたので、尻餅を付いたまま缶を開けて、カラカラの喉に流し込む。
「うぅ……ムチャクチャ美味い!」
「ライブ後のビールって美味いよねー。だからバンドやってるってトコあるモン♪」
「あーボクまだ一本目飲み切ってないのに! ミチヨ最後の一本開けたでしょ!」
歌い終わった静寂も束の間、また賑やかな空気が流れ始めた。
そんな彼女達を横目に、ささやかな達成感を噛み締めて残りのビールを飲み干した。
音楽って面白いなぁ。
「さぁ! 迷惑にならないウチに撤収しよっか!」
サクラは腰かけていた段ボール箱から、中に貼り付いていた小箱を取り外すと、パタンと開いて平らにして小脇に抱えた。
「え? それ何だったの?」
あまりにも自然に楽器として存在していたソレが、開いて畳むとただの大型ペットボトル飲料の空き箱だったので、驚いて訊ねた。
「これ? 段ボール箱で作ったカホン。今日の装飾音は文房具のクリップでしたー」
カシャカシャと、プラスチックケースに入ったクリップを振って音を鳴らす。
「カホン?」
「南米の楽器なんだけど、待ってる間に段ボールで作ったの。意外と鳴ったよね」
弘法筆を選ばずってヤツか。弦楽器ならばそうはいかないだろうが、打楽器ならリズム感とセンスだけで、きっと何でも楽器になってしまうのだろう。
関心してる間に、他のメンバーも片付けが着々と終わりかけている。
地面にへたり込んでいる俺を見て、エリカがお情けでギターをケースに仕舞ってくれていた。
「じゃあ、階段の下まで競争して、ビリは全員にビール奢りで!よーいドン!!」
既に楽器を抱えているミチヨが、他のメンバーを出し抜いて走り始める。まだ立ち上がってもいない俺をケタケタと笑いながら、みんなもその後を追いかける。
「ちょっと! ズルくないか?」
完全に出遅れた俺は、一気飲みしたビールで落ち着きを取り戻して、何とか楽器を持って立ち上がり、四人の後を追った。
思っていた以上にギターを抱えて走るのがキツくて、走っているのか早歩きなのかわからない程度の速度で出口に向かう。
先ほどまで俺達を遠巻きに見ていた人々の脇を、会釈しながら通り抜ける。
集団の人垣を越えると、同世代ぐらいの男性が前に立ち塞がっていたので、再び会釈で通り過ぎようとした。
「あ、あの……」
男性は俺に声を掛けて来た。夜に大声で歌っていたので、文句の一つを言われても仕方が無さそうなモノだ。
絡まれても面倒なので、先に謝って立ち去ろう。
「あ、ゴメンなさい。うるさかったですよね? もう撤収しますので」
「いや、そうじゃなくて、ちょっとお訊ねしたいんですが……」
文句では無さそうだが、これでヤツらから完全にビールを奢らされる。
ただ、何か思い詰めたような男性を放っておくコトが出来ず、話を聞いてみようと思った。
「えーっと、どうかしました?」
その男は、何かを言い淀みながらモジモジしていたが、やがて思い切って言葉を発した。
「ぎ、ギター弾けると……やっぱ、モテたり、とか、するんスかね?」
驚きのあまり声を失った。
この男は、まさにあの日の俺だ。
俺はただ、L☆Dの四人に酒をタカられているだけなのだが、端から見れば若い女の子にモテているように見えるのかもしれない。
モテ……てるのか?
それを単純にモテてると言い放つのは、少年誌の裏表紙で打たれている広告の、筋トレツールや幸運を呼ぶ何かの謳い文句のようで気が引ける。
ただギターは楽しいから、この人にも伝えたいのは確かなのだが。
「あの……どうなんでしょう?」
困り顔でウンウン唸っていた俺に痺れを切らして再度声が掛かる。
「あ、ゴメンなさい。そうっすね。モテるかモテないかは、やっぱりやってみないとわかんないです」
あの日の男前に言われた言葉を思い出すが、やはり同じコトしか言えそうもない。
「ただ、俺もちょっと前までギターでも弾けるようになったら、モテるんじゃないかって疑問だったんですよ。正直、三十路まで無趣味で生きてきて、取り立てて特技や人に誇れるモノも無かったんで、自信も無ければ自分の軸のようなモノも無くて……」
以前の自分と、ここしばらくの自分を振り返りながら、言葉を選んで続けた。
「俺、最初は女の子に好かれようと思ってギター始めたんすよ。でも、必死にギター練習してる時は、そんなコト完全に忘れてて、今日もそのコと初めてデート出来そうだったのに、断ってココ来ちゃったぐらいですし。自分が今まで生きてきて、こんなに必死になったコトって無かったから、そういうのに夢中になってると、知らないウチに上手く回り始めたりするのかなぁなんて思ったり……」
自分でも何を言いたいのかよくわからなくなってきた。
「と、とにかくですね、歳がいくつとか、今までがどうだったとか、そんなコト関係無くギターって面白いんすよね。実は無駄なコトなんて一つも無くて、どこかで活きてくるんじゃないかって思ってます」
熱っぽく語ってしまったが、目の前の男に伝わったかどうかはわからない。
しかしあの日、男前に言われた言葉は少しだけ理解出来た気がする。
「まぁ、何事もやってみないとわからないじゃないですか? だから俺も、ギター弾けるとホントにモテるのか検証中なんすよ」
上手く纏まらないが、何とか落としどころを探して着地させようと試みる。
「ちょっとアミオくん遅すぎ! ケースでビール買って貰うからね」
引き返してきたマキが、遠くから大声で脅してきた。
「と、まぁモテてるようで、実は俺も酒をタカられているだけなんすよ。でも、今日はちょっとだけ自分にも自信が持てたし、コミュニケーションの手段も増えたんで、これからも頑張ります」
「は、はぁ……じゃあ頑張ってください」
「あなたも頑張ってくださいね!」
見知らぬ男性から腑に落ちない顔をされながら、別れ際にお互い励まし合うっていう。
ペコリと頭を下げて、ギターを抱えながらマキを追った。
さっきまでの路上ライブを思い出し、それが誰かの生き方を変えるきっかけになったのではないかと思うと、妙に誇らしい気持ちになって走り出した。
階段手前まで全力疾走すると、既に脇腹が痛く肺も音が鳴るほどに苦しかったが、今はこの苦痛ですら消えてしまうコトが寂しいとさえ感じた。
桜が咲き誇る中、遠くに見える四人の人影を目指して、慎重且つ駆け足で階段を駆け降りる。浮かれて階段を踏み外し、ギターと共に転げ落ちても、人格が入れ換わらないように一段一段踏み締めていた。
「遅いよ! バックれたのかと思ったわ! ……っていうか、アミオさん何で笑ってんの?」
無意識のウチに口角が上がり、いつの間にか笑顔になっていたらしい。
見様によってはこの状況も、若い女性からモテているように見えるみたいだが、この関係は金の切れ目で縁が切れる類いのモノかもしれない。
ただ、本気で弾いたギターや、本気で歌った歌に対して、彼女達が真剣に打ち返してきてくれるコトを考えると、単純に酒をタカられているだけってワケでも無いのかと期待してしまう。
「俺が笑っているように見えたなら、きっと機嫌がイイんだろう?好きなだけビール奢ってやるから着いて来なさい」
四人は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに歓喜の声を上げて俺の後ろををスキップして着いてきた。
ちょっとだけ自分に自信が持てた俺は、佐向亜依子をデートに誘うぐらい簡単に出来てしまいそうだった。
ギターが弾けるとモテるかどうかは、もうしばらく検証が必要かもしれないが。
最後までお読み頂きありがとうございました。
需要さえあれば続きも書きたいと思っております。




