エピローグ
一念発起して単独で弾き語りデビューを果たそうとしたものの、偶然会った田白の友人である男に自分の半生を洗いざらい話し、そのまま即席ユニットで数曲歌って生まれて初めての逆ナンパに遭うという怒涛の一夜を過ごし、ギターが弾けると時にモテるコトもあるのだと知った。
アイデンティティなんてモノについて考えたコトなど一度も無かったが、little☆dateの手を借りず、自分だけでギターを弾いて歌うという行為が、初めて誰かに認められたという事実は正直言って悪い気はしなかった。
生きているというコトの意味が、心臓を動かして呼吸をしているだけではないのだと、出会った人々に教えられた色濃いこの数ヶ月によって、以前よりも自分に自信が持てるようになったのは確かである。
プライベートがそれなりに充実すれば、自然と仕事もそれなりに上手く回ってゆくモノのようで、正社員登用の試用期間も順調に経過していた。
そして、職場の同僚と組むコトになったバンドはと言えば、完全な初心者であるドラムのオオノがある程度叩けるようになるまでは各自準備期間という話になり、妹尾梓とユウコさんは二人で曲作りをしているそうだ。
同僚との関係性が良好である一方で、佐向亜依子が職場に居なくなったコトは寂しくもあるが、それに慣れてしまっている自分が居るコトもまた寂しいと感じている。
それにしても、オペレーターとしての業務に加えてマネジメントも覚えなくてはならない激務に追われており、今日のような休日はダラダラと過ごしてしまうのが勿体無い。気付けばもうすぐミチヨが弁当を届けてくれる時間になってしまった。
「アミオさんメシだよー!」
噂をすれば弁当の転売屋がドアをノックしてきたので、解錠して招き入れようとすると、珍しくlittle☆dateが全員で揃ってお出ましだった。
「あら、皆さんお揃いでどうしたの? 今日って何かあったっけ?」
「あー、マツノさん……何かあったっていうか、その…………今日はちょっと、お願い的なアレなんですが……」
ドカドカと部屋に雪崩れ込んできた彼女達のお願いと言えば、どう考えてもひとつしか無い。きっと経済的な問題でも発生したのだろう。
「お願いねぇ……金のコト以外なら俺も相談乗るけど」
俺が甘い顔でもすれば、骨の髄までしゃぶり尽くされるのは目に見えている。彼女達には申し訳ないが、ここは心を鬼にして……
「いや、確かにお金の問題ではあるんだけど、今回はアタシらマジでピンチなんだってば!!」
「そうなんだよアミオくん!! ボクら新しい音源のプレス枚数多く発注しちゃって、明日までの支払いがどうしても足りなくて…………待ってくれるようにお願いしてるんだけど、明日中に全額振り込まれなかったら訴えるとか言われちゃったんだよぉ~」
理由はそういうダメな感じか……会計に強いちゃんとしたマネージャーでも付けたらイイのに。
「んもぉー、そんな単純な失敗するかねぇ……そういうのはしっかり者のエリカに任せなさいよ!」
「ええ、そうね。それで任された私が発注ミスしたのよ……残念ながら。なので二万円ほどご融資いただけないかしら?」
ここまで大人しくしていたエリカが、平静を装いつつ申し訳なさそうな顔で深々と頭を下げる。
「また二万円て……君ら結局、前の借金一度もまともに返済してないからね? まぁギター教えてもらった授業料だと思って半分諦めてるけど……」
「あ! じゃあマツノさんが百枚分原価で買い取ってくれませんか? 定価で売ってくれて構わないんで……」
ドサ回りの演歌歌手か! 何が悲しくてアマチュアバンドのCD売り歩かなきゃならんのだ。
「おぉ! それイイじゃん!! 定価で四十枚売ればトントンだし、アミオさんが全部売れば三万円も上がり出るんだよ? マジ最高じゃん!」
「いや、それ地元の怖い先輩がパー券とか族のステッカー売る時の謳い文句だからね?」
当然ながらそういう経験が無いのか、四人がピンときていない顔で不思議そうに俺を眺めている。っていうかコレ、俺が金出すまで帰らないパターンだろ!!
いずれにせよ、どちらかが折れない限り話は平行線を辿るだけだとわかっているので、とりあえずミチヨから弁当でも買って遣り過ごそうと思ったところでコンコンとドアがノックされた。
「こんばんはー! 隣に引っ越してきた者ですが、ご挨拶に参りました♪」
「あー、そういえば昼間から引っ越し作業してましたね? どうせ引っ越すなら、なにもこんな取り壊しカウントダウンみたいなアパート選ばなくてもイイのに……」
俺が寝てる間にそんなコトがあったのか……サクラの言う通り、大家には悪いがもうちょっとイイ物件あっただろ? と思いつつも、キッチンに滞留する女子四人を避けながら玄関に辿り着いてドアを開けた。
「あ、わざわざスミマセン! ご丁寧に挨拶に来てもらっ……て、え? 何で、佐向……さん?」
「えへへ……ご無沙汰でーす! 今日からお隣さんなんで、これから宜しくお願いしますね? せーんーぱいっ!! はいコレ、オーストラリアのお土産♪」
俺の部屋から漏れ出た明かりが照らしている薄暗い廊下には、DutyFreeの菓子折り片手に佐向亜依子が満面の笑みで立っていた。
「んなっ!! 隣に越してきたんですか? っていうか、何で俺の家知ってるんすか!!」
「アハハ! だって私、一応前の会社では派遣さんの管理してましたからね? そのくらいは把握してますよぉ。あと私、仕事辞めた上に先週まで海外の友達のトコ遊び行ってたんで、そうそう家賃高いトコなんて住めないじゃないですかぁ? でも、先輩の隣だったら安心して生活出来るかなぁ? って♪」
戸籍謄本もらってホントにパスポート取ってたのか……ってそんなコトより、可愛く言ってもコンプライアンス的に完全アウトだろ? 俺が正社員になろうとしてる会社の情報管理がガバガバ過ぎて、少し不安になってきた。
「あー! このコ、よく見たら歌舞伎町で見たクソビッチ!! アミオさんの純情を弄んだだけじゃ飽き足らず、追い討ちで誘惑しに来てんじゃん!!」
「ウフフ……先輩、何ですかぁ? この品の無さそうな人達。誘惑とか失礼ですよねぇ? だって先輩、この前の旅行で私のコト、大切にしてくれるって言ってくれましたモンねー?」
ズカズカと部屋にまで入ってきて、オージー土産の菓子折りそっちのけで俺の手を握る佐向亜依子を、little☆dateが訝しげに見つめている。
「あー、いや、佐向さん? それはちょっと語弊があるんじゃないかしら? 旅行って言ってもメシ喰って帰ってきただけだし、付き合ってるワケじゃないから傷付けるコトが無いって言っただけなんで、大切にするなんて言ってな……」
「あれ? アミオ、この前遅くに帰ってきた時のキスマークの相手って……この人じゃない? ンマー不潔!!」
確かにエリカが仰る通りではあるんだけど、不潔って言われても困るんだよなぁ……完全に寝込みを襲われただけの俺としては不可抗力以外の何物でもないってのに。
「っていうか、アミオくんがこんなアバズレと付き合うワケないじゃん! ボクらなんて、もうこの一年近く手取り足取り、時には泊まり掛けで密着しながらギター教えてるし!!」
「えぇ、そうね。私なんて裸まで見られてるもの……アミオはその辺の責任はどう取ってくれるのかしら?」
泊まり掛けって言うか、俺の部屋で朝まで飲み明かしてるだけだろ? エリカのはお前らが勝手に俺の家の風呂使ってたから、帰宅のタイミングで鉢合わせただけだし……っていうか、君達は一体何のマウントを取り合っているんだね?
「そうですよ! マツノさん、あの日だって私の胸に顔をうずめて泣いてたじゃないですか!! あの日の涙はウソだったんですか?」
「はぁ? い、いや、泣いてないし!! 泣いてないんだけど……あのさぁ、みんな微妙に事実を誇張して、俺のコトからかって楽しんでないか?」
佐向亜依子とlittle☆dateの間にバチバチと見えない火花が散っているようにも感じるが、どう考えても本気で俺を取り合ってるようには思えないんだよ!
「あ、アタシだって、その……ほら、アレだよ! 何かあるでしょ? 絶対! ねぇ? アミオさん!!」
「知らないよそんなコト! ミチヨは俺の財布で酒飲んでるだけでしょうが!!」
図星だったのかミチヨは口を開いたままフリーズしており、その間にも他の三人と佐向亜依子との押し問答は続いている……誰か助けてくれないだろうかと思っていると、またもやドアがノックされた。
「こんちはー! スエノくん居る?」
この声は間違いなくユウコさんのモノだが、何でこの人も俺の家知ってんだよ!!
「は、はい! 居ますけど……何で俺の家?」
「う、うーわっ! ホントに住んでるし……っつーか、なんでスェーノさんの家、妹尾さんが知ってるんスか!! スゲェ怪しいじゃないっスか……って、あれ? そういやスェーノと妹尾って何か似てるし……マジでコレ、どんな匂わせっスか!!」
ユウコの背後から、オオノが割って入って来て話をややこしくしてくる……妹尾梓はその昔、サクラの家に入り浸ってたからついでに俺の家を知ってるんだよ!! あと、そんなこじつけで人を疑うんじゃないよ……近い将来、陰謀論とか都市伝説とかに踊らされて生きづらくなるぞ?
「何か賑わってますね……あ、ちょうど良かった! サクラさんにキクチから伝言なんすけど、この前のステージジャックは不問にしてあげるから、機材費払えって言われちゃいまして……五千円用立ててくれないっすかね?」
「おー、アズサ! 久しぶり。そっか……確かに私達、あの日ライブやってるんだモンね? ってコトでマツノさん、もう五千円お貸しいただけないかと……ほら、マツノさんもあの時ギター弾いたワケだし……」
カオス!! 人も増えれば金の話も複雑になってゆく。まぁ俺もギターは弾いたけど、自ら進んで弾きに行ったワケじゃないだろ?
「アハハハハ!! サクラさん達が相変わらず貧乏所帯で安心しました♪ ウチ、やっとココに帰って来られたんすね!! 感慨深いなぁ……」
「せ、妹尾さんが笑ってる! 俺にもそんな笑顔見せてくれたコト無いのにぃ!!」
もうオオノは黙っててくれないだろうか? そもそもこんな狭いアパートの玄関先で、九人の大人が騒いでいたら苦情が来てもおかしくない……俺だけでも一旦外に出ようとしたところに、小さい人影が飛び付いてきた。
「チェー!! くぅに会えなくてさびしかったでしょ? またいっしょにおうたうたお?」
「え? クレア……ちゃん? なんでここに?」
死んだ同級生であるイマイの忘れ形見であり、初恋相手であるアキの一人娘のクレアが足にしがみつき、つぶらな瞳で俺の顔を見上げている。
「ちょっと……くぅ! 走っちゃダメって言ってるでしょ? ホント、ゴメンねスエ? この子、スエに会いに行くって聞かないのよ……昼にお弁当屋さん行った時にミチヨちゃんが住所教えてくれてさ。急に押しかけて来ちゃったってワケ♪」
いやいやいや、来ちゃったじゃなくて! 俺の個人情報ってどうなってんのよ?
「くぅはチェーのおよめさんになるんだから、おうちぐらい知っててとうぜんなの!!」
「え? スエノくん……こんな小さいコにまで手ぇ出してるワケ? いくら若いコの方がイイって言ったって、ちょっとそれは同じバンドのメンバーとして看過出来ないんだけど……」
ユウコが軽蔑の眼差しをコチラに向けているが、いくら俺がモテないからってそこまで見境ないワケあるかよ……
「もー! 誤解ですってば! このコは俺の友人の娘で……」
「あは♪ でもぉ……先輩は私みたいな若いコの方が好きですよねぇ?」
ちょ! ちょっと佐向さん……ソレいま言っちゃダメなワードじゃないかしら? 恐る恐る視線を上に向けてゆくと、ユウコもアキも笑顔で奥歯を噛み締めている。
「へ、へぇ~そうなのスエノくん? でも、この前、ワタシのコト魅力的で素敵な女性って褒めてくれたよね? アレは何だったのかしら?」
「スエ……アンタ色んな人に期待させるようなコト言っちゃダメだよ? ほら、若いってだけで勘違いしちゃうお子様も居るみたいだし…………あ、そうそう、前にプロポーズしてくれた返事、やっぱ考えさせてもらうね?」
お二方とも、背筋が凍るようなお言葉ありがとうございました……お陰様で、自分の家に居場所が完全に無くなりました。
狭いアパートがバトルロイヤルのリングみたいになってきたので、そそくさと部屋の奥に退避する。
きっと俺は、この後サクラ達に金を貸すコトになって、しばらくは佐向亜依子という隣人に翻弄されながら生きてゆくコトになるだろう。
そして職場の同僚であるユウコと組んだバンドで一喜一憂したり、こんな俺に懐いてくれてるアキの娘クレアと時々遊んだり……
ほんの少し前までは、そんなコトが巻き起こるなんて夢にも思っていなかったってのに、俺の生活が一気に動き出したのは、やはりギターを弾くようになってからなのかもしれない。
息継ぎも忘れて日常で足掻いていた時、偶然出会ったギターの音色で我に返り、落ち着いてみたら足の届く場所で溺れていたような感覚である。
顔を上げたら、すぐ近くに色んな人が居るコトにすら気付いてなかったんだろうなぁ……俺。
しかも全力でぶつかって行けば、相手が本気で返してくれるコトも知らずに今まで生きてきたのだから。
誰にも気付かれないようなモノクロの世界で生きていた俺の景色に、色を付けてくれたのもまた、ギターという楽器なのかもしれない。
そう思ったら愛おしくて堪らなくなり、ギターを抱き締めるように構える。
俺は背後に居る騒がしいヤツらの声を掻き消すように、六本の弦にピックを叩き付けるのだ。
了
4年に渡ってお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
書き方も知らずに初めて書いた小説ですが、思ってた以上にたくさんの人に読んでもらえて嬉しかったです。
作中の話は、大半が自分の経験則に基づいて書かれておりますので、これまで生きてきたコトがすべて役に立った感じがします。
あの頃ツラいと思った気持ちも、これで報われるってぇモンですよw
とりあえず小説が完結したので、しばらく音楽活動に戻りたいと思っております。
ライブハウスで見掛けたら、感想などお聞かせいただければ泣いて喜ぶと思いますw
ではまた、次の作品を書く際には宜しくお願い申し上げます。
追記:完結から1年ほど経過して、スピンオフ作品を書きました♪
SFなんすけどね、Tailor-made destinyってぇヤツなんで、作者ページとかから探してみておくんなはれ!
宜しくオナシャス!!




