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みそギ!~三十路で始めるギター教室~  作者: ボラ塚鬼丸
入門編
16/175

16.Eat The Rich/AEROSMITH

『コンコンコン』


「重い! 早く開けて~」


「お! 酒が来た」


 玄関ドアの向こうから、サクラの声が聞こえると、足取り軽くミチヨが向かった。


 三月に入ったというのに、まだ冬の寒さが残る外界から、サクラがレジ袋いっぱいの缶を持って部屋に雪崩れ込んで来た。


「いやぁ~2,000円分の発泡酒って意外と重い! か弱い女の子にこんなの持たせちゃダメだよぉ~」


 あれだけ男顔負けのライブをしておいて、どこがか弱いのか聞こうと思ったが、このコが意外と怖いのを知っているので言葉を飲み込んだ。


「お疲れー! あ、そうそう、今日はサクラの好きなヤツ残ってたよ!」


「やった! ハンバーグぅ~♪」


 人の家だというコトを、完全に忘れているであろうミチヨとサクラが、勝手にやり取りをしている。


 ミチヨは、自分の大きなトートバッグからビニール袋を取り出すと、中から大量の弁当を広げた。


「わーい! ボク唐揚げ~♪」


 マキも横から手を伸ばす。


「アミオさんは好き嫌いある?」


「いや、特に無いけど」


「んじゃ特別に回鍋肉! ウチの店の絶品だから!」


 そう言って手渡されたパッケージには、駅前の弁当屋『スタミナ天国』のシールが貼ってあった。


「あれ? バイトしてるって言ってたトコじゃん。何コレ?」


「うん。ランチの売れ残りを破格で買い取って夕飯にしてんの。はい200円」


 俺の金で飲みまくった上、更に弁当を売り付けて巻き上げるつもりか。


「え? 金取んの? っつーか目の前の酒代回収するぞ?」


「んもう! アミオさんは細かいなぁ。じゃあ今日は初回だから特別にタダでイイよ」


 当たり前のようにマイナスをゼロで回避しやがった。


 いや、それでもミチヨにしたらまだプラスじゃないか。


 ただ、これ以上押し問答を続けても、最終的に俺の小者感が浮き彫りになるだけなので、諦めて回鍋肉に箸を付けた。


「う、美味い!」


 地元の弁当屋で、今までメシを買う機会が無かったから知らなかったが、こんなに美味い店だったなんて。


「でしょー? 今後ともご贔屓に」


「ちなみに『ご贔屓に』は弁当屋に掛かってるの?それともこのランチの売れ残りに対してか?」


 追及しつつ箸を進めた。


「人を守銭奴扱いしてイヤだなぁアミオさんは! お金じゃなくて、アタシはみんなの食卓でありたいんだよ」


「イイ話してる風だけど、それ松屋のキャッチコピーだから」


 ペロっと舌を出したミチヨを無視して話題を変える。


「ところでさ、みんなってどんな繋がり方なの? 学校の同級生ってワケでもなさそうだし」


「ん、アタシ達? アタシとマキは同級生だって言わなかったっけ? サクラは元々こっちでバンドやってて、SNSのメン募(メンバー募集)で知り合った」


「そうそう。ボク達って地元は北関東なんだけど、高校卒業して東京出てきたんだよ。んで一緒にバンド組んで……三年ぐらい前?」


「早いなぁもう三年かぁ~。エリカが入って一年ぐらいだもんね?」


「……」

「……」


 サクラの一言で場が凍った。どこに地雷があったのか、まったく気付かなかったが、理由を知りたがっている俺が居た。


「な、何かあったの? 一年前に」


 恐る恐る問いかけると、サクラが二人の様子を伺いながら寂しそうに話始めた。


「元々は……ね、ヴォーカルは別のコで、バンドもJessica(ジェシカ)って名前だったの。メン募で始めたバンドだったけど、歳も近くて音楽性はバラバラだったのに妙に気が合うし。スタジオ入るたびに曲も出来上がって、二ヶ月後ぐらいにはライブも入れられるくらいになって」


 言葉を選びながら話を進めるサクラは、何かを吹っ切るように時折発泡酒を口にして、大きな溜め息をついて続けた。


「ライブを重ねるごとに結構お客さんも付いてきて、色んなイベントにも呼んでもらえるようになって……ちょっと大きい企画に出るコトになったんだけど、みんな凄い気合い入ってて。当日もステージからダイブとかするコも多くて、ムチャクチャ盛り上がってたんだけどね」


 再びマキとミチヨの顔を見渡して、サクラは力なく笑った。


「そう! ホントに盛り上がってて楽しかったんだよ。ただ、ボク達の出番終わって裏にハケたらさ。ハコのPAの人に呼ばれて」


 サクラを気遣ってか、マキが割って入ったが、やはり言葉に詰まってしまった。


「ステージにある『モニター』ってわかる? 自分達の音を確認する用のスピーカー。アレにステージドリンクが掛かってぶっ壊れたんだと。んで、それの弁償をしろと」


「事故だったんだよ? ボク達わざとそんなコトするハズないし、客席とステージがグチャグチャになってたんだから。あと、モニターに掛かるようなトコにステージドリンクなんて置いてなかったし!」


 当時を思い出して、ミチヨが弁償の話をすると、再びマキが誤解を説こうと必死に弁解した。


 被害に遭ったライブハウスの担当者は俺じゃないっていうのに。


「それでね? 企画のバンドが立て替えてくれたワケ。条件付きで」


「条件?」


「そ! 私達の楽曲くれって。まぁ? お陰で何十万円も払わなくて済んだから良かったんだけどさ」


 サクラは全然良くなかった顔でそう言った。


「しかもさぁ、こんな貧乏所帯でやってられるかっつって、ボク達のバンドからヴォーカルもそのバンドに移っちゃって」


「そうなんだ? んで、その時のヴォーカルとはそれっきり」


「ううん? この前観たでしょ? equal romanceって……」


「あ、うん。えぇぇ? それじゃあのゴスロリっぽいコが元々のヴォーカルだったの? じゃあ演奏してた曲はみんなが作ったってコト?」


 思ってもみないところで話が繋がった。そういえば、あのAZ(アズ)ってコの話をエリカがしてた時、ミチヨが食って掛かってたっけ。


「まぁアレンジとかだいぶ変わってるけどね? メロディラインと曲の構成はほぼ一緒。持って行かれてから動画サイトにバンバン上がって、再生回数も伸びまくってたから。たぶんアタシらの弁償金払っても余裕で儲かってるんじゃない?」


 動画再生ってそんなに儲かるの? だったら君達もやればイイのに。と思ったがそんな雰囲気ではなかった。


「とにかく! アタシら裏切ったアズだけは許してないから!」


「うん。eq(略)の楽曲は、ボク達が作ったんだから格好良いの当たり前だし!」


 鼻息の荒い二人と違い、サクラは何やら思い悩んでいる様子だ。


 このタイミングで何て声を掛けてイイかわからなかったが、早めに重苦しい空気を打ち消したかった。


「ま、まぁアレでしょ? それでエリカが加入して今に至ってるワケでしょ? なら結果オーライじゃない?」


「うん。そうだね。一から出直して、やっとお客さんも増えてきたから」


 サクラが寂しそうに笑った。


 俺がギターを辞めようと思ったあの夜、バンドを辞めていく人間に対する悲しみをぶつけられていたからか、サクラの気持ちは何となく理解出来た。


 もしもあのまま、俺もギターを辞めてしまっていたら、サクラは今のような寂しい表情を浮かべてくれていたのだろうか?


「それにね! エリカって帰国子女だから英語の発音がキレイなんだよ? 辞書片手に歌詞書く苦労もしなくて済んでるし」


「でもボクらと違って家が厳しいみたいで、親からも反対されてるみたいだけどね?」


「親の反対ねー。これからもずっと続けていけたらイイなぁ」


 メンバーが去ってゆく寂しさは、当然だがサクラだけでなく、マキもミチヨも同じなのか。


 人を纏めるってのは、理屈じゃなくてタイミングやら運もあるんだろう。


 こんな話を聞かされたら、益々簡単に辞めるワケにいかなくなってしまった。


「あ、そうだ! マツノさんギター弾けるようになりました?」


 うぉ! 急に現実に引き戻してくる。会話の途中で箸を止めていた回鍋肉が、危うく喉に詰まりかけた。


「え? ああ、何とか頑張ってます。さっきまでストローク教えてもらってたんで」


「お花見、いつにします? 予報ではあと10日ぐらいで見頃になるみたいですけど」


 ニコニコしてる……ニコニコしてるよぉぉぉ!

 さっきまであんなに悲しげだったのに!


「ええ。それまでには形にしますので。頑張ります」


 とは言ったものの、まったく目処が立っていない弾き語り進捗。


 これが営業職なら、明日から怖くて会社行けないレベルだな。


 しかし最近、家に帰ってもギター弾いてるか、溜まり場にされて酒飲んでるかどっちかだ。


 元々の俺ってどんな生活してたんだろう? って不安になる。


 ただ、近頃は六畳間に一人で居ても、以前より部屋が狭く感じるようになったのは確かだろう。


 それはギターが一本置いてあるってコトが理由ではなくて、確実にコイツらが原因だと思うんだが。

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