15.Workin' Dayz/KEMURI
仕事で新人の問題が一つクリアになったコトもあるが、誰かに自分の持っている『わだかまり』のようなモノを、少しだけ打ち明けたからか、昨日から憑き物が落ちたような気持ちだった。
まさか年下の問題児に、ソレをぶちまけるコトになるとは夢にも思っていなかったが。
相談出来る相手が常に傍に居る人間には、決して理解出来ないような悩みではあるが、話しただけで荷物を半分持って貰えたように軽くなったのは確かだ。
さて、これまでの自分と置かれている現状は、人に話すコトで再確認出来たが、とりあえずギターで一曲弾き語りを覚えなきゃならないコトは変わらない。
日々の仕事は淡々とこなしつつ、家に帰ったら黙々とギターの練習を始めるコトにした。
とりあえず先行して覚えたGとC、二つのコードを反復して交互に弾き、切り替えをスムーズに行うのが当面の予定。
平行して、三つめのコードであるDを押さえて、時折コードチェンジのローテーションに入れてみる。
ぎこちなくはあるが、最初に比べれば大分マシになった方だ……と思う。
ただ没頭し過ぎて明け方になっているコトもあり、先日など風呂に入ろうと思い立ったが、コードチェンジが気になり、身体が芯まで冷えてクシャミをするまで半裸でギターを弾き始めてしまったほどだ。
良く言えば集中力が高いのだろうが、悪く言えばそれなりの病名が付くのではないかと自分でも心配になる。
まぁその甲斐あってか、一週間程度で三つのコードは切り替わりにタイムラグが発生しないぐらいにはなってきた……と思う。
自分の技術に不安を抱きながら、毎日ギターと格闘していると、久々に玄関のドアがノックされた。
ドンドンドン!
「こんばんは! ゴートゥヘルスから来ました! ミサキでーす」
慌ててドアを開けると、マキとミチヨが腰と頭に手を当てて、取って付けたようなセクシーポーズで立っていた。
「やめてくれ! ご近所さんから、いかがわしいサービス頼んでると思われるじゃないか」
「60分コースで、特殊オプションご注文のアミオさんで宜しかったでしょうか? いつもご指名ありがとうございまぁす」
「ちょっと、いい加減にしなさいよ」
俺の言葉など一切聞かず、二人はドカドカと部屋に入って来た。
「お! 練習しとるね!! 関心関心。上達してきた?」
部屋に立て掛けたギターを見て、マキが芝居掛かった口調で俺の顔を覗き込んだ。
「そりゃ自分の頭髪がピンチだからね。それなりに必死だよ」
「じゃあ早速、進歩のほどをご披露頂いても宜しいでしょうか?」
相変わらずニヤニヤしながらミチヨが俺にギターを手渡した。
「コードチェンジは反復練習してるから、何とかカタチにはなったと思うんだけど」
ギターを受け取って抱える。一人で弾いている時と違って、誰かが聴いていると思うと指先に緊張が走る。
「じ、じゃあ、弾きます」
普段通りにGからC、CからDと、一回のストロークでコードを変えて三回ローテーション。
三度目のDを弾いたところで二人の反応を伺う。
「おー。三つ弾けてるね」
「うん。弾けてるね」
もうちょっとリアクションがあると思ったが、それ以上の感想は無かった。
「で?」
「え? で? って言うと?」
「いや、だから曲は?」
「曲の練習はしてないけど」
マキが呆れ顔でミチヨを見ると、二人で首を横に振っている。
「ジャラ~ンて一回しか弾いてないじゃん! 曲に合わせて練習してないの?」
「だって、コードチェンジに必死だったんだもん」
「だってじゃない! ギター漫談だってもっとリズムに乗せてストロークしてるよ!」
ここ一週間で結構頑張ったと思ってたのに、なぜか怒られている。
「まぁ左手はギリギリ合格だとしても、正味あと二週間ぐらいで一曲弾き語りするんでしょ? 今のままだとコードストロークが致命的にダメだよ」
ダメって言われてもやり方がわからないんだよなぁ。
「ダウンストロークとアップストロークの話って……してなかったっけ?」
「うん。してないね。コードだけ弾ければイイって言われただけで」
マキがガクンと項垂れたあと、口をパクパクさせながら悲しみの眼差しを向ける。
「言ってよぉぉぉ!」
「知らないよぉぉぉ!」
ギターを教えると言われたにも関わらず、少ないヒントを頼りに手探りで練習してた不安が的中した。
「もう! わからなかったら聞いてくれれば良かったのに!連絡先入れてあるんだから」
それも聞いてないってば。そう言えばライブの日にミチヨから催促が来てたコトを思い出して、自分のスマートフォンの電話帳を開く。
よく見るとミチヨとマキ、エリカとサクラの番号まで入っている上、ご丁寧に今まで使う機会があまり無かった、メッセージアプリにグループまで作られていた。
「ちょっと、プライバシーの侵害だと思うんですけど」
「いやいやアミオさん、これはサクラの指示でやってるコトだから。借金立て替えてもらって、サクラも責任感じてるんじゃないかな?」
ミチヨはそう言うと、自前の発泡酒を開けて勝手に酒盛りを始めている。
しばらく平穏だった我が家も、再び溜まり場になりそうな予感がした。
「あれ? ところで他の二人は?」
「あー、エリカは大学の課題でしばらくお休み。サクラはバイト行ってるけど、もうすぐ上がりの時間だから、ボチボチ来ると思うよ?」
よくよく考えたら、俺はこのコ達のパーソナリティーをまったく知らなかった。エリカは大学生だったのか。
「へぇ~バイトか。何の仕事してんの?」
「ん? サクラ? ここから自転車で10分ぐらいのトコにスタジオがあるんだけど、そこでバイトしてる。東京都の最低賃金ギリギリで働いてる代わりに、空いた時間でスタジオ使わせてもらってるんだよ」
この近所にスタジオなんてあるのか。まったく知らなかった。
「ちなみにアタシは駅前の『スタミナ天国』ってお弁当屋さんで、マキはレンタル屋でDVD貸したりゲーム売るバイトしてる」
そりゃそうか。音楽で食って行けるほど甘くないモンな。
「身の上話はそれくらいにして、アミオくんはストロークの練習」
ちゃんと働いてると知った彼女達に関心していると、マキが現実に引き戻してきた。
「あ、ああ、右手の方ね」
「とりあえず、曲に合わせて右手だけコードストロークの練習してみようか?左手はミュート、触るだけで音が出ないようにしておけばイイから」
勝手知ったる他人の家とばかりに、マキはコンポの電源を入れて再生するとL☆Dミックスに入っているボブ・ディランの曲が流れる。
言われた通りに、弦が響かないよう左手の指全体でネックを軽く押さえて、カツカツとピックで弦を鳴らす。
「はい! ジャ~ンジャンジャカジャ~ンジャンジャカ! 『ジャカ』のトコはアップストローク! 右手首の力はもっと抜いて!」
流れる曲調とは裏腹に、マキは急にスパルタ式になってきたが、今まで肘から動かしていたので動きが硬い。
力を抜けと言われている手首が自分の身体ではないような違和感である。
「急にそんなコト言われてもわかんないってば」
「わかった。ちょっと荒療治だけど、わかりやすく説明するね?ボクが腕を持つから力入れないでくれる?」
マキは俺の右側に座り、前腕部分を掴んでブンブンと振っている。このまま弦に当てて感覚を覚えさせようと言うのかと思いきや、そのまま俺の右腕は近くの柱に叩きつけられた。
「痛っ! ちょっと何すんの!!」
右手の指先を柱の角に強打して、痛みのあまり手首を振った。
「そう! それ! ストロークは基本的にその動きだから」
「え?」
「だから荒療治だって言ったじゃん。ほら、その動きのまま弦のトコまで持って行く! 早く!」
言われるがまま、鈍い痛みを引きずってピックを拾い弦の上で手首を振る。ピックと弦の距離感が掴めず何度か失敗したが、そうそう右手を柱に叩きつけられても困るので、恐る恐るストロークを続ける。
「うんうん。良くなってきた。右腕はギターのボディに乗せてもイイから、ピックを当てて上下に掻き鳴らす感覚は身体に染み込ませて」
そうか。腕全体で弾くんじゃなくて、手首だけでイイのか。腕の置き場が無くて困っていたが、落ち着いてボディに前腕を乗せると、先ほどより格段に弾きやすい。
弦の上を何度かピックが行き来している内に、柱にぶつけた指先の痛みも感じなくなると、自然とアップストロークも出来るようになっていた。
「おお! なんか弾けてる感じ!」
「うん。まぁだいぶ遅れを取った感じはするけど」
不安そうなマキを横目に、俺はやや上達したコードストロークが嬉しくて、やかましい程にギターを掻き鳴らした。
「いやぁ~良かったねぇアミオさん。これはお祝いしないと」
ご機嫌でギターを弾く俺に、ミチヨが怪しく語りかけてきた。こういう時は大抵ロクなコトにならないので警戒しよう。
「いや、まぁお祝いするほどのコトじゃないから大丈夫です」
「あれ? そういえばそろそろ一回目の返済日じゃない? バイト帰りのサクラに祝杯の購入をしてきてもらわなきゃ!」
「は? 俺に返済する金で? っていうか、10ヶ月掛けて俺への返済金飲むつもりだろ!」
「アハハ! それは言わない約束! まぁまぁ、初回なんだから、ね?」
ね? って、いつもの様子で可愛く言っても全然可愛くねぇ!
このままだと貧乏暇無しの契約社員が、骨の髄までしゃぶり尽くされてしまう。
これは坊主だビンタだとか言ってる場合じゃなくて、ギター弾けるようになって早めに手を切らないと!
「オーバーワークになりすぎると腱鞘炎とか起こすよ?」
そんな俺の気も知らずに、マキが気遣ってくれている。
俺はサクラが到着する少しの間でも、技術向上に勤しんでいた。




