14.Leave It Alone/NOFX
深酒したつもりは無いが、非常に疲れている。
ライブハウスに行っただけで疲弊したっていうのに、夜中まで酒盛りに付き合わされるハメになるとは。
日曜日だというのに、仕事に向かう電車の中で今日の予定を組み立てる。
まず、シフト通りなら出勤しているであろう、昨日の業務に穴を開けた大野ミキオを激詰めする。
ここは学校ではない。金を貰って働いている以上、叱責を受けるのは当然だ。
主任も戻っているが、ここは研修担当だった俺からキッチリと詰めてやらねばなるまい。
いつまでも甘い顔をしていると思うな若造!
っつっても、きっと本人を目の前にしたら何も言えずに当たり障りの無い注意ぐらいしかしないのだろう。
卸し金のような自宅からの道のりで、徐々にボルテージを削り取られながら職場に到着する。
オペレーションルームに入るなり、女性オペレーターと談笑している大野ミキオが目に入った。
「で、昨日はどうした?」
ツカツカと歩み寄り、言い訳でも聞いてやろうと大人な対応で話し掛ける。
「いやぁ~末野さん、昨日はスンマセン。何かお腹痛くなっちゃって早退しました」
「だとしても、誰かに一言ぐらい断り入れられただろ」
正面に立つ俺の目を見るでもなく、前髪を気にしながら、ヘラヘラ笑って表面的に謝罪する大野に苛立ちを覚えた。
「それで今まで学校じゃ許されてきたかもしれないけど、金を貰って働いてる以上はちゃんとしてくれよ」
「はいはい。遅れた自分の分は今日取り戻しますって。そんな怒んないでくださいよ」
「自分一人で働いてるなんて思うなよ! 小学生でもわかるような集団行動の基本だろ? そんなんで続けられると思ってんのか?」
仕事中にバックレたコトを悪びれる様子も無い若造に、削り取られたハズのボルテージが逆流してきた。
「初日に聞いた職歴の一つが増えるだけで、そうやってココの仕事も辞めるか?」
徐々に荒くなった語気で、部屋の中の空気が悪くなってゆくのがわかった。久しく他人に対して、こんなにも苛ついたり怒りを覚えたコトは無い。
「自分、役者になるのが目標なんで、別にここで偉くなりたくて働いてるワケじゃないんすよ。まぁ何つーか、それまでの繋ぎ?みたいな」
「繋ぎ……ねぇ。近い将来辞めればイイと思って働いてるなら、いま辞めても一緒じゃないか?」
どこかで聞いたコトのあるフレーズが口をついた。
「別に大野君がココで働こうが働くまいが、誰も困らないワケだし。いや、むしろ中途半端に働かれると困る人間が実際に存在するコトもわかったから」
俺は、あの晩のサクラが憑依したかのように、攻撃の手を緩めなかった。
「ちなみに言うと、俺もこの業務がやりたくて働いてるワケじゃないんだけどね? 生きるためにお金、稼がなきゃならないから。でもここで無駄な時間を費やしてるって言うなら、目標に向けて動いた方が有意義じゃないか?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「いやいや、そうだよ。役者になりたい、立派じゃないか。若い時に大きな夢を持ってるって羨ましい限りだよ。俺なんて、な~んの目標も夢も無かったんだから」
俺、何でこんなに苛ついてるんだろう? 業務の途中で逃げたヤツなんて、この数年で山ほど居たっていうのに。
まぁ一つ考えられるのは、コイツの研修を俺が担当したってコトだろうな。
成長を期待して、何もわからない新人に良かれと思って色々と落とし込んだ結果が、逃走っていう裏切り行為。
それでいてシレっと翌日出勤してきて、繋ぎでやってると啖呵を切られるっていう。
ああ、もうここ最近の自分に対する苛つきも合わさって決壊。
俺にはもう塞き止められないわ。
「要約すると、なりたいモノは役者だから、こんなコールセンターのスタッフなんてやってられるか! ってコトだよね? だとしたら、今回の役者としてのお仕事は落選です。お疲れ様でした」
大野が不思議そうにこちらを見ているので、まったく下がるコトのないテンションで続けた。
「さっきも言ったけど俺、別に役者になろうとも思ってないし、電話応対する仕事に就きたかったワケじゃないけど、コールセンタースタッフって役を演じて、お陰様で新人研修まで任されるようになったのね? だから、この役に関しては役者志望の大野君より俺の方が優れてるってコトで合ってるよね? 自分が何者でもないのに、仕事選ぶなんて何様なんですかってコトだよ」
もうコレ完全に八つ当たりだわ。大野君スマン。君は悪くない。悪いのはタイミングと俺の虫の居所だ。
「と、いうコトでどうします? 落選したままで良かったら、登録してる派遣会社に相談してもらっても構わないけど」
「……やり、ます……」
言いたい放題言われた大野は、普段のチャラチャラした空気を纏っておらず、俯いたままボソボソと返事をして自分の席に着いてインカムを装着した。
周囲を見渡すと、思ってた以上に雰囲気ブチ壊してた様子で居心地が悪い。
誰を見るでもなく、リングの四方にお辞儀をするレスラーかボクサーのように、ペコペコと頭を下げて自分の架電席に腰を下ろした。
顔は下を向いていたが、職場のリアクションを確認しようと上目遣いでチラリと周りを伺うと、ほとんどのオペレーターが関わり合いになりたくないオーラを放ち、俺を視界に入れないようにして居たのに対し、何故か妹尾梓だけは俺を凝視している。
顔を上げて彼女を見るや、そそくさと視線を外して業務の準備を始めていた。
あぁ、やっちまったよ。俺、これからは職場で『キレる三十代』として扱われるんだろうな。もう何言われても怒鳴り返すリアクション取ってやろうかしら?
まだ大野が辞めるって言わなかったのがせめてもの救いだ。
大野の動向を横目で確認すると、午前中の業務を淡々とこなしているが、昨日まで周囲のオペレーターにちょっかいを出すような素振りは今のところ確認出来ていない。
大して立場が変わらないが、大人としてキツめに注意したのはやや気掛かりではある。何でこんなにも気を遣いながら仕事しなきゃならないんだろう。
黙々と架電を続けていると、あっという間に正午を回ったので作業を止めさせて休憩に入る。
元々ぼっち気質ではあるが、休憩室で周囲に空席があるのに、まったく人が座って来ない状況になったら立ち直れないので、オフィスの一階にあるコンビニに行った。
昼飯を買ったところで食べる場所も無い。だからと言って、トイレで食事をするワケにもいかないので、気紛れでここ何年も吸ってなかったタバコを買って喫煙所に向かった。
知らない間に、タバコの値段が倍ぐらいになってた事に驚きつつ、ビルの中二階のデッキに出た。
デッキと言いつつも、周辺の高層ビルに囲まれていて空もまともに見えない。
『東京には空が無い』って言ったのは、高村光太郎だったか智恵子の方だったか。
ボックスタバコのセロファンを開け、一本取り出して口に咥える。
あ、ライター買い忘れた。
仕方なく、もと来た道を戻りライターを買うためデッキを出ようと扉を開けると、そこには大野が居た。
いま一番会うのが気まずいヤツに出くわしたが、無言で立ち去るのも癪な気がした。
「あぁ、お疲れさん。悪いんだけどさ、火貸してくれないか」
自分では精一杯自然を装って声を掛ける。
「えっ?! あ、ああ、はい」
まったく予想してなかったところから殴られたかのように、大野は慌ててポケットをまさぐりライターを差し出した。
「ありがとう」
タバコに火を点ける、という数年振りの作業に若干の照れ臭さを感じつつ、煙を肺の奥まで吸い込んだ。
「ゲホッ! ゲホッ!! うわぁ、俺よくこんなの何年も吸ってたな」
「え? 普段タバコ吸わないんスか?」
「ん? あぁ、うん。もう何年も前にやめてる。まぁ、ちょっと今日は休憩室に居づらくてね」
タバコの先から昇る煙を目で追いつつ、高層ビルの谷間から見える狭い空を見上げた。
「あー、自分もっス」
大野もタバコに火を点けながら、俺と平行線に立っている。
確かに、朝のやり取りを目の当たりにしては、他のオペレーターとも顔を合わせづらいだろう。
って言っても俺の言動が起因してるのか。
「あ、そうね。アレか。うん。朝はスマンかったね。まぁアレだ、オッサンのお小言だと思って聞き流してくれて構わないから。それにホラ、俺も大野君とそんなに立場変わらないから、辞めさせたり出来るワケじゃないし。安心して大丈夫だから」
暫し沈黙。オッサン必死だなオイ。とでも思ってるのか?
恐る恐るチラ見すると、大野が俺の方を向いていて焦る。
いや、いま気付いたけど、大野が怖いヤツだったらシメられちゃうんじゃないの? 俺。
ケンカとか暴力とか、そういうのホント苦手だから。
謝罪が足りなかったかと、相手が話始める前に追い討ちで謝ろうとしたが、大野が先に言葉を発した。
「自分……」
ビクッと身構える。が、鬼の形相でこちらを睨んでいるでもなく、伏し目がちに続ける。
「自分、尊敬してる役者の先輩から、色んな仕事に就いて勉強しろって言われてたんスけど、ずっと意味がわかんなくて。ホントに色々仕事に就いてたのに、役に立ってる実感が無くて……でも、今日の朝言われたので初めて理解出来たんスよ」
あぁ、このコはとても残念な感じのコなんだな。額面通りに十も二十も仕事を変えて、何の糧にもなっていないなんて、不憫か!
「あ、うん。そうか。まぁお役に立てて何よりだわ。んで、どう? 続けられそう?」
良く言えば愚直、悪く言えば残念なコ……今朝方までは生意気なクソガキだと思ったけど、真面目にやるっていうなら頑張って欲しいモンだ。
「はい。とりあえず、いつコールセンターのオペレーター役が回ってきてもイイように頑張ってみます。」
そんな役無ぇよ! と言いそうになったが、若いコは真っ直ぐで羨ましい。
「そっか。うん。役者も頑張ってね?」
話が着地点を見付けた時、一口だけ吸ったタバコは筒状のまま灰になっていて、崩さないようにそのまま灰皿にダイレクトイン。壁にドンと背中を投げる。
「あー。もう面倒臭いなぁ~」
「なんか……スミマセン」
「いや! 違う違う! ゴメン。大野君が面倒臭いんじゃなくて、個人的なコトだから。いやぁ、でもこのタイミングだと感じ悪いよね?」
面倒事が一つ片付いたとはいえ、あと三週間ちょっとで、弾き語りを一曲クリアしなければならない事を思い出していた。
「もっと早いウチから、面倒臭がらずにちゃんとしとけば良かったなってね。思ったワケだよオッサンとして」
「はぁ、そんなモンなんスか」
ここ最近、真っ直ぐなヤツらに出会ってホントにそう思ってたんだ。
大野も方向性は違えど、ひたむきになってる人間は羨ましい。
「うん。昔さ、学園ドラマの再放送か何かで観たんだけど、最終回で生徒に言うんだよ。先生が。『立派にならなくてイイから、感じの良い人になってください』って。いま俺、立派じゃないし、感じの良い人ってのもいまいちピンときてないんだよね? 何なら『感じの良い人』どころか『気持ち悪いオジサン』になっちゃってるからね。っつーかさ、『感じの良い人』ってどんな人だと思う?」
どう考えても年下に聞く内容じゃない。むしろこういうのは年下から聞かれて、人生経験を踏まえて答えてやるような質問だろう。
「感じの良い人っスか……」
固唾を飲んで次の言葉を待つ。もしも大野から的を射た回答が返ってきたら、情けないを通り越して立ち直れないんじゃなかろうか?
「そうっすね……加○鷹とかですかね?」
ゴールドフィンガー!!
良かった。残念なコで良かった。下を見て安心するヤツは最低だと思うが、今はそれで構わない。
「ハハ! たぶんソレ違うと思うけど、いつかわかったら教えてくれよ」
気を張っていたからか、大野の回答に笑って息が白かったコトに改めて気付く。
「しかし寒いな! 朝あんな感じだったから、気まずいけど休憩室行くか」
「末野さん、今朝の件が無くても元々居場所なんて無いタイプじゃないんスか?」
可愛くないヤツだ。お前は感じの良い人からは絶対に遠ざかったからな!
「うるさいよ! 午後もしっかり監視してやるからな!」
「もう心入れ換えてるじゃないっスかぁ~」
久々に来た喫煙所は、昔より若干居心地が良かった。




