Recording./南條愛乃
「んで、前に話したウチの同級生に電話したら、定期的にOUT of BLUEってイベントやってるみたいで、11月にやるヤツに誘われたんスよ!」
キクチが悪人ではなかった嬉しさと、パラGo以外でライブが出来るかもしれないという興奮を抑えきれず、企画に誘われたコトをサクラさんの家でメンバーに報告した。
「それはイイんだけど……サナエちゃんが言ってた噂はどうだったの?」
「それがなんと! ノルマ無しって話だったから、サナエちゃんが言ってたのは勘違いだと思うんスよ。バンドなんてこの世に山ほど居ますから、同じような名前の人が居てもおかしくないっスよ?」
さすがにサクラさんが噂の心配をしていたけど、半年先まで出演者が決まっている人気の企画が詐欺イベントであるハズがないし、キクチがウチのコトを騙してお金を巻き上げるとも思えない。
「まぁアズサの友達ならそんな心配する必要もないんじゃん? 練習しまくってその日のお客さん全部アタシらが搔っ攫ってやろうぜ!!」
「それもイイけど……せっかくお客さん多いイベントなら、音源作って売った方が良くない?」
まだウチらのライブに来たコトがない人にも、自分達の音楽を届けられるかもしれないと思ったら、音源を作るというサクラさんの提案に胸が躍った。
「それイイっスね! ウチ、たくさんの人に自分の歌聴いてもらいたい!!」
「アハハ!! アズサの歌だけじゃないからね? ボクらの楽曲あってのバンドだから!!」
興奮して突っ走った発言をみんなに笑われたけど、音質の悪いスタジオ動画だけじゃなくて、これから自分のバンドが世の中にどんどん出ていくコトを考えたら、居ても立ってもいられなかった。
「って言っておきながら、音源作るなら……それなりに必要になってくるんだよね?」
サクラさんが、左手の親指と人差し指で輪っかを作り、申し訳なさそうにハンドサインを見せる。
日々のスタジオ代は、サクラさんのバイト先で厚意に甘えているから何とかなっているが、ライブの機材費の捻出すら危うかった貧乏所帯にとって、レコーディング費用は確かに頭を悩ませる要因である。
「レコーディングって……いくらぐらい掛かるモンなんスか?」
「んー、掛けようと思ったら上限は青天井だけど……最低限で2~3万円ぐらいじゃないかな? ただ、コレって録音だけの金額だから、プレスしてジャケット作ってケース入れてって考えると、もう5~6万円ぐらい必要だと思う。それでも一昔前に比べたら、かなり安くなった方なんだけどね?」
トータルで10万円前後……メンバーの頭割りでも一人当たり3万円弱といったところか。
「っつーかソレ、日程決めてレコーディングスタジオ予約して……ってトコから手探りでやるんでしょ? よくわかんないけど、エンジニアの腕で良くも悪くもなるって言うじゃん? あんまり安いトコで録ってショボくなったら意味無いし、一から都内のスタジオの評判見てくとか、正直気が遠いんだけど……」
そうか、ミチヨさんに言われなかったら気付かないトコだった……有名なアーティストが録ったスタジオなら間違いなさそうだけど、費用も間違いなく高そうな気がする。
「フフフ……それに関しては、もう私に考えがあるんだよね」
不敵な笑みを浮かべるサクラさんは、既に何か考えがある様子で、みんなに聞こえるようスピーカーに切り替えたスマートフォンから、誰かに電話を掛け始めた。
「はぁ? あーしにレコーディングしろって? あのさぁ、受験終わったばっかで青春真っ只中の女子高生が、何でアンタらの音源作りに協力しなきゃなんないワケ?」
「だって、私達のコト一番よくわかってるのってサナエちゃんでしょ?」
電話相手はサナエで、手短に用件を伝えると彼女の怒号が轟いた。
いつの間にかサナエの電話番号まで入手していたサクラさんにも驚いたが、まさか現役女子高生にレコーディングを依頼するとは思わなかった。
「ってかさぁ、あーしならもしかしてタダでやってくれるかも、とか甘い考えで連絡してきてない?」
「いやいやいや! さすがにそんなワケないじゃん!! 私達はサナエちゃんの腕を見込んでお願いしてるんだから……でもまぁ、多少は費用の相談にも乗ってくれるかなぁ? って期待が無いとは言えないけど♪」
確かにウチらのライブの度に、キッチリとPAをこなしてくれるサナエであれば安心して任せられる。
「幾ら?」
「え? 何が?」
「だから幾らならあーしに出せるのかって訊いてんの!」
ここだけ切り取って誰かに聞かれたら、まるで女子高生を金で買おうと交渉してるみたいだったので、この時ばかりはウチらがオジサンじゃなくて良かったと心底思った。
そこからサクラさんとサナエの金額交渉がしばらく続き、長時間の押し問答を経て何とか着地点に落ち着いた。
「ってか、ホントにアンタらの技術で一日で終わるとか思ってんの? 延長したらマジで追加料金取るからね?」
「うん。それまで必死に練習しとくから! それで場所なんだけど……私のバイト先のスタジオでもイイかな? 最新じゃないけど機材も揃ってるし」
結局、営業が終わったサクラさんのバイト先を使い、サナエには交通費別で5時間1万円というギャラで話がまとまった。
「普通のスタジオ使うなら一発録りになるけど……ミックスとかマスタリングはどうすんの? そこまではあーし出来ないからね?」
「まぁ名刺代わりのデモ音源だし、そこはホラ……そんなの必要無いぐらいにサナエちゃんに仕上げてもらえれば」
よくわからない用語が飛び交った後、受話器越しにサナエの深い溜め息が響いた。
「あー、もう! 安く上げたいのはわかるけど、それなりの音源しか出来ないからね? そんで、ツインテールの同級生の話はどうなったの?」
「あ、それなら大丈夫!! 電話したらノルマ無しって話だったから。OUT of BLUEって企画なんだけど、11月に出るコトになって、それでその時に音源売ろうってなったのがレコーディングの話の経緯なんだよ」
座卓に乗せたスマートフォンの正面に座っていたサクラさんの横から、会話にカットインしてキクチの汚名を晴らした。
「あー、あの企画がそうなんだ? 下北沢のMoon Venusでやってるヤツでしょ? 出演するバンドが、前にフライヤー折り込みに来たよ」
「ウっソ! Moon Venusでやってる企画なの? 私ずっと出たかったハコなんだよ! ……ホント、アズサの友達には感謝しなきゃ♪」
サナエと会話していたつもりが、一番盛り上がっているのは真横に居るサクラさんだった。
ただ友達の企画に出させてもらうだけだったのに、ウチの知らないところでドンドン話が大きくなっているコトが、少しだけ不安になってきた。
「まぁそういうコトだから、レコーディングの件よろしくね? 私達も全力で仕上げとく……けど、費用が貯まるまでもうちょっとだけ待っててね? たぶんその頃、サナエちゃんは夏休み入ってると思うから」
「だから! 大人が貯めるのに2ヶ月も掛かる金額じゃないでしょ?」
お金の問題もあるけど、初めてのレコーディングで、ちゃんと音源が出来上がるのか今は心配でしかない……




