シンクロニシティ/乃木坂46
楽屋からステージに向かう途中で思ったけど、いつもより人混みを避けるのが大変だったコトから、これまでに出たどのライブよりもフロアが埋まっている気がする。
ただどれだけお客さんが多くても、盛り上がるかどうかは別モノだというコトを、前回のライブでイヤというほど思い知らされているから、客数に関わらずウチらも全力でぶつかるしかない。
程好く緊張しているコトを自覚して、大きく息を吐いてからメンバー一人一人に目配せして頷くと、背後からサクラさんのスティックが鳴った……一曲目から全力で演ってやる!!
イントロのフレーズで呼吸を整え、お腹の底から捻り出すようにマイクに向かって叫ぶと、最初にセットリストに書かれてた、歌い出しのキーに注意するっていうアドバイスは必要無いぐらい、ピッタリの音程でフロアの一番後ろの壁まで真っ直ぐ突き刺さるような声が出て、歌いながら自分でも驚いてしまった。
思った以上に良いスタートが切れたコトが嬉しくて、ついつい横目で左右の二人を見ると、演奏に集中してはいるものの笑顔になっているのがわかる。
初めてココに出た時は弦楽器の二人も緊張でガチガチだったのに、今は楽しそうに演奏してるし、ウチもそんなメンバーの様子を確認出来るほどの余裕なんて無かったから、少しは進歩してるのかもしれない。
Aメロ以降は基本的にタイミングの取りやすい8ビートだから、普段なら勢いで流れに任せて乗り切ってきたけど、ギターのカッティングもドラムのリズムパターンも、歯車がガッチリ合わさったように正確で、どんなにヘタクソに歌っても上手く聞こえてしまいそうなほど安定していた。
リズムが変わるBメロも緩急を付けたサビも、音ゲーならPerfectの表示が出続けるぐらいバッチリと合っていて気持ちが良いし、間奏のギターも走らずオンタイムで弾けていたと思う。
曲の山場を乗り越えたので、ふとフロアに目を落とすと、誰なのかも知らないウチらをどう見てイイのかわからないといった表情で、世紀末臭のする奇抜な出で立ちの人達がこちらを眺めていた。
バイト先の休憩室に置いてあった、コンビニ版の分厚い『北斗の拳』がちょうどカサンドラ伝説で、最近読んだばかりだったから、見れば見るほど本当に監獄へ慰問に来たみたいで、可笑しくてマイクから離れたところで声を出して笑っている間に曲が終わってしまった。
「え、えーっと、改めまして……囚人の皆さん、Jessicaです。今日はウイグル獄長から慰問公演の依頼を受けまして、ここに立たせていただいてます」
フロアの人達には失礼だと思ったけど、我慢の限界を迎え口をついてしまった。
今日の対バンとまったく毛色の違う小娘が、まさかそんなコトを言うハズないだろうという無言のリアクションで、瞬時にしてフロアは水を打ったように静まり返った。
「ヒャッハー! 本物の若い女だぜぇ!!」
「獄長様が虫ケラどもに陽の光をお恵みくださったぁぁぁ!!」
場違いとも思えるウチらに対して、撲殺バッドボーイフレンドのメンバー達が、機転を利かせたセリフを叫んでくれたのを切っ掛けに、会場がドッと沸いた。
「アハハハ!! お前ザコキャラそのまんまじゃん!」
「それ、すぐ殺られるヤツのセリフだろ?」
フロアに居る人達もすぐさまそれに乗ってくれて、しばらく野次と笑い声が飛び交う。
「いやぁホント、アタシ達がココに来た時も、長身の兄弟が崩れた入口支えたまま絶命してましたけどね……皆さんも見ました? お陰でこうやって今日のライブが行えてるワケですけど」
ミチヨさんが追い打ちを掛けて、さらに笑い声が響いた。
「え! あれライガとフウガだったの? 俺、普通にフライヤー貼っちゃったよ……っつーかこの建物の耐震怖ぇんだけど」
「いや、急に常識人みたいなコト言ってくるお前の方が怖ぇよ! あと、死体に告知媒体貼らないから、普通」
「あ~~~~~聞こえんな!!」
初めてのライブで、MCを噛んで笑われた時とは比べ物にならないほど、ステージとフロアの間に一体感が生まれたような気がした。
「じゃあ……次の曲は、そんな二神風雷拳の使い手に捧げます。『from all lover』聴いてください」
笑いが途切れるコトのないフロアから、後ろに視線を移してカウントを待っていると、サクラさんが苦笑いでゆっくりとハイハットを叩いた。
最初の出音で全員がアタックを合わせると、フロアの人達の笑顔を残したまま、一瞬にして周囲の声を掻き消す。
しかも楽曲の間に対して、ドラムのリバーブが絶妙に全体を包み込んで、ギターのカッティングもリフも一枚岩のようになっている。
サビ前のブレイクでは、停電でも起きたのかというぐらいバチッと音が止まり、ロングトーンの歌メロに備えたブレスがフロアまで聞こえてしまうのではないかと思った。
サビのテンポに気を付けて歌い上げていると、モニターの返りとは別に右側から金属を弾くような音が聞こえる。
音の正体は、ミチヨさんがベースを指弾きしているアタック音だった。
サナエから、楽器の力に頼らず本気で音を鳴らせ、という指摘を受けたのが余程悔しかったのか、時には爪が割れて指先を血塗れにしながら練習しまくっていたのが、こんなにも力強い演奏に繋がっているのかと思ったら涙が出そうになった。
メンバー全員が必死に奏でてくれている楽曲を、絶対に台無しにさせまいと歌いながら気合を入れ直し、息が途切れるコトなくサビを歌い切って後奏のギターも弾き終える。
一息入れずに、このままのテンションで三曲目を演りたいと思ってたら、マキさんも同じ気持ちだったみたいでイントロのリフを弾き始めてくれた。
マキさんは勢いを殺さず、且つ単音リフの一音一音を丁寧に奏でると、それを包み込むようにベースとドラムが重なり、まるで細やかな装飾を施した一枚の絨毯のような楽曲が流れる。
演奏しながら、楽器のボリュームや音質をPAに注文しているみたいに、常に自分たちが欲しい音が出ている気がした。
ライブ中、点のように全員の意志が寸分違わず重なり合う瞬間を感じたコトはあったけど、呼吸すらシンクロしているようで、こんな初めての感覚に、いつまでも浸っていたい気分だった。
決して派手な曲調ではないが、だからこそ全員の気持が通じたと思えるような演奏が出来たのかもしれない。
あっという間に三曲目も終わり、残すところは最後の曲になってしまった。
「えーっと、物販も無いし、次のライブも決まってません……またココに出られる機会があったら、その時は宜しくお願いします。最後の曲は『war of the worlds』です。ありがとうございました……Jessicaでした」
最後の曲……っていうのが、このライブハウスで演奏出来る最後の曲になっちゃうんだろうなと思ったら、寂しい気持ちが溢れてきた。
どうして今日みたいな演奏が前回出来なかったんだろう? と、今さら悔やんでも仕方ないから、とにかく全力でこのライブを演り切ろう。
終わりたくないと思いつつも、鳴り響くスネアのロールに身構えた。
ずっと難解だった手数の多いドラムパターンは、サクラさんが積み重ねてきた練習の成果か、音数をもう二割増ししてもいけるんじゃないかというほどしっかりとリズムをキープしている。
初めのうちはテンポが崩れて曲がバタバタになってしまうコトもあったが、疾走感を失わずイントロを駆け抜けて歌に入った。
メロディを聴かせるのではなく、プレイヤーの技術を魅せつつタイトルのワードを連呼する曲なので、持てる力をすべて叩き込むようにギターを掻き鳴らし、喉が潰れるほど声を張り上げる。
一回目のサビ終わりでギターが抜けるパートでは、再び弾き始めるところでマキさんがモニターを足場にした三角跳びを繰り出し、それに興奮したフロア最前列の数人が、両手を挙げて盛り上がってくれた。
単調な歌詞だからかもしれないけど、二回目のサビで拳を突き上げて一緒に歌っている人が居たのには驚いた。
もうすぐ曲が終わってしまう……ライブの度に思うのは、いつもこの寂しさだ。
ウチの思いとは裏腹に、轟音で掻き鳴らしたベースやギターのフィードバック、乱打したシンバルの余韻が徐々に絞られてゆく。
「ありがとうございました」
自分達のライブに、こんなにも温かくお付き合いいただいたコトが嬉しくて、寂しさを押し殺して深く頭を下げて、このハコで最後になるであろうライブが終わってしまった。




