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みそギ!~三十路で始めるギター教室~  作者: ボラ塚鬼丸
Bonus track3~Otherside編
120/175

First Stage/萩原雪歩

 満員御礼とまではいかないが、フロアに点在するお客さんを避けながら、抱えたギターがぶつからないようにステージに向かう。


 一段上がった舞台上は、直前までライブが行われていたからか、やや気温が高いように感じた。


 何度もスタジオで繰り返していた接続方法で、ステージ機材のアンプにギターを繋ぎ、センターに設置されているマイクスタンドの高さを調整。


 平静を装ってはいるけど、客電が灯ったフロアからの視線に、ドキドキしっぱなしであるコトを悟られないように必死だった。


 緊張で喉がカラカラになって、ライブ前だというのに、ステージドリンクで用意していたミネラルウォーターを、既に半分近くまで飲み干してしまっていた。


 自分の準備が終わり掛けると、遅れてステージに上がってきたサクラさんから、一人一人に一枚ずつA4サイズの紙を手渡された。


 そこにはマジックで曲順が殴り書きされており、たかが四曲のセットリストなんて必要あるのだろうかと思ったら、一曲ごとに一言一言アドバイスが付け足されていた。



1.Juicy Fruity

歌い出しのキー注意 ギター走り過ぎないように


2.from all lover

ズレないようベースに合わせる サビ前のブレス忘れずに


3.Mother,Father

歌メロがギターリフ追い越さないよう テンポ注意


4.war of worlds

ドラムよく聞いて もしリズム走ったら合わせてね♪



 セットリストの上部に細く切ったガムテープが付いていたので、それを見やすい位置でマイクスタンドに貼り付ける。


 ここまで御膳立てされたからには、大失敗だけは避けたいモノだと深呼吸を繰り返し、他のメンバーの準備状況を見回す。


 サクラさん以外は緊張で顔が強張っていたけど、いつでも始められそうな様子だった。


 フロアに流れるBGMとステージ上のサウンドチェックの音が入り乱れ、会場全体からノイズが発せられている中、サクラさんの唇が『OK?』と動いたので、不安ながらも頷くと手を挙げてPAに合図を送る。


 ゆっくりと客電が暗くなり、BGMのボリュームが絞られると、あんなに騒がしかった会場内は空調の音だけを残して静まり返り、フロアの視線が一気に自分に向けられた。


「え、えー、っと、Jessica(ジェシカ)です。こんばんは。はじめましゅ……」


 あれだけ『初めまして』って言うなと念を押されたのに、口をついて出そうになったのを『始めます』に軌道修正したら、初っ端の挨拶で噛んでしまった。


「噛んだ?」


「噛んだね?」


「あー、嚙んじゃった……」


 メンバーが口々にそう言ったのを背中で受け止め、振り返るとカウントを取るスティックの音が4回響いたので、慌てて前に向き直り、全員で一発目のアタックを奏でる。


 出オチのような失敗を取り戻すべく、さっきやったリハよりは上手くスタートが切れた気がするのは、きっとウチだけじゃなかったと思う。


 コードを押さえる指を確認しようとして視線を下に向けると、直前にサクラさんから貰ったセットリストが目に入った。



『歌い出しのキー注意 ギター走り過ぎないように』



 そうだった。一発目のキーが意外と高いから、歌い出しは声を張らなきゃと、パターン二回(ふたまわ)しのイントロで冷静になれた。


 大きく息を吸い込んで最初のフレーズを張り上げると、思ってた以上に声が大きく出てしまったが、演奏の勢いに飲まれるコトなく、音程もちょうど良く歌を合流させられた。


 出だしが上手く行けば、あとは比較的単調な8ビートなので、マキさんのカッティングと閉じたハイハットで刻むリズムに、オンタイムで歌メロを乗せ続ける。


 ハイハットからクラッシュシンバルに移行した、大きくて派手なサビのドラムパターンにもタイミングがバチッと合って、間奏のギターも忠告通り走り過ぎないよう乗り切れた。


 始める前はあんなに不安だったけど、始まってしまえばスタジオ練習のような感覚で曲が流れ行く。


 時間にして四分弱の記念すべきJessicaの一曲目は、あっという間にエンディングを迎え、パチパチとまばらな拍手を受けたコトで、初めてのライブであるという現実を認識させられた。


 正直なトコ、もうちょっとやれたんじゃないかと思うほど拍子抜けだった気さえする。


「えー、ありがとうございます。改めましてJessicaです。今日のライブの第一声でヴォーカルが早速噛みましたが、まぁ若いんで大目に見てやってください」


 間違えずにちゃんと一曲終えられたっていうのに、わざわざそんなコト蒸し返さなくたってイイじゃん……フロアからクスクスと笑い声が聞こえてきて、サクラさんに少しイラっとしてしまった。


「あーホント申し訳ないっス……ウチまだ若いんで。っつってこのバンド、ドラムだけがベテランなんで、他のメンバーよりもちょっとだけ歳がう」


 シャーン! シャーン! シャーン! シャーン!


 歳が上なんスよ? とマイクを通して言い掛けたところで、背後から急にハイハットの音が鳴って、二曲目が始まってしまった。


 テンポがやや遅めの曲だったから、ギリギリで最初のコードに間に合い、アタックを鳴らして振り返ると、サクラさんは笑いながらドラムを叩いていた。


 MCでディスり返そうとしたのに、自分のコトは言わせず強制的に曲を始めたサクラさんが可笑しくて、前に向き直るとステージの照明でフロアの人達も笑顔になっているのが見えた。


 高校の文化祭ライブの時はもっと会場が広かったけど、こんなにダイレクトなリアクションは貰えなかったから、ステージと客席の距離が近いと、こんな感じの一体感が得られるのかと思った。


 リバーブの掛かったドラムに合わせて、Aメロのミュートカッティングと、Bメロの歪んだギターのリフが交互に繰り返され、サビに向けて盛り上がって行く。


 酸欠にならないよう、直前のブレイクで深く息を吸って、ロングトーンのメロディラインを途切れさせず一気に歌う。


 後半は少し声が細くなったけど、どうにか歌い切れたので安心して後奏に入り、二曲目まで終えられた。


 リハで調整したお陰でズレも感じず、特に大きなミスもなくライブは折り返しを迎えたので、ホッとしてMCを入れる。


「あ、ありがとうございます。今日は物販とか無いんスけど、これから音源作ろうと思ってます。あと、次のライブも決まってないんで、企画あったら呼んでください」


 今度は噛まずにサラっと言えたから、ドヤ顔でメンバーを見回してからマキさんに合図を送った。


 マキさんは息を吐き、ギターソロのような単音弾きのリフでイントロを奏でると、ベースとドラムが順に重なってゆく。


 どちらかと言えば、三曲目は歌よりもギターを中心とした演奏を聴かせる曲なので、ヴォーカルの負担は少ない。


 サクラさんのアドバイス通り、ギターを追い越さないよう注意しながら、ベースのアタックに合わせて歌メロを乗せた。


 派手なパターンが無い分、自分としては落ち着いて演奏出来たような気がする。


「えーっと、次で最後の曲です。Jessicaでした!」


 三曲目が終わってMCを入れると、スネアのロールが鳴り響く。


 曲作りの段階でも、自分の技量で表現できるギリギリのフレーズだとサクラさんが言っていた、手数の多いリズムパターンが土台の四曲目。


 少しでも気を抜くとリズムがバタバタになってしまうから、ホントはライブの前半に演りたいけど、一番盛り上がりそうな楽曲なので、あえて最後に持ってきているのだ。


 テンポが速くて疾走感を重視したこの曲は、勢いで押し切れるようイントロも長めに取っているから、歌の入りに気を付けて声を張った。


 メロディを歌い上げるのではなく、タイトルの『war of the worlds』というワードを叫び、連呼するコトで印象に残りやすくしているのも特徴だ。


 曲も後半に差し掛かり、サクラさんの体力も限界に近い様子だったけど、全員が楽器を掻き鳴らして何とかエンディングまで走り切る。


 ステージ上のアンプやモニターを通した音の渦に身を委ねていると、楽しくて気持ち良くて仕方がなくて、まだまだ続けていたいと思ってしまった。


 轟音の余韻を残しつつ、サクラさんが『ありがとうございました』と一言告げると、ゆっくり客電が灯ってBGMのボリュームが上がる。


 Jessicaの初ライブが幕を閉じた。

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