イロトリドリノセカイ/JUDY AND MARY
賑わう商店街の、飲食店や八百屋に並んだ古着屋や雑貨屋などを巡っている間に、ライブハウスは開場時間を迎えていた。
今日出演するバンドと思われる人達が、店の前でチケットを手渡したり談笑しているのを、ライブハウスの店員が注意してバラけさせている。
主婦層が多いこの商店街では、ただでさえバンドマンの印象が悪そうな様子なので、きっと近隣からの苦情が来ないよう心掛けているのだろう。
ライブハウスの並びにあるコンビニでは、その出で立ちから今日の出演者かその客であろう集団が、列をなして酒を買っている。
「あー、やっぱ緊張するわ……アタシも一杯引っ掛けたら落ち着くような気がするんだけど……」
コンビニのドリンクケースの前で、ミチヨさんが末期のアル中患者みたいなコトを呟いている。
「ん? それで最高のパフォーマンスが出来るんだったら別に呑んでもイイよ?」
「え! マジで?」
意外な言葉がサクラさんの口から出たので、嬉々として発泡酒に手を伸ばすミチヨさんと、それに続くマキさん。
「……その代わり、ライブで演奏間違えた時に、酔ってたからって言い訳するようなら二度と呑まないでね?」
ハッとした表情で、二人して手に取った発泡酒の缶をまじまじと見詰めている。
「初めてのライブで緊張してるのもわかるけどさ、私達の記念すべき第一回目なんだから、ちゃんと覚えておきたいじゃん? まぁ……『シラフでロックなんて出来るか!』って言ってライブ前にガンガン呑んでた先輩も見たコトあるけど、正直言って大した演奏してなかったんだよね?」
笑って話すサクラさんだったけど、表情がどこか寂しそうで、それを察してかミチヨさんもマキさんも考えを改めたようだった。
「そっか……そう、だよね。それってなんかお酒に逃げてるような気がするわ……じゃあ笑って呑めるように、クタクタになるぐらい全力でライブ演ってからにしよっかな?」
ミチヨさんとマキさんは缶を棚に戻し、隣のケースからミネラルウォーターを一本取って、覚悟を決めたようにレジに向かう。
大袈裟なようだけど、そんな二人の頼もしい姿に、緊張よりもワクワクが止まらなかった。
サクラさんも嬉しそうにミネラルウォーターのペットボトルを持って、二人に続いて会計を済ませた。
「サクラに呑むの止められたから、終わった後に一杯奢ってもらわなきゃなぁ……」
「アハハ! 破産しちゃうから毎回じゃなきゃイイよ? だから……最高のライブ演ろう!!」
ミチヨさんの冗談に対して、手にしていたペットボトルをコツンと当てて、乾杯しながら笑って返すサクラさんの最後の言葉に、なんだか胸が熱くなった。
「んじゃ中入ろっか!」
ライブハウスに続く落書きだらけの薄暗い通路を進み、再び階段を下りて鉄の扉を開くと、リハの前に抱えていた不安は消え去って、今は遊園地のゲートをくぐる様な気持ちになっていた。
受付で、手の甲に押された出演者スタンプを見せて中に入ると、フロアの照明はやや落とされていて、大きな音でBGMが流れている。
ステージには薄っすらと青いスポットライトが灯り、スタンドに立て掛けられたギターとベースを照らしていた。
人はまばらにしか入ってなくて、ウチらを含めて20人程度が余裕をもって点在しており、手持ち無沙汰に皆フライヤーやライブハウスのスケジュールを眺めている。
ポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認すると、暗闇で煌々と表示された画面で、開演時間に差し掛かったコトを確認した瞬間に、BGMがゆっくりとフェイドアウトしてフロアからステージに上がる人影が見えた。
トップのバンドは男性三人組のようで、その内の長髪の二人が、両サイドで弦楽器のストラップを肩から下げると、ドラムセットに座った骨格の良い人が、手にしたスティックでストレッチを始める。
「あー、あー、こんばんはゴルビーズです。じゃあ……始めます!」
ギターの人が短く挨拶すると、徐々にステージの前に人が集まり、三人はコクンと頷き合ってドラムのカウントで曲が始まった。
一気にトップギアで爆音が轟くと、リハでは起動していなかった色とりどりの照明がステージをギラギラと照らし、大人の男の人達が骨太のロックを奏でている。
ウチらよりもメンバーが少ないのに、そのブ厚い音の波動に身体を揺らされて、迫力に圧倒された。
知らない人達のライブを初めて観たけど、こんなにレベルの高い演奏をしているのに、お客さんが少ないコトが不思議で仕方ない。
東京には掃いて捨てるほどバンドが居るってサクラさんは言ってたけど、じゃあ売れてるバンドの演奏や集客はどのくらい凄いんだろう?
そんな様々な思いを巡らせながらライブに釘付けになっていると、ギタリストのMCは『ありがとうございました』という挨拶とともに、あっという間に最後の曲になった。
不意に後ろから肩を叩かれ、振り返るとサクラさんが耳打ちしてくる。
「そろそろ準備するよ! オンタイムよりちょっと押してるから、転換にあんまり時間掛けらんないみたい」
ライブに夢中で、自分達の出番が次であるコトをすっかり忘れていた。
身体の真ん中が急に激しく波打ち始めたのは、目の前のスピーカーから放たれている大音量のせいではなく、自分の鼓動によるモノだと気付く。
まだ演奏中のバンドがステージに居るのに、それに背を向けて、お客さんが少ないフロアを出るのは少し心苦しかった。
受付の裏にある楽屋に行くと、既にマキさんとミチヨさんは肩から楽器を下げており、準備万端の様子だ。
フロアと仕切られている楽屋とはいえ、そこそこの音量で現在進行形のライブの音が漏れ聞こえている中、弦楽器の二人はソワソワしっぱなしである。
「ねぇ……サクラは何回もライブやってんだから、こういうの慣れてるでしょ? なんか緊張しない方法とか無いの?」
プレッシャーに耐え切れず、ミチヨさんが不安を漏らした。
「緊張しない方法ねぇ……んー、ジャンプして頭に上った血を下に落とすとか、水を張った洗面器に顔を浸けると、胎内に居た頃を思い出してリラックス出来るとか……かな? 私も色々と試したけど、結局は緊張するんだよね?」
「えー! ちょっと誰か洗面器持ってないの? って、今からじゃどうせ間に合わないか……」
諦めた様子で二人が楽器を下げたまま、垂直にジャンプをしているのはシュールな光景だった。
「ア、アハハハハ! なんか二人とも、謎の部族みたいっスね!! 緊張してるから、怖い顔のまま必死に飛んでるんだモン」
昔観たテレビ番組で、長い槍を持って直立のまま高いジャンプをする部族の映像を思い出してしまい、準備の手を止めて笑ってしまった。
「そりゃこっちだって必死にもなるよ! っつーかアズサは緊張してないの?」
「緊張……してたけど、二人が面白くて忘れちゃってました♪」
くだらないやり取りをしていると、外の音が止まり、代わりにBGMが流れ始めた。
「まぁアズサに笑われたから、ちょっとだけ楽になった……かも。んじゃ一丁やりますか♪」
「おー! みんなで楽しもう!! そんで終わったら美味いビール飲むよー!!」
有名なアーティストやアイドルのバックステージで、ライブ前に円陣を組んだりするのを観たコトがあったけど、こういう気合の入れ方は、なんともウチららしくてイイなぁ。
直前にライブを終えた汗だくのバンドマンが、お先ですと口々に言いながら楽屋に向かって来るのと入れ替わりに、お疲れ様でしたと返しつつステージに向かう。
ここまで来たら、もうあとはやるだけだ。




