ら・ら・ら/大黒摩季
「おはようございまーす」
先頭を歩いていたサクラさんが、重々しい扉を開いたので、恐る恐るそれに続く。
入り時間が夕方だったにも関わらず、業界人っぽく『おはようございます』っていう挨拶が格好良いと思ってしまい、ヤバいモヒカン野郎のコトなどすっかり忘れて受付まで来てしまった。
「えっと……Jessicaさんですかね? これがメンバーとスタッフ・ゲストリスト、んでこっちがステージ表とセットリストなんで、リハが終わる前までにPAに出しておいてください。あ、楽屋この裏なんで、貴重品だけ気を付けて荷物置いてくださいね?」
受付に座ってる金髪の女の子が雑な説明をしてくれたので、それに従って楽器以外の荷物を楽屋に下ろすと、再び受付を通り過ぎ、もう一枚の扉を押し開いてフロアに出た。
中は学校の教室より一回りぐらい広く、前方に一段高くなっているステージがあって、その両サイドに背の高いスピーカーがそびえ立っている。
「あー、あー、センターにギターと自分の声返してもらってもイイっすか?」
別の出演者と思われるバンドが、既に舞台上でリハーサルをしており、フロアでは床に座って弦の張り替えをしている人や、後方のテーブルにTシャツやCDを並べている人などが、まばらに点在していた。
「若干押してるんで、確認も含めてあと1コーラスぐらいでお願いします」
後ろで機器をいじってるライブハウスのスタッフさんが、ステージ上のバンドに告げる。
「はーい。んじゃ3曲目の前半だけやりまーす」
全員がメンバーとアイコンタクトを取ると、ドラムのカウントと共に轟音が鳴り響く。
文化祭でキクチ達のライブを観た時や、初めてスタジオ練習をした時も、その音の大きさに驚いたが、この密閉空間であんなに大きなスピーカーから音を鳴らされ、鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどビックリした。
全身がビリビリと震えるほどの音圧を正面から受けて、こんなに間近で人の演奏を聴くのが初めてだったから、ついつい見入っていたが、突然歌と演奏が止まってしまった。
「じゃあ……コレで本番よろしくお願いしまーす」
あぁ、そういえばライブハウスの人から、1コーラスぐらいでって言われていたのか。
もうちょっと聴いていたかったと思いながら、辺りをを見回すと、ミチヨさんとマキさんがケースから取り出した楽器を持って後ろに立っていた。
「アズサも準備しろよ?」
直前の轟音で耳が聴こえづらくなっていたが、二人の様子から察するに、恐らく言われた言葉に間違いはなさそうだった。
ハッとして担いでいたソフトケースから、借り物のギターとシールドを取り出して、リハーサルが終わったバンドと入れ替りでステージに上がる。
開場前だから、フロアに居るのは出演者とライブハウスのスタッフだけだというのに、たかだか1メートルぐらい高くなったステージからの眺めに緊張してしまった。
「アンプはマーシャルとJCどっちっスか?」
目の前でマイクのセッティングをしながら、身体の大きなスタッフの男の人が声を掛けてくれたのだが、Tシャツの袖から伸びた腕にビッシリとタトゥーが施されていたのを見て、完全にビビってしまった。
「あ、えっと……あの、アンプは……」
そもそもアンプの種類なんてよくわかっていないので、正直マキさんが使わない方に繋げてもらって、音が鳴れば何でも良いのだ。
「スミマセン! ステージ表コレです!! 遅くなりました」
遅れて舞台に駆け上がってきたサクラさんが、スタッフに紙を手渡してあれこれ指示を出しているようだった。
「上手ギターがマーシャルで、ボーカルのギターがJC。マイクは3本でギターだけコーラス無しでお願いします」
両腕をタトゥーに覆われた大男にも臆するコト無く、的確にセッティングのお願いをしているサクラさんは、きっとこんなやり取りなど何度も経験しているのだろう。
「アズサ! 基本的にステージ上はスタジオと同じだから、いつもと同じ感じでギター弾いて歌ってくれればイイからね? あ、アズサだけじゃなくて二人も同じだから。リハぐらいは気楽に演ろうね?」
シンバルスタンドの高さを調整しながら、サクラさんが笑っているのを見て少し気が楽になった。
「はーい。それじゃドラムさん、キックからお願いします」
キックからお願いって何だろう? と、タイキックされる芸人を想像した瞬間に、サクラさんがバスドラをドン! ドン! と踏み鳴らす。
その度に、マイクの音量を調整しているのか波動がフロア全体に響き渡った。
「じゃあスネアください」
今度はタン! タン! とスネアをゆっくり単発で叩いたり、タカタカとロールで叩くと、外に向かって鳴っている音の響き方が徐々に変化してゆく。
「はーい、んじゃタムの高い方から順番で」
ドラムセットの前に並んだ口径の異なる太鼓を、順番にタン! トン! ドン! と何周かさせていた。
「はい。それじゃあ全体でください」
小さく返事をしたサクラさんが、両腕を振り上げて左右のシンバルを叩き、それをきっかけにリズムを刻む。
スタジオ練習で何度も見ているハズなのに、普段よりサクラさんの迫力が増しているように見えた。
マイクで音を拾っているからか、バスドラのアタックで心拍を操作されて、身体の芯から震わされている錯覚に陥る。
短い時間で色々なリズムパターンやビートを叩き分け、ムラ無く全体のチェックがしやすいようにしているのだろう。
ステージ上からでも、フロアに鳴っているドラムの音が、調整されて聴きやすくなったのがわかった。
「はーい、じゃあコーラスください」
「あー、あー、ヘイ! ヘイ! ラーラーラーラーラー♪」
コーラスマイクの音量を確認しているんだろうけど、これってこの後ウチもやらなきゃダメなの?
何の音も鳴っていない状況で、ヘイヘイ言ったり適当なメロディで歌ったりするのが、何だか急に恥ずかしくなってきた。
サクラさんは、よく真顔でこんなコトが出来るなぁ……
「じゃあベースさん、準備良かったら音ください」
急に振られたミチヨさんは、ビックリして自分の顔を指差して、周りの反応を見てからベースを弾き始めた。
スタジオでも低音域が伸びたミチヨさんのニューマシンは、ライブハウスの音響でさらに深い音が鳴っているようだった。
続いてコーラスマイクと、マキさんのギターもチェックが終わる。
「じゃあ……ボーカルさん、ギターの音からもらってイイですか?」
慌ててピックを握り、コードを幾つか連続で弾くと、あっさりOKが出た。
「んじゃ声ください」
余計な緊張が邪魔しているが、照れているコトを悟られないよう、あー、あー! と、大きめに声を張り上げる。
「はーい、じゃあ曲でお願いしまーす」
持ち曲が4曲しか無いので、どれを演奏しても良かったのだが、他の出演者に手の内を晒すようで少しイヤだなと思った。
「ぃよし! んじゃ1曲目から演っとくか!!」
後ろからサクラさんの声がしたので、振り返るとスティックを構えて、すぐにでもカウントを始められそうな様子だった。




