Down The Damn Stairs/U CAN'T SAY NO!
音源を作成してすぐに、人知れずサクラさんがライブハウスに出演の申し込みをしていたらしい。
ライブハウスなんて今まで行ったコトが無いから、どんなところかも想像出来ず不安で仕方がない。
そもそも世の中に溢れ返っているバンドというモノが、ウチの中ではテレビやDVDの中にしか存在してなかったから、ホントはアルコールや良からぬ薬物でイカれているような、怖い人達の巣窟だったらどうしようとも思っている。
実際、ウチが尊敬しているジャニス・ジョプリンだってヘロインの過剰摂取で亡くなっているのだから、その可能性だって否定は出来ないハズだ。
もしもライブハウスの扉を開いた瞬間に、北斗の拳に出てくるようなモヒカン野郎が鎌のようなナイフを舐めながら近付いてきたり、鉄球の付いた鎖を振り回したりしていたら、恐怖のあまり失禁してしまう自信さえある。
こんなコトなら、予めキクチにでも連れて行ってもらって、ライブハウスというモノの下見でもしておけば良かったと、今更ながらに後悔している。
とはいえ、もうライブをやるというコトは確定しているのだから、歌と演奏に集中するしかない。
「あ、もしもしエリカ? 久しぶり! 元気だった?」
「元気だった? って、先週も電話で話してるじゃない」
ライブに対する不安を拭うため、いつものようにエリカに電話してしまった。
「あのさ、ウチ……ライブが決まったんだよね」
「そうなの? すごいじゃん! 着実にアーティストとして前進してるわね」
普段通りの状況報告にも、エリカは自分のコトのように一喜一憂してくれる。
「それでさ、来月のド平日にやるんだけど……来ない?」
「平日かぁ……アズサの初ライブだから行きたいのは山々なんだけど、学校から帰ってくるの、いつも20時ぐらいなんだよね。来月だと試験前で休むワケにもいかないし……だからホントにゴメン!!」
エリカの口ぶりから、面倒だから行きたくないというコトじゃないのは、簡単に汲み取れた。
「いやいやいや大丈夫だから! そんなの仕方ないよ。まぁ、そうだよね。うん。なんかさ、初めてライブハウス行くのが不安で、ついエリカに甘えちゃっただけだから」
「アハハ! 何も戦地に赴くワケじゃないんだから、そんなに不安がらなくたって平気でしょ? 今までいっぱい練習してきたんだから、落ち着いてやれば大丈夫よ! だってアズサは天才なんだモン!」
何度もバンド練習で足を引っ張っているウチに、そんなコトを言ってくれるのはエリカだけだ。
「うん。ありがとう! お陰でちょっと気が楽になったよ。また色々と相談するからヨロシクぅ♪」
未知に対する不安は仕方ないとしても、ウチがやるべきコトは明らかなんだから、ライブに向けて練習あるのみだ。
人前で歌うのはエリカと二人で出た文化祭以来だけど、あの時は完全な準備不足だったのに対して、今はバンド練習もしっかりとやってきている。
ガチガチに緊張してフリーズしないよう、キッチリ歌い出せるイメージを持とう。
文化祭の時は、拡声器を握り締めて客席を睨み付けるコトしか出来なかったから、落ち着いて歌い出せるイメージトレーニングも入念にしておかなきゃ。
そこからの約1ヶ月は、曲の反復練習をセットリスト順に何度も何度も繰り返した。
マキさんとミチヨさんも、徐々に自分の楽器の音作りに慣れてきたみたいで、楽曲全体のバランスも良くなってきているように思えた。
バイトとスタジオ練習のルーティーンだけじゃなく、暇さえあればサクラさんのアパートに行って、ギターの練習とライブのDVDを自分の中に詰め込む。
まだまだ先だと思っていた初ライブは、あっという間に翌日という段階に来ていた。
「ハコから連絡あって、私達の出番は2番目だってさ。トップだったら逆リハでセッティング楽だったんだけどねー」
スタジオ練習が終わって、サクラさんから明日のライブについて説明があった。
逆リハとは、出番と反対の順番でリハーサルを行い、トップのバンドはステージの機材をそのまま残して本番を迎えられるそうだ。
出順が2番目のウチらは、ライブハウスの入り時間もそこまで早くないので、16時ぐらいに行けば良いとのコトだった。
「うぅ……スゲェ緊張してきた。明日みんなで行かない?」
ミチヨさんもライブハウスに出るのは初めてだから、ウチが感じているのと同じくらい緊張している様子だった。
「そうだね。まぁ場所もわかんないだろうから一緒に行こうか!」
明日は全員バイトのシフトを休みにしていたから、サクラさんの最寄り駅から一緒に行くコトにして、スタジオ練習はお開きになった。
不安と緊張で全然眠れずにライブ当日を迎えてしまい、自分のギターを持っていないウチは、前日にマキさんが元々弾いていたストラトを預かっていたので、ソフトケースを背負って駅の改札内でメンバーの到着を待っていた。
「お疲れー。昨日アタシ全然寝らんなかったわ……アズサは?」
「いや、ウチも全然っス」
ミチヨさんと一緒に到着したマキさんも、無言で頷いていたので同じく緊張しているのだろう。
「お待たせ! んじゃ行こうか……って、どうした? みんな元気無くない?」
サクラさんはいつも通り元気に登場して、電車に乗り込みながら寝不足気味のウチらを心配している。
「あー、アタシら緊張で全然寝られなかったんだよね……」
「アハハ! まぁ仕方ないよ。けど、緊張するっていうのはライブに対する責任があるって証拠だから良いコトなんだよ? どうでもイイと思ってたら緊張なんてしないでしょ」
そういうモノか、と思ったら少し安心してしまい、電車に揺られている間に眠り込んでしまった。
「おーい! 乗り換えだよ!! ちょっとみんな起きてってば」
サクラさんの声とともに揺さぶられた感触で目が覚めると、ウチだけじゃなく弦楽器の二人も寝落ちしていたようだ。
寝惚けたままフラフラと電車を乗り換えて、慣れないギターを担いだまま駅に到着。
地下の改札口から地上に出て、高速道路が平行して上を走っている246沿いに歩いて商店街を曲がる。
買い物客で賑わう通りをしばらく歩くと、ゲームセンターの脇に出ている小さなネオン看板の前で止まった。
「三軒茶屋……パラダイスGOGOって、ココが今日やるトコ?」
ミチヨさんが発した言葉で、ライブハウスの名前もちゃんと覚えてなかったコトに気付く。
「そう! 他にもブッキングで出られそうなトコあったんだけど、このハコってノルマが無いから初めてやるにはイイかな? って思って決めたんだよね」
細い通路にはところ狭しとチラシが貼ってあり、薄暗い階段にはステッカーやマジックで落書きが施されている。
ネットで見たグラップラー刃牙の家みたいだなどと思いながら、サクラさんに続いて階段を下って行くと、タバコとアルコールのニオイが強まっていった。
初めて訪れる場所で情報量の多い中、ウチの頭の中では『ヤバいモヒカン野郎』が出てきませんように……と祈るばかりだった。




